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烈空の人魚姫 第1章 フレイム1号の帰還 ①夏休みの実験

もう何度目になるだろう。

跳び箱を跳ぼうとして失敗して笑われたこと。作文発表でみんなの前で発表する時に途中で気持ち悪くなって倒れたこと。
何かやるたびに周りの声が気になった。


でも、いいや。

水凪カケルはふうううと息を深く吸い込むと、深い海の世界に飛び込んだ。
いや、実際には海に潜るのは彼じゃない。
彼の相棒。海の中を潜水する、水中ロボット。


「フレイム1号、がんばれっ。今度こそいける」
カケルはゲームのコントローラーをきゅるきゅると動かす。
フレイム1号は海面を何度かスピンした。しかし、なかなか水中に沈まずカケルはううーんと呻いた。
フレイム1号、というのはカケルが今操作している海の中を潜るはずのロボットだ。

小学生のカケルが両手で持てる大きさで少し横長のまんまるな魚みたいな機体。機体の前方部分に海の中を照らすライトが目のように2つ。そして前方中央部分は海中の映像がパソコンで見れるようにカメラが付いている。
機体の両端には小さなマニュピレータと呼ばれるロボットアームも。

しかし、カケルが昨日徹夜で組み立てて完成させたフレイム1号はまだ海に潜るのは早いと思ったのかもしれない。
フレイム1号はうぃぃぃん、という機械音を出したまま、ぷかぷかと水面に浮き続けていた。


今日から夏休みだったから、朝からずっとカケルは天空海岸でフレイム1号を海に潜水する実験に挑戦している。

憧れの水中ロボット博士、藍澤博士の動画内で製作されていた研究用の水中ロボットはうまくぶくぶく海の中を潜水してたのになあ。
カケルは肩を落としてため息をついた。

すでに松ぼっくりが転がる浜辺は茜色に染まろうとしていた。
海水浴に来ていた人々もぞろぞろと砂浜から道路に出始めている。


「僕に似てちょっと怖がりなのかな」
フレイム1号を操作するコントローラーを繋いでいたパソコンをリュックに急いでしまった。
乗ってきた自転車のカゴにフレイム1号を乗せて、のろのろと砂浜から海岸沿いの道路まで自転車を押した。


何か新しいことに挑戦する時、えいやって軽く飛び込めたらいいのに。
何かにつけ勇気がいる。カケルはこういう自分の性格におよそ11年間悩まされている。


帰り際、サッカークラブ帰りの同じクラスの男子たちとすれ違った。
クラスの人気者、上田時雨(しぐれ)とその一味。夏休みもクラブ活動してたのか。
カケルは心の中で舌打ちする。


「あれ、カケル君じゃん。顔色悪いけど今度はどこで倒れてたの?」
上田軍団は一斉に笑った。

1学期の作文発表のことだろう。全校集会の時に作文を読んでいる最中に気持ち悪くなって途中で読めなくなった。この作文発表は本当はカケルではない別の子が選ばれてたんだけど、その子が大勢の前で発表したくないって言ってたからカケルが代わってもらったのだ。

ちょっとでも勇気を出したいと思ったから。


カケルは自転車のブレーキをきゅっとかけて立ち止まる。また少し深呼吸をして。
「何で笑うの?」
え?、上田が立ち止まる。


カケルは心臓がどくどくした。
上田は短気だしいつもグラウンドで声が枯れるまで大声で叫んでる。逆上されるんじゃないだろうか。
「だって・・・存在がウケるし。必死すぎて。なあ」


また彼らの間でどっと笑いが起こった。
「上田、言い過ぎ。放っておこーぜ。ガンバってるのにかわいそうじゃん。それよりさ、この辺の海でダイオウイカが最近やたら出るらしいぜ」
軍団の一人が笑いながら話題を変えた。



カケルは下唇に前歯がぐっと食い込んでいるのを感じた。
自転車のハンドルを握る手の力が強くなる。
次の瞬間、カケルは自転車のペダルを勢いよく踏んだ。


カケル自身が出したこともない速度でまるで競輪選手の如く走った。
言いたいことが心の中で形にならないまま嵐のように渦巻いているのがなんだか気持ち悪いと思った。
何かを振り払うように、走る。


あまりに全速力で走ったからだろう。
カケルが気付いた時には笑い声はもう聞こえてこなかった。

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