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来世は鳥か雲に生まれたい

普段は見上げるものなのに。この瞬間は、こうして対等な目線で、視線を交わすことができるのだなあ。
触れたらふわり、たちまちしゅわしゅわと崩れて、舌の上にじんわり幸せな甘さを残してくれそうな、そんな綿菓子のような雲が、分厚いガラス越しにこちらを見つめている。

青から緑へ、緑からオレンジへ。その下のほうは、灰色なのか群青色なのか。なんと表現して良いのかわからない色へとグラデーションした空は、ピンクグレープフルーツのように、まんまるで、真っ赤に輝く太陽をそっと、文句も言わずに支えていた。

太陽を受けてオレンジ色に染まる雲は、なんだか意思がある生き物のようだ。

ごおおお、という音とかすかに体を震わせる震動が、心地良い。

夕陽と夜明けの飛行機の時間は、何にも代えがたい特別な時間だ。
普段、機内持ち込みの7kgにどうにか抑えようと、あの手この手を使う私でも、この時間は追加料金を支払ってでも窓際に陣取る。

息が止まるほど美しいこの景色を見るたびに、来世は鳥か雲に生まれたいと、心から願ってしまう。

どうにかこの美しい景色を閉じ込めたくて、何回も、何回も人から見たら同じような景色にわたしがシャッターを切りまくるものだから、先ほど、席の番号を間違えて私の席に座り、うっとりと外を眺めていた彼女があからさまに呆れた顔でこちらを見ていた。

しばらくすると太陽がすっぽりと、ぶ厚い雲の中へとずぶずぶと沈んでいく。瞬く間にオレンジの宝石は、色だけを空と雲に投影したまま、姿を消していった。
今頃は地上の人々が「もうすぐ太陽が沈むね」なんて言い合っているのだろう。
そう考えると、不思議な気持ちになる。

きっともっともっと、私たちの上の世界に住んでいるであろうひとたちは。
30分か、1時間ほどまえに、太陽にさよならをしたのだろう。

この、七色に染まるしゅわしゅわな雲の間をすり抜けて、顔をうずめてみたい。
あの地平線に沈んでいくルビー色の太陽を手のひらで包んでみたい。

夕方が夜に変わっていくこの、なまえのない時間帯。
ちょうど真ん中のこの時間が、たまらなく好きで。

図々しくも、この世にたったひとりぼっちになってしまって、この景色を独占できたような気持ちになる。
あくまで、気持ちだけで良いのだけれど。本当にひとりぼっちはこの広さの世界はちょっとだけ寂しいと思う。

叶うことなら、こんな機内ではなくて。
機体の翼に座り込んで、風を一身にあびてみたい。

飛行機に乗るとこんな風にたちまち元気になれるのは。わたしが前世、鳥だったことがあるからなのかもしれない。

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