【5分小説】地球で最後の子
「テレビ、つけてみろ。」
電話があったのは午前2時過ぎ。
夜中に起こされ不機嫌だったのも忘れて、僕はテレビ画面に釘付けになった。
「あ…。」
かなり間抜けな声だったと思う。
深夜、東京のマンションの一室。
暗がりの中で小さなディスプレイだけが世界と繋がっていた。
「生まれるのか…?」
「あぁ。ニュース見てなかったのか?会社のみんなは、これ見るために残業せずに帰っちまったよ。
予定時間より2時間早いらしい…。22世紀になっても生命の仕組みは完璧には分からないんだなぁ…。」
-
中継が各国のコメンテーターに切り替わる。
人類が子孫を残す事を止めてから、30年。
僕たち30代は、人類最後の世代という意味で「Z世代」と呼ばれていた。
コメンテーターの論点は、まさに30年前の決断についてだった。
「30年前。我々は、あと50年で地球は生物の住める環境では無ってしまうという事を知りました。」
テレビ画面には、ここ100年の二酸化炭素やら、海面の上昇やらのグラフが表示される。
滅亡のカウントダウンが始まってしまった今となっては、何のリアリティーも感じられない。
「考えられる手立てはすべて試みました。しかし地球の終わりを止める事は出来なかった。いや…あと数十年早く行動していれば、事態は変わっていたのかも知れませんが…」
グラフは消え、病院前のレポーターが映し出された。
病院の前には溢れんばかりの記者たち。 そして、数カ国の軍隊が連携して警備に当たっている。
ここ30年で驚くほど多種多様な宗教が生まれ、各地でテロを繰り返している。
それを考えれば、この出産の場の警備としては足りないくらいに思えた。
「30年前の時点で生まれた人々「Z世代」までは、少なくとも50年は生きられる。しかし、それ以降に生まれた子供たちが、寿命を全うする事はありません。それを分かっていて、子供を作る事は“悪”であると世界が決めたはずでした。」
「そうだ!子供を生んではいけない!直ちに止めさせろ!」
「いや、それは問題をすり替えてませんか?我々は今まで子供を中絶させてきたわけではありません。妊娠をしない様に、空気中に避妊遺伝子を含んだナノマシンを広めたのですよ。その成果で、30年前を境に妊娠はパタリと途絶えたのです。」
「だったら、なぜ妊娠してしまったんだ!貴様ら科学者のミスだろう!」
「あり得ない事です…神の悪戯としか…。」
「ふざけるな!」
急にCMが入る。水着を着たアイドルが、笑顔でビールを飲んでいる。
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「…おい?聞いてるのか?」
電話をつけっぱなしだったのを思い出し、僕ははっとした。
「ああ…どう思う?」
「いいよな~、ミカチン…CGだけど。」
「いや、アイドルの話じゃなくさ…分かってんだろ?」
「…あと20年か。ピンとこねぇなぁ。俺はもうすぐ60歳ってところか。うちの社長と同い年だぜ?」
「あの子供は…20歳になる前に死んでしまうんだよな…。」
「…まぁ、そうなるな…」
「可愛そう…というのも変かな。今から生まれて来るって言うのに…」
「仕方ないだろ、どうせいつか死ぬんだ。俺たちだって寿命で死ねるとは限らないんだぜ。」
僕は黙ってしまう。 哲学とか倫理とか、そういう立派な議論をするつもりは無かったのだが、上手く言葉が喉から出てくれない。
沈黙の末、再びコメンテーター達の議論が映し出された。
「そもそもね、他にも裏で子供が出産されているって話ですよ?各国の首脳は、自分たちの子孫を月へ移住させているらしいじゃないですか?」
「あなた、まだ月に住めるなどと前世紀の幻想を見てるんですか!?だから現実が見えないんだ!われわれが住むべき星は、この地球以外無かったのに!」
名のある科学者が、目に薄らと涙を浮かべて声を荒げた。
視線を窓の外にやる。 夜空にキラキラと無数の光が見えた。 前世紀、人類が生き延びる手立てを宇宙へ探した時代の遺物。 衛星、その多くは破棄された残骸だ。
「…名前。」
若手(と言っても30代の)のお笑い芸人が、いつになく真面目な顔で呟いた。
「名前、考えません?いや、まぁ親御さんが考えてらっしゃるでしょうけどね。子供が生まれるんなら、そういう話しましょうよ。」
「…ばかばかしい」
「いいじゃないですか、女の子でしたよね?名前、大事ですよ。」
「ふ、不謹慎な!」
「不謹慎?おめでたい事ですよ?そうそう、当時は妊娠の事をオメデタって言ってね…。」
年長の学者の話に皆が頷く。名前。
「…未来、なんてどうすか」
「未来ちゃん?かわいい…」
「馬鹿かね、赤ん坊はアメリカ人だぞ」
「フューチャー…?フューちゃんってのはどうでしょう?ははは。」
スタジオの人々が芸人のおどけた言葉に吹き出す。 暴言を吐いた評論家も、馬鹿らしいと言いつつ笑いだす。
その時、同時中継の病院前が騒がしくなった。
「う…生まれました!午前2時38分!今です!生まれましたー!」
スタジオがわっと盛る。
「実に健康な女の子です!生まれました!もう生まれるはずの無かった子です…実に30年振りに!人類に、最も若い仲間が加わりました!」
レポーターは目を真っ赤にして叫んだ。 この30年を思い、そしてこれからの20年を思い、彼は泣き出す。
まるで年越しのテレビ番組の様に、画面は次から次へと中継が飛ぶ。 ある場所では出産を祝いパーティーが行われ、 ある場所では彼女を神の子だと崇める儀式が行われている。
「生まれたんだ…。」
受話器の向こうの友人の声は、かすかに震えている様に思えた。
「生まれたな…サルみたいな顔してるぜ…。」
「はは、お前もああやって生まれたんだろう。」
僕は机の上に散乱している資料をかき集めながら言った。
「この前、俺が話した研究覚えてるか?」
「…あぁ、地球の気候を回復させるって言う、馬鹿げた空論だろ?」
「確かにまだ論理に穴があり過ぎる…けど、世界中の、同じ目的を持った研究者と情報交換をすれば何か分かるかも知れない。」
「そんな物好き、この時代に居るわけないって、前も話しただろ。」
僕は資料を一まとめにして、画面を見た。
世界中の人々は、地球で最後の子の誕生を心から祝福している。
今、僕たちの未来が生まれたのだ。
「物好きだって現れるさ…僕たちには、未来があるんだから。」
暗がりの中で小さなディスプレイだけが世界と繋がっていた。
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