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トルコのシリア侵略「平和の泉」作戦の背景と行方



シリア危機が新たな次元へ深化しました。トルコは9日の日本時間夜、北シリア侵攻作戦「平和の泉」を発動しました。7日、アメリカ軍部隊が突如国境地帯のギレスピ(アラビア語名:タルアブヤド、どちらも「白い丘」の意)、セレカニエ(アラビア語名:ラスルアイン、どちらも「泉の先」の意)から撤退を開始したと伝えられ、トルコ大統領エルドアンは早期の北シリア侵攻作戦開始を発表していました。直後の軍事行動はなく小康状態が続いていたが、遂にトルコは危険な冒険に打って出ました。今回の作戦は昨年初めてクルド勢力掃討を目的に行われたアフリン侵攻作戦をなぞっています。アフリン侵攻作戦の際には直後にトルコ軍・情報機関の指導によると思しき作戦の経過を発表するためのアカウントが作成されました。

今回もエルドアンの作戦開始が発表されると同様のアカウントが作成され、前述のアフリン侵攻作戦のアカウントから発表されました。

エルドアンは以前も北シリアへの侵攻作戦を発表し、トルコ軍はこれまで何度も国境地帯の砲撃等挑発を繰り返してきたが、その際にはこのようなアカウントは作成されませんでした。
各国からは批判的な声明が相次ぎました。同日ヨーロッパ諸国の要請で緊急の安保理が開催されました。トルコ代表はただ一人自国の主張を擁護しました。各国からは批判的な声明が相次ぎました。同日ヨーロッパ諸国の要請で緊急の安保理が開催されました。トルコ代表はただ一人自国の主張を擁護しました。アラブ連盟アラブ学生連盟もトルコを非難しました。カタールは非難決議を拒否しました。シリア和平では協調することもあるイランはトルコの侵略を強く非難し、国境地帯における予告無しの軍事演習という異例の対応にでました。トルコにとって打撃だったのは北キプロス大統領が非難したことです。トルコ側は即座に反発し45年前のキプロス侵攻と今回の作戦は同じ精神に基づいていると主張しました。トルコは北シリアに北キプロスと同じく傀儡国家を打ち立て実質的に勢力下におくことを狙っています。トルコの侵略の結果成立した傀儡国家から批判されるとはトルコの面目丸つぶれです。友好国の日本政府もまたシリアの侵略に反対する談話を発表しました。アゼルバイジャンのようなトルコの傀儡国家は支持を表明しました。イスラム国家を標榜しイスラム過激派にフレンドリーな所がトルコと近いパキスタンも支持を表明しました。トルコの言う「安全保障上の懸念」「テロ組織の掃討」といった大義は国際社会に受け入れられていないと言えます。エルドアンが7日シリアへの侵攻を表明して依頼、リラも大きく下落しました。市場関係者も今回の軍事行動がトルコ経済の前途を暗くすると受け止めていることの証左です。アサド政権対反体制派勢力という構図はもはや終わり、トルコ並びそれに与する勢力対アサド政権並びにクルド勢力の祖国防衛戦争に変質してきています。シリア内戦を新たな段階に今回のトルコの暴挙の背景、今後の行方を占うために知っておくべきことを以下まとめます。


シリア侵略の背景

トルコは今回の侵略の理由として主に下記2点を挙げています。

①国境地帯における安全保障上の懸念

②難民の帰還の実現

殆どの日本語の解説記事では上記そのまま受け入れています。これらは侵略の口実でありトルコを突き動かす切なる事情ではありません。口実と真の理由を区別する必要があります。

①は全くの口実です。トルコは国境に安全保障上の脅威を有しません。シリアのクルド勢力はトルコが過度な挑発を行った時における反撃を除き、トルコ領内を攻撃したことはありません。もし侵略前の状況がトルコにとって脅威だとするならば、なぜより脅威だと思われるイスラム国が猛威を奮ってた時期に軍事介入をしなかったのでしょうか。イスラム国はトルコに都合がいいから安全保障上の脅威ではなかったとでも言うのでしょうか。シリアのクルド勢力はトルコ領内のクルド勢力と直接的な連携をとったこともありません。クルド人は始めからトルコの脅威ではないのです。トルコ領内のクルド人はもはや民族国家の樹立という素朴な民族主義的エゴを脱しています。トルコ自体の民主化を通じて自治とトルコ人と対等の関係を手に入れるという成熟した路線へとっくに転換しています。事実エルドアンも2015年9月に和平プロセスを一方的に打ち切るまでは、クルド人との和解に熱心でした。

②は北シリア侵略の目的というより侵略の手段です。というのはトルコ国内のシリア難民を北シリアに送ることは帰還ではなく入植だからです。トルコが北シリアに流入させようとしているのは北シリア出身者ではないからです。これはトルコの言う平の実現と矛盾しています。現地人を力で排除してよそ者を大量に流入させることはそれ自体が新たな紛争の種を撒くことになります。アフリンには、ダマスカス郊外の東グータに居座っていたテロリストがアサド政権の攻勢によって居場所を失い流入してきました。トルコ傘下の傭兵達は東グータ出身者を侮辱ししたり暴行を加えることもありました。トルコ傘下の部隊と小競り合いをしたり、東グータ出身者による抗議集会デモが行われたりもしました。そもそもトルコの侵略によって難民問題も深刻化します。トルコは本作戦実施の理由としてシリア難民の帰還をあげていますが、この作戦自体が新たな難民を生んでいます。国連は13日の時点で13万人以上の難民が発生したと発表しました。

トルコがシリア侵略をせざるを得ない事情とは以下です。

1⃣エルドアンの政治的危機の打開

侵略を今やらければいけなかった理由はやはりエルドアンの求心力低下です。3月末の統一地方選で実質敗北と言える結果を残したことと、イスタンブール市長選で敗北しやり直し選挙でまた敗北したのはかなりの打撃になりました。党内でもエルドアンの身内びいきに嫌気がさした造反者が出始めました。元首相アーメット・ダウトールは新党立ち上げをの道を探り始め、先月与党を去りました。エルドアンは既に長い間ユーフラテス川東部への侵攻を明言していました。7月末にはトルコは自力で安全地帯を設置するとも発表しました。アメリカはトルコに譲歩しながらも巧みにその要求を骨抜きにしていきました。エルドアンは大口を叩くだけで何もできない状況に陥っていました。何が何でもクルド勢力掃討のため北シリア侵攻を実施しなければいけなかったのです。

2⃣トルコの代理勢力が弱すぎる

トルコが本作戦以前から直接侵攻を開始した理由として代理勢力が弱すぎることが大きいです。クルド勢力もアメリカの支援を受けていますが、主力は自身です。トルコ傘下の傭兵勢力は2016年2月に他の勢力と共同でクルド勢力への攻撃を行いました。その結果は惨憺たるもので傭兵達は無残に殺されその死体は衆人環視の中移送されるという屈辱を味わいました。

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この件ではクルド勢力も内外の批判に曝されました。トルコは当初の想定ではイスラム国を支援してクルド勢力を壊滅させ、それからテロ組織壊滅を掲げシリア領に侵攻することを目指していた筈です。2015年1月にクルド勢力が包囲下のコバニでイスラム国に勝利します。それからクルド勢力は破竹の進撃を続け、2016年3月にはエルドアンが「越えてはいけない一線」としていたユーフラテス川を渡河し、マンビジュに進出します。トルコはあわてて2016年8月に初のシリア侵攻作戦「ユーフラテスの盾」を発動しユーフラテス東部とアフリンに楔を打ち込みました。こうしてトルコの傭兵である反体制派は数合わせと「シリア人自身の戦い」を演出するためのわき役に過ぎない存在となりました。。

3⃣経済・歴史的背景

トルコのシリア介入における経済的動機は見逃せません。ジェイハンパイプラインを有するトルコは北シリアに新たなパイプラインが敷設されることを恐れています。

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(Wikipediaより)

この図にはイラク北部クルディスタン地域からのパイプラインが抜け落ちています。トルコはクルディスタン地域の足元を見て原油を買いたたき莫大な利益を得てきました。シリア方面にパイプラインが通れば経済合理性から遠からずジェイハンパイプラインは使われなくなるでしょう。北シリア・シリアパイプラインの経路にはシリアの油田もあるため、より効率的に地域の原油を輸送できます。トルコ人また親トルコ勢力によって描かれた↓の風刺画はトルコの恐怖をよく現わしています。

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クルド勢力支配地はシリア有数の油田、穀倉地帯です。既にトルコは占領下のアフリンでクルド人農家のオリーブを収奪し、トルコ産オリーブオイルとして欧州市場に売り出しているという疑惑を盛んに報じられています。トルコはイスラム国を通じて格安のシリア産原油を仕入れていました。トルコ傘下勢力は12日、穀物サイロを占領したと発表しました。

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これ自体は作戦行動を発表したに過ぎないとはいえ、トルコの求めている物を暗に示しているようにも見えます。トルコが国内のクルド人弾圧を皮切りに強硬姿勢が目立つようになったのは、経済が低迷し始めた時期と重なります。

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また、トルコはEU加盟への諦観から中東シフトを始めました。経済成長の鈍化やトルコの国策の転換が大きな背景です。クルド人はトルコの軍事行動の理由づけにされているというのが適切です。


トルコの占領地は「平和の泉」になるか

トルコの占領地に平和と安全は実現するのか。トルコの言い分ではなく行ったきた、否犯してきたことから推測する必要があります。アフリンの住民はトルコによる占領後、トルコ傘下の反体制派勢力の略奪身代金目当ての誘拐の恐怖にさらされています。今回の作戦で占領される地域も同様の運命になると見られます。トルコ傘下勢力はイスラム国かと見紛うような写真も投稿しています。

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13日、トルコ傘下の傭兵による虐殺行為が報じられました。

トルコ傘下勢力の戦闘員が道路上でクルド人住民を捕まえ銃撃する動画を自ら公開し拡散されました。シリア国営通信はエルドアンが進めるイスラム国のイデオロギーの反映と報じました。トルコ傘下の傭兵は規律や規範意識が欠如しており、トルコの力によってクルド人を倒しても秩序を形成することが難しいと言えます。また、アフリンでは連日トルコ側を狙ったテロや襲撃が続いています。占領地も同様の状況になることは間違いないです。違いはアフリンが孤立し比較的小さな地域であるのに対しトルコの言う「安全地帯」はけた違いに広く、クルド人のゲリラ活動が始まればトルコの占領維持のコストは凄まじいものになります。

トルコ国内の弾圧強化

トルコ国内でも今回の侵略を踏み絵の手段として反対者の取締に利用しています。エルドアン政権に反対の野党も戦争賛美に走りました。

所詮トルコの民主主義なんてこの程度のものです。侵略そのものには懐疑的でも、作戦に反対することは血を流した将兵の犠牲を愚弄すると受け取られるのでこのようなポーズを取る必要があるのです。エルドアンも侵略をやめられないわけです。そのような状況の中、クルド系政党人民民主党(HDP)は代表以下戦争反対の論陣を張りました。検察は戦争に反対したHDP議員をテロ組織の「プロパガンダを拡散した罪」で捜査対象にすると発表しました。また、11日イズミルでは「テロ組織のプロパガンダを拡散した罪」で11人が逮捕されました。SNSで戦争に反対する投稿をしたとのことです。

アメリカはクルドを捨てたのか?

アメリカ軍部隊の撤退が伝えられると中東問題の識者、ジャーナリストは一斉にアメリカがクルドを裏切ったと発言しました。しかし実際にはアメリカは根本的な方針転換はしていません。未だシリア全域から撤退しておらず、トルコ軍が侵攻を開始する直前の9日にもクルド勢力との共同警備を実施していました。

しびれを切らしたトルコとの軍事衝突という最悪の事態を避けたと言うのが正しいです。トルコはアメリカの足元を見ています。イランにおける無人機撃墜に反撃しなかったこと、強硬派ボルトンの解任が、エルドアンには「青信号」と映ったのでしょう。また元来外征嫌いのトランプが選挙を控え尚更戦争には及び腰になるだろうと踏んだのは想像に難くないです。またやれるものならやってみろというトランプ流の揺さぶりとも解釈できます。トランプはエルドアンとの電話会談の中で撤退を申し出たと伝えられている。トランプは以前もエルドアンとの電話会談でイスラム国掃討は本当に可能かと問い詰めたことが。アメリカ政府が撤退に伴い発表した声明の中の「アメリカはトルコの作戦に関与しないし支援もしない」というのはクルド人がトルコへ抵抗することを許可したと解釈することも可能だ。アメリカは過去クルド側にも自制を求めていたが、今回はトルコの侵略を前に座視せよとは要求しなかった。
アメリカのクルドとの同盟は過去のような一時的「利用」ではなく、長期的な戦略変化の一環であることは押さえておく必要があります。トランプの気まぐれな決定で覆ることのないアメリカの新たな潮流です。トルコは中東におけるNATOの牙城でした。アメリカはかつてトルコ政府によるクルド人の民族運動の弾圧をも支援していたました。しかしエルドアン政権が成立しトルコはイスラム国家化へ舵を切り、あろうことかイスラム国を支援しているという疑惑も飛び出しました。イスラム国打倒のためにクルド人支援を開始したことも相まり反米世論も強まってきた。アメリカは同盟国の変質により、関係の見直しを迫られた。アメリカはトルコが完全な敵国になることも想定に入れていると見られる。東地中海ガス田開発問題で紛争を抱えるキプロス、ギリシャの防衛力強化にも乗り出している。クルド人は中東では珍しい親米派です。イラクのクルディスタン地域含めクルド人が自治を確固たるものにすることは、中東の中心アルジャジーラ(チグリス・ユーフラテス川に挟まれた島の意)に新たなイスラエルが誕生するに等しい重要性があります。そしてアメリカにも既に強固な親クルド世論が根付きつつあります。トランプとも親しいアメリカ国連大使ニッキーヘイリーは撤退が報じられると「クルドを見捨ててはならない」ツイートをしました。

民主党左派の新生オカシオコルテスもトルコをトランプの決定を非難しました。

与野党を超えたクルド人への連帯表明はアメリカの親クルド世論の強さを示していると思われます。もはやアメリカ人の心情的にはトルコは敵国に等しい存在になりつつあります。トランプはトルコ軍の侵攻開始後改めて、トルコがもしクルド人虐殺・追放をすればトルコ経済を破滅させると発言しました。アメリカのクルドシフトはまだ始まったばかりです。


今後

トルコ傘下勢力は12日、セレカニエ中心部に入ったと発表したました。

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しかし13日、クルド勢力はセレカニエは依然クルド側の支配下にあると発表しました。

激しい抵抗によって中心部を奪還したとのことです。コバニの勝利がアメリカをクルド側につかせたように、クルド人の戦意を見せつければ欧米の本格的な軍事支援も始まるかもしれません。トルコ軍の強力な重火器を無力化できる対戦車ミサイル等の兵器さえあればクルド側が勝つことは可能です。トルコを制裁で戦争継続能力を削ぐことも重要です。トランプの盟友である共和党上院議員リンゼイ・グラハムはトルコへの制裁を訴えています

フランスはトルコへの武器売却を凍結すると発表しました。トルコへの武器禁輸とクルドへの武器供与が戦況のカギを握ります。


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