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誉めても叱っても結果は同じ!?|17冊目『ファスト&スロー 上』

ダニエル・カーネマン 著(2012 , 早川書房)

実践 行動経済学

行動経済学に関しては、リチャード・セイラー教授とキャス・サンスティーン教授の『実践 行動経済学』の本を以前読んでnoteに書きました(反応は極めて悪かったです。企業がマーケティングに活用することで消費者に不適切な意思決定をさせるべきでないと書いたからでしょうか?)。

セイラー教授いわく、スター・トレックのミスター・スポックをメタファーとする「エコノ」はカーネマン教授がいう「システム2」、つまりスロー。
セイラー教授いわく、ホーマー・シンプソンをメタファーとする「ヒューマン」はカーネマン教授のいう「システム1」、つまりファストのことです。

ヒューリスティックとバイアス

日常の生活の中で、人は自分の行動をいちいち全部しっかり考えてコントロールしているわけじゃなくて、大凡の行動については、経験や慣習や直感に基づいて、考えずに行われます。
そうした”考えない意思決定”に加担するのが「プライミング効果」や「アンカリング効果」、「利用可能性ヒューリスティック」「代表性ヒューリスティック」などのヒューリスティックとバイアスです。

自分自身の判断で意思決定しているようでいて、実は自分の意思以外に影響している要因があると認識しておくことで、より最適な意思決定を行いましょうというのが趣旨であると理解しました。

【プライミング効果】プライムとは先行刺激のこと。ある単語に接したときには、その関連語が想起されやすくなる。

【アンカリング効果】係留効果ともいう。ある未知の数値を見積もる前に何等かの特定の数値を示されると、見積もる数字はその特定の数値の近くにとどまる。

【利用可能性ヒューリスティック】訊ねられた質問を別の質問に置き換える。あるカテゴリーのサイズやある事象の頻度を見積もるべきときに、その例が頭に思い浮かぶたやすさを答える。

【代表性ヒューリスティック】確率の問題として考えるべきところを代表性(もっともらしさ)に質問を置き換えて答えてしまう。

誉めても叱っても結果は同じ

私は、教員ではありませんが学校に勤務し、教育に携わっています。
私個人の研究の専門分野は「組織論」で、人材の育成にも大いに関心があります。
そして何より、チョー取り扱いが難しい中2の息子を持つお父さんでもあります。

仕事でも勉強でも、パフォーマンスをあげるためには外発的動機ではなく内発的動機が重要であると私は考えています。
そして、内発的動機付けが行われるには、「○○が得意な自分」「○○が好きな自分」という自己評価とアイデンティティの確立が必要だと思っています。
私は、自己肯定感を育み、自分の軸になるアイデンティティを確立させるには「叱って育てるより誉めて育てるほうが良い」と考えていました。
矛盾的ですが、内発的動機付けの習慣を育むための外発的動機付けと言えるかも知れません。
とはいえ自分はせっかちなので、子どもたちがいつまでもすべきことをしないでいると我慢できず怒ってしまいますし、期待以下の結果を見せられたときはガッガリした顔を隠さないし、ときには強い口調でのアドバイス、つまり「叱る」ということをしてしまいます。

第17章は、「誉めるのはよくて叱るのはだめだと言わないでほしい、実際は反対だから」というイスラエル空軍の訓練教官の例からはじまっています。

実際に、身近で厳しい教育を実践し、うまく子どもを育てているケースを知っているので、子どもに厳しくするべきなのか、あるいは自由にやらせるべきなのか日替わりで気持ちが揺れ動いていますから「ああ、自分は甘やかしすぎたかなあ、やっぱり叱ることは必要なのかな」と思いながら読み進めていきました。
ところが、誉めるのが良いわけではないけれど、叱ることも良いわけではないと書いてあります。
そしてこれは、アメとムチ、両方バランス良く、という話でもありませんでした。

例えば空軍の飛行訓練の例が書かれていますが、訓練生はうまく操縦できる日もあるし、まずい操縦をする日もある、訓練教官が誉めるくらいの操縦とは、平均を大きく上回るときの操縦であるから、次回はそれ以下の操縦になる可能性は極めて高い。
逆に叱られるほどまずい操縦をした場合は平均を大きく下回る操縦だったわけだから、次回にはもっと良くなる可能性が高い。
つまり、誉めたから天狗になって悪くなったのではなくて、極端に良かったのが平均に近づいたということであり、叱ったから良くなったのではなくて、極端に悪かったのが平均に近づいたという単純な話であると言います。
つまり「平均への回帰」という確率論の話だと言うのです。

ある意味、納得感はありますが、「誉める」「叱る」の選択が教育上での変数になり得ないという考え方には違和感ありありですし、そうであっては困ります。
なぜなら自分の経営学の研究さえ根本から否定されてしまう気がするからです。

わかったつもり ー後知恵とハロー効果

さらには、『ビジョナリーカンパニー』(ジム・コリンズ , 1995 , 日経BP社)や『エクセレント・カンパニー』(トム・ピーターズ, ロバート・ウォーターマン , 2003 , 英治出版)などに成功例として取り上げられる企業は、そのリーダーシップや経営手法の分析がなされているが、ほとんどは後付けで意味を与えられたものであり、また経営が(その瞬間に)うまくいっていることから、企業のあらゆることが素晴らしくて、経営者が優れていると短絡的に考えてしまうハロー効果が働いていると書かれています。

【ハロー効果】別称、後光効果。ある人のすべてを、自分の目で確かめてもいないことまで含めて好ましく思う(または全部を嫌いになる)傾向。

では、本当の成功の要因はいったい何なのかと言えば、それは運であり、やはり確率の問題であると言います。
『ビジョナリー・カンパニー』に取り上げられるような企業も長期的に見れば業績は普通の会社に近づいていくるし、業績の悪い会社が徐々に業績を持ち直すこともある、すなわちここでもパフォーマンスに影響を与える重要な要素は平均への回帰だというのです。

さらには経験とスキルのある専門家の判断は、実はサイコロを投げるのと変わらない確率でもあるという事例も書かれています。

結局なんでも平均回帰なの?

う〜ん、唸ってしまいます。
より良い企業経営を行う上で必要なことは何かを考え、要因を抽出し、分析し、それを一般化し、理論化することを経営学はしてきていると思います。
自分も従業員個人のビジョンの有無や組織の文化がどう業績に関わるのかということを研究して、変数を探りあて理論化することをめざしていますが、カーネマン教授に言わせれば、長期的に見れば平均に回帰するわけだから組織の文化とかビジョンとかなんも関係ない、なんてことになるようです。
もしそれが正しいとしても、それでは面白くないなあと私は思います。

ノーベル賞を受賞した教授の(おっと、ハロー効果)論理的な説明であるので、しっかりインプットしておいて、研究を進める上でのクリティカルな指標の一つにしておくのが良いかなと考えています。

ファスト&スロー 上 の読書メモ

参考書籍
リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン, 2009 , 『実践 行動経済学』日経BP社
ジム・コリンズ , 1995 , 『ビジョナリーカンパニー』日経BP社
トム・ピーターズ, ロバート・ウォーターマン , 2003 , 『エクセレント・カンパニー』英治出版

最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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