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「阿修羅像」の真実 (長部 日出雄)

 昨年(2009年)は、興福寺創建1300年を記念した「国宝 阿修羅展」が東京国立博物館で開催され大変な人気を博しました。ちょっとした「阿修羅像」ブームも広がったようです。

 さて、本書、折りしもそういうタイミングの出版だったこともあり、「阿修羅像」に関する歴史や薀蓄を語った概説書かと思い手にしました。

 が、内容は私が(勝手に)想像していたものとは少々異なっていました。
 「阿修羅像」に触れたくだりは後半の一部分で、主人公は「光明皇后」。その他、主な登場人物は、藤原鎌足・藤原不比等・県犬養橘三千代・聖武天皇といった光明皇后の縁者、玄奘三蔵・行基ら当時の仏教界を語るに不可避の人々でした。

 本書の大きなテーマは「阿修羅像」のモデルについての推理です。

(p211より引用) 阿修羅像のモデルは、いったい誰であったのか。それは幾つもの条件からして、-光明皇后以外の人ではあり得ない。
ぼくはそう感得するのである。

 本書の前半部分の飛鳥から天平時代にかけての歴史的・社会的考察は、著者の推理の根拠・背景を縷々語ったものでもあります。そういう考察を踏まえて、著者は以下のように結論づけています。

(p214より引用) 興福寺の阿修羅像は、つねに苦悩を内に秘めながら、夫の聖武天皇をしっかりと支え、かつ仏法の強力な守護神となるために、多くの敵対者を向こうに回して、文字通り「三面六臂」の働きをつづけていた女性の-ひたむきで凛然たる決意を体した天才彫刻家満腹、が精魂籠めて作り上げた光明皇后の肖像と観て、おそらく間違いあるまい。

 この「阿修羅像のモデル」の仮説の当否はさて置くとして、本書により、飛鳥から天平期の世相を改めていろいろな側面から振り返ることができました。

 たとえば、藤原氏の興隆の原点について。

(p58より引用) 鎌足にはじまる新興貴族の藤原氏を、わが国の歴史において最大の名門とした最初の力は、先進国唐の政治と文化に関する他の追随を許さない知識と学問の量であった。

 今後の統治はいかなる原理に基づいてなされるべきか。その方向を見定め、僧旻や高向玄理を用いて自らが力を振るえる唐風の政治体制に導いたのは、藤原鎌足・不比等の戦略眼の成せる業といえるのでしょう。

 また、玄奘三蔵の天竺行や行基の菩薩行等についての解説は、私としてはあまり関心をもっていなかったジャンルなだけに、かえって興味深いものがありました。

 「「阿修羅像」の真実」というタイトルは、読み終わって、その内容と照らし合わせたとき少々違和感は感じますが、「光明皇后」を軸にした当時の歴史読本と考えると、著者の立ち位置の是非も含め、それなりに面白い本だと思います。



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