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ファーマゲドン 安い肉の本当のコスト (P・リンベリー/I・オークショット)

(注:本稿は、2015年に初投稿したものの再録です)

 レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、以前から読んでおこうと思っていた本なのですが、そちらより先に本書を手にとってみました。

 今、世界的に拡大している「農業・畜産・漁業の工業化」がもたらす地球規模の影響について、著者たちのリアリティ溢れる警鐘が興味を惹きます。

 著者が特に注目して取り上げているのは「第一次産業の工業化」ですが、この急速な拡大による環境破壊は、様々な局面で私たちの身近な生活に悪しき影響を与えています。大気汚染や水質汚濁といった直接的なものもあれば、「ハチの減少」による農業への大打撃といった “風が吹けば桶屋が儲かる”的なケースもあります。

(p93より引用) 自然受粉に不可欠な野生のハチは、農薬まみれの単一栽培を行う工業的農業のせいで、生息地を奪われ、駆逐された。

 多くの穀物や果実は、ミツバチ等昆虫による受粉がなければ収穫すべき果実を得られないのです。

(p94より引用) 毎年、晩冬や早春には3000台ほどのトラックが米国を横断し、カリフォルニアのセントラル・ヴァレーまで約400億匹のハチを運ぶ。南北が400マイルに及ぶその広く平らな谷間には、約60万エーカーのアーモンド畑があり、世界のアーモンドの80パーセントが生産されている。その受粉は、まさに史上最大規模の受粉イベントである。その費用は高額で、現在、カリフォルニアの栽培者は、年に2億5000万ドルをハチに費やしている。これは、農業の持続不可能なやり方のせいで、自然のサポートシステムが壊れていくもう一つの事例である。

 「畜産業の工業化」も様々な環境負荷を増大させています。
 著者は、様々な例を紹介していますが、たとえば「水資源」に対しても深刻な影響を与えています。

(p314より引用) 戸外で放牧するシステムは、工業型システムよりも使用する真水がはるかに少ない。中でも、濃厚飼料を与えず、放牧して牧草だけで育てる場合はそうだ。水利用のバランスを崩すのは、大量の肥料と灌漑によって育てた作物を濃厚飼料にするシステムで、現在ではそれが一般的になっている。農薬や肥料、家畜の汚物による汚染を含め、穀物や大豆を主とする濃厚飼料が水資源にかける負荷は、純粋な放牧に比べて、60倍も高くなる可能性がある。

 このあたりの指摘は、先に読んだ「里山資本主義」で著者の藻谷浩介氏が抱いている問題意識と完全に重なります。

 工場飼育は、環境汚染の元凶として、人々の健康の毀損や動植物の生存にかかる自然環境の破壊をもたらすものです。
 それ故、工場飼育の廃止は、それらを回復に導くとともに、現在地球規模で問題となりつつある食糧難への解決策にもなるのです。

(p448より引用) 現在の食料システムは水漏れのするバケツのようなもので、生産物の半分を無駄にしている。・・・廃棄される食料や腐らせる食料を半分にするだけで、10億人を養うことができる。加えて、工業飼育される家畜に与える穀類を半減させれば、さらに10億人以上を養うことができる。それだけで、環境にほとんど負担をかけずに、将来の人口を養えるようになる。

 食糧調達のための「工場飼育」が地球規模の食糧難の一因となっている現状は、ある意味、ちょっと古いスキームではありますが「南北問題」の側面も有しています。
 さらに言えば、「南」が被っている食糧難の状況は、このまま放置しておくと「北」も含めた全地球的課題に拡大するのは不可避ですから、まさに、これは地球規模の “持続的成長に対する危機” そのものなのです。

(p421より引用) 国連は、2050年までに食料供給量を現状からさらに70から100パーセント増やす必要があると予測する。それを工業型農業なしで達成するには、三つの原則に基づく常識的な取り組みが必要となる。三つの原則とは、人間の食を第一とする、食品の廃棄を減らす、未来を見据えた農業を行う、である。

 「人間の食を第一とする」に関していえば、

(p422より引用) 工業型畜産のせいで、家畜は人間と食べ物を取り合うようになった。・・・穀物など、家畜に与えられる植物性タンパク質のうち、肉やそのほかの畜産物として人間に還元される動物性タンパク質は、わずか6分の1だ。工業型農業は、食料を作る工場とは呼べない。むしろその逆で、食べ物を作るのではなく捨てており、貴重な農地を無駄にしている。

 「家畜は牧草で育てる」「魚は家畜にではなく人間に食べさせる」「豚と家禽には残飯を与える」「土壌の持続可能性を高めるために、作物と家畜を一緒に育てる混合農業に戻る」・・・、“具体的”かつ“常識的”な打ち手ですね。
 実行するかどうかは、やる気の問題とも言えますが、やる気を起こすには「今起こっている現実の認識」が出発点になります。

 本書は、そういった取り組みに関わる人の“バイブル”です。



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