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土偶を読む ― 130年間解かれなかった縄文神話の謎 (竹倉 史人)

(注:本稿は、2021年に初投稿したものの再録です。)

 著者の竹倉史人さんは、私の会社関係の知人の弟さんだということもあり、本書が出版されたときから大いに気になっていました。

 従来タイプの “考古学の専門家” ではない立場から、日本古代史上の大きな謎に学際的立ち位置で相対し、「ゼロベース」からの発想で提示した大胆な仮説を丹念に検証していくチャレンジングな姿勢はとても魅力的だと思います。

 竹倉さんの仮説はこうです。

(p58より引用) 私が直感していたことは、「土偶と植物とは関係がありそうだ」という抽象的なレベルの話ではない。もっと直接的で具体的な仮説が私の頭の中を駆け巡っていた。それは、「土偶は当時の縄文人が食べていた植物をかたどったフィギュアである」というものだ。
 土偶の姿が「いびつ」なものに見えるのは、勝手に私たちが土偶=人体像であると思い込んでいるからではないのか。 いびつなのは土偶のかたちではなく、われわれの認知の方なのではないか。

 こういう「一歩も二歩も踏み込んだ具体的仮説の提示」は潔くて気持ちがいいですね。

 そして、竹倉さんは、この仮説を、様々な種類の土偶を取り上げては具体的に検証していきます。

 その検証のプロセスは地道であり緻密です。
 まずは、基本仮説を思索の起点として「具体的なモデルの対象物(堅果類・貝類等)」を見つけ出し、それと土偶の形状との類似点、土偶の発見場所と対象物の存在場所との近接度等を丹念に確認していくのです。
 単一の根拠であれば、モノによっては少々強引な我田引水的根拠づけだと感じるところがあったとしても、多角的な切り口から複数の論拠を重ね合わせていくと、その仮説の正当性は確実に高まっていきます。

 また、実証プロセスの基礎とした「イコノロジー(図像解釈学)」という考え方にも興味深いものがありました。
 縄文期の人間も現代人も「図像」から受ける印象には大きな変わりがないというのも、さもありなんと思いますね。一見して “似ていると感じるものは(時を隔ててみても)やはり似ている(同じ)” ということです。

 さらに、竹倉さんは、仮設の設定・検証にあたって「狭義の考古学」の成果や思考スタイルにこだわることなく、他の学問領域の視点を学際的に取り込んで思索を進めていきました。

(p246より引用) われわれ現代人は自然科学的な分類体系に基づき、「人間」と「植物」を断絶したまったく異なる種として表象する。しかし、アイヌのようなアニミズム的な世界観が優勢である文化においては、人間、動植物、自然物、道具類も含め、精霊が宿りうるかたちあるものが連続的な「生命体」として表象される。

 これは、アイヌのアニミズムを基調とした植物の認知方法からの知見です。

 さて、本書、これまで謎であり誰もトータル的な解釈を成し得ていなかった「土偶のモチーフ」を顕かにしようとした竹倉さんの立論過程と結果を綴った力作です。
 その仮説検証のプロセスは、あたかもライトタッチの推理小説を読み進めていくようなワクワク感に溢れていました。謎解きのステップが論理的に明快で小気味良いので、読んでいても楽しいですね。

 そして、その知的探訪の楽しさとともに、読み終えて印象に残ったのは、「あとがき」に記された本書に至るまでの「竹倉説」開陳の道程でした。

(p342より引用) 私はいったい誰から「お墨付き」をもらえばよいのか?
 私が接触したアカデミズムやメディアの関係者たちは「土偶=考古学」と頭から信じ込んでいるようで、みな口を揃えて「考古学者のお墨付きがなければあなたの研究を公にすることはできません」と繰り返すばかりであった。
 仕方ない。私は一部の縄文研究者たちにアポを取り、彼らに自分の研究成果を見てもらうことにした。ところがこの方策は事態をさらに面倒なものにした。誠実な対応をしてくれたのはごくわずかで、彼らの大半は私の研究成果にはコメントしようとはせず、そればかりか「われわれ考古学の専門家を差し置いて、勝手に土偶について云々されたら困る」というギャグのような反応を返してきたのである。挙げ句の果てには、私の研究成果が世に出ないように画策する者まで現れる始末だった。

 今、本書は、竹倉さんとそのサポーターにみなさんの努力によって、講演会、出版というステップを経て大きな話題となっています。

 「土偶のモチーフの解明」で、旧態依然とした学問の閉鎖空間に大きな風穴を開けた竹倉説。本書の中でも記されていますが、今回の成果に続く「土偶の用途論」での竹倉さんの “次なる謎解き”、これもまたとても楽しみでますます期待が高まりますね。



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