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じゃんけんって効率悪くない?

「じゃんけんってタイパ悪くね?」
 日本にじゃんけんを知らない人間はいないだろう。グー、チョキ、パーで雌雄を決し、勝者は拳を高く上げ、片や敗者は膝から崩れ落ちる。あの時グーを出していれば、あの時パーを出さなければ。そんな後悔が思考を占有し、何も手につかない日々が私には存在した。それでも、じゃんけんはいつだって私の傍にいてくれたし、同時に勝った喜びも負けた悔しさも共有してきた。だから、私とじゃんけんはハサミで切っても切れない絆で繋がっており、その強固さは正に折り紙付きであるわけだ。そしてじゃんけんがいてくれたからこそ、意志薄弱な私が色々な物事決めることだってできた。そしてそれは多分、皆そうなのだろうと思う。

 そんなじゃんけんを、友人は「タイパが悪い」と言い放った。なんでそんなことが言えるんだろうと思った。私達がどれだけじゃんけんに助けられてきたのかを、彼は忘れてしまったのだろうか。彼とは一緒に住んでいる時期もあったのに、じゃんけんに対する考え方がこうも違うとは。いやはや、ため息を漏らさずにはいられない。
 それに、タイパとは何なんだ。なんでもかんでも時間効率を気にして、お前は一体何に追われているというのだ。そんな考え方は侘びも寂びもなければ、粋でもない。無駄に時間をかけることこそ趣であり、人生に潤い与える最大の要素ではないのか。
 そもそも、タイパとかいう略し方が気に入らない。ドラえもんだってタイムパトロールをタイパと略していなかったのだから、私達だってそれに倣ってタイムパフォーマンスと言うべきだ。未来から来た機械の方が言葉を重んじているなんて、ちっとも笑えない。過去に行き、タイムパラドックスなんてお構いなしに彼の人生を滅茶苦茶にしてやりたい。

「じゃんけんのどこがタイムパフォーマンスに欠けてるっていうのさ」
私はぶっきらぼうに言った。私の友人を傷つけた友人に、気を遣うのもばかばかしい。
「あいこだよ、あいこ。二人で何かを決める時に、あいこというフェーズを踏むのはじゃんけんの欠陥としか言いようがないね」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
「だろ? だから俺、考えたんだよ。じゃんけんの代わりになるものを」
 彼はそう言うと、嬉しそうに自分の発明したゲームを説明し出した。要約すると、以下のようになる。

①「SAME」「DIF」のどちらかを宣言する。(自分が「SAME」を選んだら、自動的に相手が「DIF」となる)
②相手に見えないように左手で覆いながら、右手で一本だけを指を立てるか、二本指を立てる。
③両者がその姿勢を取ったら、同時に「SAME or DIF」と掛け声を出し、言い切るタイミングで覆っている左手から右手を勢いよく抜き出す。(アニメ『遊戯王』で、デュエルディスクからドローするポーズに似ている)
④両者とも同じ数の指を立てていたら「SAME」を選んだ方の勝利。違えば「DIF」を選んだ方の勝利。

友人作「SAME or DIF」


「SAME or DIF」のイメージ図(へたくそで申し訳ない)因みに DIF は Different の略である。

「これならあいこになることはない。簡単だろ?」
 彼は自信満々に言う。まあ、確かになあと思った。確率も五分であるし、あいこにもならない。悪くはない。
 悪くはないし、これが結構楽しい。相手の指の本数を考えるのも新鮮だし、抜き出す際のバカラ的な要素がドキドキを与えてくれる。そして何より、スパンと一発で決まるのは気持ち良さすらあった。「SAME or DIF」、ありかもしれない。
 勿論懸念点も無くはない。骨の動きで分かるんじゃないかとか、掌が小さい人は指を隠せないんじゃないかとか、それはもうたくさんある。まず二人でしか成立しない点は拡張性の無さを露呈しており、その点はじゃんけんよりも劣っている。とはいえ、楽しさはじゃんけんを超えている。それだけで十分だった。
 先ほどまで懐疑的な目を向けていたのに、今ではワクワクが身体を満たし、はやく「SAME or DIF」をさせてほしいと彼に懇願するまでになっていた。

 それから、私たちはどっちのベッドを使うか(その日私と彼は旅行中で、同じ部屋に泊まっていた)、大きいタンをどちらが食べるか、窓側の席にどちらが座るか等、事あるごとに「SAME or DIF」で決めた。小学生が不思議そうに見ている横で、私たちはお構いなしにプレイし、一喜一憂した。

 私はじゃんけんという既存のツールをただ使うだけで満足し、より良いものを作り出すという発想をしてこなかった。世界中の人間に認知されたこのゲームに取って代わるモノなんて作れるわけが無いと、無意識にそう考えていたのかもしれない。
 「SAME or DIF」は、私にステレオタイプ的な考えを改めさせ、フラットに物事を捉える必要性を提示した。じゃんけんが悪いわけではない。私のじゃんけんに対する依存心が悪いのだ。
 彼と別れた帰り道、私は過去の私に「DIF」を宣言し、左手の中でそっと中指を突き立てた。

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