愛すべき知識人ハゲ
僕の日常に事件は起きない。淡々と日々が過ぎていき、幾度も春を迎えた。
先日、通勤の電車内で乗客同士の口論に居合わせた。どのような経緯で口論になったかわからないが、2人の男性が扉が開くのと同時に
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
と、地響きのような足音をたて、2人の男性が席の取り合いをしていた。そして男性Aがドスンと席に座った。(しかも優先席)
男性A「なんだよおめぇ」
ぼく(あ、なんか始まった)
男性B「なんだよ!からんでくんじゃねぇよ!!!」
ぼく(ひぃ、怖い)
男性A「うっせぇよハゲ!!!」
男性B「この野郎てめぇ」
と、男性Bは捨て台詞を吐き、となりの車両へ移動していった。
捨て台詞を吐いて去っていく男性Bを見た僕は
あ、たしかにハゲてる
と、思った。「うっせぇよハゲ!!!」と男性Aが言うので僕も思わず男性Bの頭頂部に目をやったのである。
僕はそのとき『ソクラテスの弁明』を読んでいた。
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アテネの法廷で訴えられ、裁判され、必死に弁論するソクラテスもハゲていた。
『ソクラテスの弁明』は歴史的におおむね忠実であると考えられており、もし仮にそうであるとすれば、ソクラテスは「死刑から逃れようと必死に弁論する愛すべきハゲ」なのである。
頭の良い人なら知恵をつかい、頭の良い人は周囲への配慮も怠らない。当たり前なことを、声高らかに訴えかけたソクラテスの素晴らしい弁論が、令和となった今、電車内で乗客同士で「ハゲ!!!」と罵りあっている現場を見た僕は悲しくなった。
「バカとブスこそ東大に行け!!!」という『ドラゴン桜』の名言があるように、『ソクラテスの弁明』の中のソクラテスも令和の日本に「ハゲこそ知恵を使え!!!」と訴えかけているに違いない。
チャールズ・ロバート・ダーウィンは前頭葉から頭頂部にかけたハゲであるが、現代生物学の基礎を築いた歴史的ハゲである。
自分の頭皮なんてもろともせず、彼は進化論を唱えた。
日本にキリスト教の布教に努めたフランシスコ・ザビエルは頭頂部が円形にハゲている、トンスラという髪型をしている。
カトリックにおいて、聖職者を表すしるしとして、頭頂部の毛髪の一部を環状に剃るというのがトンスラであり、この時代のカトリックの聖職者はおおむねこの髪型にしていた。
「カッパみたいな髪型」と、初めて彼の肖像画をみた小学生は絶対に思うだろうが、彼らはカトリックの教えに忠実に従い、聖職者として望ましい姿になるため、自らこうしているのである。決してハゲているのではない。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「発明王」の異名をもつ天才ハゲである。
さすがに育毛剤は発明できなかったようである。
ハゲは男性の永遠の悩みではあるが、そんな悩みをもろともせず、自分の頭皮を犠牲に、人に尽くし、努力し、知恵をつかい、人々のために尽力をつくしてきた歴史上の偉人をただのハゲ呼ばわりしてはいけない。愛すべきハゲなのである。
冒頭にて、電車内の席の取り合いをめぐって、1人の男性が「うっせぇよハゲ!!!」と罵っていたが、ハゲにも優しい世界であってほしいと感じた3月であった。
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