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Z世代の働き方は日本をダメにする?

昨日こんなツイートが流れて来た。

仕事中にシーシャ吸ってもいいじゃない。結果だしてるんだから。
というのは型破りか型無しかという議論もあるだろうが、
これがZ世代の働き方かぁとしみじみ感じ入ってしまった。

僕もZ世代だが、こんな働き方はしたことが無いし、できない。
今後このような働き方が主流になるならば、今は時代の大きな転換点にいるのかもしれない。


この働き方は賛否両論あるだろう。
特に、Y世代以上の世代の方々はこのような働き方は理解しがたいだろうし、拒絶反応を起こす人も多いだろう。
実際Twitter上でも賛否分かれている。
(否定派とは別にこの経営者の過去の問題行動を非難するツイートも多い)

かくいう僕も否定派である。
とはいえ、「普通にオフィスで仕事した方が生産性高いだろ」とか「成果よりも過程が大事だ」みたいな紋切型な批判はしたくないので、そこから2歩3歩妄想を膨らませてみる。
すると、この働き方は日本社会を揺るがす大きな危険性をはらんでいるのではないかと感じてしまった。


僕の主張はこうだ。

このような働き方は行き過ぎた成果主義だ→行き過ぎた成果主義下では社員育成のインセンティブが発生しづらい→育成の必要ない素の能力が高いものしか生き残れない→貧富の格差ならぬ「仕事の格差」が発生→身分制度のように仕事や収入が固定される

このような社会になってしまうのではないか。(エビデンスはない。全て妄想。)

この、仕事中にシーシャ吸っててもいいじゃない。結果出してるんだから。という風潮は、つまり、結果さえ出していれば過程は評価されないということに近い。
そうなると従業員は自分の一番やりやすい形で結果を出そうと躍起になる。
これでは行き過ぎた成果主義に陥ってしまう。

行き過ぎた成果主義とは、成果のためには手段を選ばなかったり、成果に直接つながる行動以外を取らなくなってしまうような状態と定義しておこう。
この経営者が過去に起こしたとされている、他人の実績を自社実績と偽ったり紹介料を勝手に抜いたなどの問題行動も行き過ぎた成果主義が招いた結果だろう。

行き過ぎた成果主義には、このようなコンプライアンス違反の他にも大きな問題を孕んでいる。
それが、育成の放棄だ。
個人主義・成果主義の組織に属する個人は、組織を成長させることよりも自分の成果を上げる方が優先事項となる。
組織を成長させて得られる長期的なリターンの割引現在価値よりも、成果を上げて得られる短期的なリターンの方が大きいと判断されるからだ。

そうなると後輩が育たない組織になる。
いや、正しくは後輩を育てる必要のない組織になる。
つまり、教えなくてもできる、素の能力の高い人たちのみで組織を構成するようになる。

もしもこのような組織が多数派になれば、ポンコツの私には生きづらい世の中になるだろう。
今でこそ「属人性を排除して生産性向上」ということが方々で騒がれているが、今後は属人性の塊のような組織が「ポンコツを排除して生産性向上」を叫びだすのかもしれない。
まさに行き過ぎた成果主義である。

この行き過ぎた成果主義が社会に浸透したディストピアを考えてみよう。
ディテールは排除するが、この社会での最初の仕事は、作業の頭数確保などで誰でもいい仕事をアサインされることになるだろうが、そこで結果を出せないと「仕事ができないやつ」の烙印を押されてしまい、もう二度と仕事が回ってくることはない。
すると、「仕事を発注される人」が最も偉くなる。

そして仕事を発注されるには、「実績がどれほどあるか」が重要となる。
この実績はもちろん過去の実績なので、原資となる実績をどう作るのかが問題となる。

これは金のあるところに金が集まる富の格差の構造のアナロジーではないだろうか。
今後は貧富の格差に加えて「仕事の格差」も生まれて、お金持ちならぬ「仕事持ち」が至上となり、信用・実績を得るためにお金を使う。そんな時代になるかもしれない。

そうして「仕事の格差」もどんどん広がって、最終的には「僕には実績がないから農家か清掃員しか就職先が無い。薄給な仕事なので子供を大学にやれない。きっと子供も農家か清掃員を継ぐのだろう」なんていう身分制度じみた階級の固定が起きるだろう。


これはかなりのディストピアだ。
ぼくのようなポンコツの未来は暗い。。


ただし、そんな行き過ぎた成果主義でも、各企業が後発の育成にインセンティブが発生するような制度を取れれば結果は変わるだろう。
つまりは長期的な目線で、持続可能な社会を作るという考え方だ。
そういう意味ではSDGsも捨てたもんじゃない。
僕のような無能ほどSDGsを叫んだ方がいいのかもしれない。



なんの根拠もないただの妄想なので批判はお手柔らかに頼みます。

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