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一つ終わっても、また一つ、またひとつ。。。介護を考える

また介護ネタかよ…と思われる方もいるかもですが…😅もう私見です。勝手な意見なんで、不快と思う方は、即、スルーしてくださいね。

父の介護を終えたとはいえ、もう金輪際、介護がないか?と言うとそんなことはないと思ってて。

いろいろ事情があるので、今はまだ多く語れませんが、母もいるし、義父もいます。
なんで、まだまだ介護は他人事ではありません。自分や主人というパターンも十分にあり得ますし。

私の今の興味は…
介護だったり、50代からの生き方暮らし方で。そこに介護は切り離せないピースと思っています。


本題に入る前に、ちょっとだけ小言。

正直、触れるに触れれずにきてましたが…

母のこと。
父のお通夜にお葬式で、母を見て…
だいぶいろいろできなくなっていて…
こりゃ大変だぞ。。。ってすぐわかりました。

きょうだいや私、親戚が認識できてませんでした。まぁ、高齢になったら、普段見てない人はわからないことはよくあることで。普段一緒にいる人以外は、「ダレ?」は普通です。
(こっち側が老けたりしてるのもあって、昔記憶が鮮明な高齢者は、名前イメージとあわずに混乱してしまうんだと思います)
あと、小さないろいろが1人ではできなくなってました。大変だなぁ…と。


ま、うちの場合は…
勝手に出て行った人、勝手に連れ出た人が、勝手に苦労してるだけといえばそうだけれども…
私には介護の経験があるから、大変なのは見てわかります。

介護自体に手を貸すことはしなくても、年金とか期限のある事務手続きがスムーズに終わって、母は母で今いるところで落ち着いて暮らせていけたら…などと、思っていたのですが。。。
早々に、代理人さんが出てきたりで…普通の会話がもう成り立ちません。。。


もう好きにしてください🫴って感じだったりです😑つける薬がないとはこのことだなぁと思っております。ハイ、愚痴でした。。。


義父も、ちょこちょこは伝い聞きは聞いてます。大変なようです。
いろいろ周りにサポートしてもらっていますが、何しろ遠距離介護ですので、いろいろトラブルがある様子で…
管理している家族がまいっているような…

遠方の田舎介護だと、やはり、現場の人にとっては捨て置かれた感が否めないのか、なかなか協力的に対話をしてくださらないようで。
どっちも悪くないし、でもきっとどっちもよくないとこあるんだとは思います。



何か問題が起こるとすると…

まず、物理的なことなのか?
メンタル的なことなのか?

となるんだと思います。

介護の場合は、混在するんですよね。
どちらもが。


しかも、日常的なことだったりするので…

介護を
知る人
知らない人
で、

事の大変さや重要性の感じ方、捉え方が、かけ離れてるわけでして。

軽く「そんなこと?それくらい?」
と言われることが、ひどく人を傷つけるし。

逆に「こうしてみれば?」などと、
とんでもなく軽々しく、breakthroughなアイデアをくれたりするわけで。


問題を抱えている時に、どんな方とお付き合いするのが良いか?というと…
それはそれは難しい一面があると思います。


私の母と義父に関していえば…
主軸となるキーマンが別にいます。
だから、私が口を挟むのはあまりよくない。
なぜなら、家族それぞれの性格とか環境、持病とか…(からの関係性が)難しいとされてます。

やはり、介護はキーマンがやりやすいようにするのがいいと思います。周りのケアサポーターも、考えが一本化されてる方がより良いアイデアを出しやすいと思うのです。


ただ、そのためにはキーマンがキーマンでないとなんですよね…折れるに折れれない…


でもねぇ…
向かないなあ…とおもったら、降りたらいいと思うんですよね。プロにまかせても、他の家族に代わってもらっても、手を抜くでもいいんですよ。「できなーい!」「しんどーい!」と声をあげるとこまでが、キーマンの責任の一端やと思うのです。


しゃーなしでなったキーマン

やる気ではじめたキーマン

長子だからとはじまったキーマン

知らん間にキーマンにされてた

いろいろあるとは思うんですが、できんことはできんと手を上げて🙌一端撤退してもいいんです。それには、その事実を受け止めて、声をあげないとなんです。


もちろん、途中でやめたら「やめた奴」目線は浴びるでしょうが…

「やめた奴」なだけで、
「やってきたことが0になるわけではない!」

結果で人を判断する人は、結果しか気にしていない…

きょうだいや母を見ていつもそう思います。
最後勝ち取れたら、経緯がどんなでもいいと思ってるのか…計画も状況もズサン…だから、毎回、結果も微妙…

ちょっとぐらいズルしたって、バレなきゃいいというような短絡感が否めない…

先を見ろよー!まだまだ先長いかもなんやぞー!と、毎回なんかある度に思いますが…
意見は全くあわないので…私は遠慮しております。
で、ぬかるみにハマっていくのを見ているしかできないことに…疲労します。


あー、2000文字越えちゃった…
スミマセン。

何がいいたいか?というと…

介護は、50を越えたら、なんかしら携り続けることであって…
知らん、わからん、で生きていける人は稀の稀。


で、主軸、キーマンになってしまった方は、経緯はどうあれ、先を考えねばなりません。

から、向き不向き含めて、「できる」「できない」をジャッジしたり、
やるならやる👊で、くじそうになった時には声をあげる事が大重要!
声をあげる勇気がない人は、逃げてみるしかない。それも大事かと。
そこまでが、セットなんですよね。


で、できれば、友達相談先(SNS含み)を3箇所以上持つことがオススメかなぁ…
ケアマネさんやプロ以外。

プロはプロのアドバイスをくれます。当たり前の今の時代にあった、旬のアドバイスをくれます。でも、介護される人ごとに状態や環境がちがいますし、たくさん介護される人もいるから、常に最良とはいかないとは思うんです。

そもそも、介護に最良、最高の環境なんていりますか?できますか?
そんなの設けないでいいと思います。
だって、それは、介護される方が判断されることで。「最高だな!」とチラッと一瞬思えたら、もう最高じゃないですか。


だから、
恐れずに、介護を知る人、知らない人、ちょっと知ってる人、いろんな人で、愚痴れるお友達を3人以上セッティングして、1/3ずつ愚痴りましょう。

1人に100%は重いんですよ。介護ネタは。
1人に親身になってもらいすぎると、他に弱音が吐きづらくなります。他にカッコをつけるようになります。

軽々しく弱音をあちこちに吐いて、軽々しいbreakthroughな意見をいただいて、軽々しく怒ったりサボったり、軽々しく楽しんできたり…そういうのが介護にはいるんです。
責任をもって全うするには。


夜な夜な、オムツを片付けたり…洗濯したり…
重いゴミを運んで…夜空なんか見上げたら…泣いちゃいそうですよね。膝から道路に崩れて泣きたくなりますよね。

泣いてください。マジで。
ちょっと🤏ほんのちょっと涙の分だけ心軽くなりますから。堪えんとってくださいね。

と、話が大きくずれてしまいましたが…

今、書きたい事をただ、書いてみました!

追記)私は5人6人いました。集落のおばあちゃんたちとか、あちこちに愚痴りました。
お姉さま方の介護時代を聞いたら元気でます。
布オムツやったり、親族が口うるさいだけで全然手伝わないとか、舅姑寝たきり10年20年とか。。。💧
ワーワーと、違う時代の介護の愚痴を喋り倒してたら、スッキリしました。
それでも大体の方が
「あんたよーやっとるよ」と何も見てないのに褒めて送り出してくれます😆
得した気分になりますよ。

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