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MVVは企業理念に必要十分な要素か?

 大発見をしたような気がする。
 MVVとはミッション、ビジョン、バリュー(Values)の略で、企業理念に必要な要素と言われている。
 最近その哲学的基礎を解明できそうな予感を得た。

問題意識

 一般的に良くある議論はだいたい次のようなものだ。

・MVVは組織の理念に必要な要素である。

・MVVを策定すれば、組織の求心力を高め、構成員が組織に貢献する意欲を高めることができる。

 要すれば、「MVVが必要である」と言っているが、「MVVで十分である」とは1ミリも言っていない。MVVの元祖とされるドラッカーの『ネクスト・ソサエティ』も『経営者に贈る5つの質問』も、やはり「必要だ」としか言っていない。

 では組織の理念としては、もしくは企業理念としては、「MVVを含んでいれば十分なのか?」という疑問が湧くのは当然だと思われるのだが、そのような議論はまだ見たことがない。

主題:この記事の御利益

 冒頭で「大発見」と言ったのは、「企業理念はMVVを含んでいれば十分である」という主張を裏付ける根拠になりそうなものを思い付いた、ということだ。このような回りくどい言い方をしたのは、あくまでその疑問を解明できそうな予感を得ただけであり、完全な理論とは言えないからだ。言い換えればここに書くことは完全な理論(があるとすればだが)のラフスケッチ、素描に過ぎない。

 その手掛かりを与えてくれたのは次の本である。

テン二エス著、杉之原寿一訳『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト 純粋社会学の基本概念』(上・下)岩波文庫[1957]

 新しい訳を探したが、どうも邦訳はこれしかないようだった。どなたか新訳をご存知の方は教えてほしい。

余談

 こんな事を言うと専門家に怒られそうだが、正直なところ、訳が「古い」だけでなく「悪い」とも言えそうである。たとえば、テン二エスの理論の重要な用語として「適意」というものがある。これはドイツ語の名詞「Gefallen」の訳だが、普通は「好意」とか「親切」と言われる日常語である。手元の独和辞書も調べたがやっぱり好意と親切の訳語しかない。「適意」も調べてみたら、19世紀後半には使われていたらしく、訳者の造語ではない。

てき-い【適意】 
1 心にかなうこと。気に入ること。「始めこの書を編著せしときは、―の事なりしが」〈中村訳・西国立志編〉
2 心のままにすること。思いのまま。「各人の―にまかせる」

goo辞書 デジタル大辞泉

 「好意」ではニュアンスが伝わらないと訳者が考えたのかもしれないが、それにしても何の註釈もない。文庫なのだから、広く一般に読まれることを想定しているはずなのだが。

証明:論理展開の素描

 用語の解説も一通りやろうと思ったが、ものすごいボリュームになりそうなので、論理展開の概略だけ(素描)にしておく。(とはいえ用語の意味を知るだけなら、Web上の百科事典や記事などを調べれば用が足りる。しかしいつか自分の言葉で整理したい。頑張れば高校生くらいには分かる説明ができるかもしれない。)

 テン二エスによると、人間のすべての意志は「本質意志」と「選択意志」の2つに分類される。本質意志は「ゲマインシャフト」(共同社会)を生みだし、選択意志は「ゲゼルシャフト」(利益社会)を生みだす。ゲマインシャフトとはたとえば「家族」や「村落」、ゲゼルシャフトの代表的なものは「会社」(営利企業)である。

 本質意志は、本能と同義ではない(前掲書/上巻、p21)が、わかりやすさのために正確さを犠牲にするなら、本能的な意志である。一方選択意志は、未来の利益のために何かをなそうとする意志である。この場合、あまりやりたくないことでもやろうとする。

例:本質意志と選択意志
「たばこを吸いたい」というのは本質意志である。「(体に悪いし壁は黄ばむし、奥さんに嫌がられるし、良いことが無いので)たばこをやめたい」というのは選択意志である。残念ながら多くの喫煙者においては本質意志が勝っている。

 ゲゼルシャフトは、共通の選択意志を持った人々が集まって、その達成のために組織される。その選択意志の達成により、究極的には利益を得るためである。この選択意志こそそのゲゼルシャフトの「存在目的」である。すなわち「ミッション」(またはパーパス)である。

§

 これで「ミッション」の哲学的基礎は確認できた。ドラッカーの言う「ビジョン」は、「ミッションが達成されたときの社会の姿」であり、企業理念にとっては補助的な要素だから、残りはバリューである。

§

 純粋なゲゼルシャフトは、純粋な選択意志によって運営される。すなわち利益のために最適なことを行う。そのためには人間の感情どころか生態さえも無視される。たとえば、生死に関わるレベルの長時間残業が発生したりする。人間関係も破壊される。普通の人間は、そのような環境には、つまり完璧なゲゼルシャフトには耐えることができない。

 すなわち、会社が純粋なゲゼルシャフトであればあるほど、短期的には利益を上げるかもしれないが、実は組織としては弱く永続性がない。

 一方ゲマインシャフトは、血のつながり、土地のつながり、あるいは精神のつながりによって結び付いている。精神によってつながったゲマインシャフトとは、たとえば友達や宗教団体である。このつながりは強い。テン二エスの著書に、それを端的に記述した一文がある。

人々は、ゲマインシャフトではあらゆる分離にもかかわらず結合し続けているが、ゲゼルシャフトではあらゆる結合にもかかわらず分離しつづける。

前掲書/上巻、p91

 ゲマインシャフトのつながりを支えるのは本質意志である。すなわち(もともとゲゼルシャフトである)会社に、ゲマインシャフトとしての性質を付与できれば、その会社は極めて強固な組織になることができるのではあるまいか。

 では会社にとっての本質意志とは何か?それは、仕事をする上で、本能的にどんなことを好むか、あるいは大切にするか、ということである。「やること」自体はすでに選択意志(ミッション)によって規定されている。次に問題になるのはその「やり方」である。これは理屈ではない。金になろうがなるまいが大切にする価値観である。すなわちバリュー(Values)である。(MVVにおけるバリューとは、仕事の仕方や行動の仕方であり、Valuesは「価値観」と訳される。)

§

 ここまでで、会社はミッションとバリューを明確にすれば、強い組織になるはずだということが分かった。これは人間の意志の本質から言えることである。前述の通り人間の意志は(複数の意志がある場合、それらの間に階層関係や記述粒度の違いはあるにせよ)、本質意志と選択意志の2つに分類される。したがって、すべての組織は自身に固有なこの2つの種類の意志、すなわちミッションとバリューを規定できれば、組織のアイデンティティを確立するのに十分なはずである。


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