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ラドクリフ・ブラウンについての覚書

 アルフレッド・R・ラドクリフ=ブラウンは、1881年生、1955年没、イギリス生まれの社会人類学者、文化人類学者だ。同時代、マリノフスキーと並んで、機能主義学派のリーダーと目されていた。

アンダマン島民

 ヴェブレン『有閑階級の理論』[1899]の第1章「序論」で、単純な社会では有閑階級が発生しないことの例として、アンダマン諸島の部族が挙げられている(※1)。また、英雄的な仕事と日常の労役の区別や、男女の性差別がほとんどない社会の例としても、この部族が挙げられている(※2)。『有閑階級の理論』は、原著では参考文献が全く示されていないので、この出所がどこなのかわからない。

 多分その文献はラドクリフ=ブラウンの『アンダマン島民』(原題 "The Andaman Islanders" )だろうと長らく思っていた。アンダマン諸島に関する文化人類学の文献で、まとまった著作で、かつ著名なものとなると、これしか見当たらなかったので、ほとんど当たり前のようにヴェブレンはこれを読んだのだろうと思っていた。近隣の区立図書館で調べてもらったところ、これは邦訳が出ていなかった。都立図書館に英語の原著が所蔵されており、貸し出しはできないが閲覧はできるとのことであった。一時期本気で読みに行こうと思っていたくらいだ。

 が、ラドクリフ=ブラウンがこの論文を書いたのは1922年なのである。『有閑階級の理論』が刊行されたのは、これより23年も前である。そういうわけで、ヴェブレンが何を根拠に「アンダマン諸島の部族」について書いたのか、また分からなくなってしまった。

未開社会における構造と機能

 ラドクリフ=ブラウンの著作で、最も手に入りやすいものがこれであろう。邦訳がアマゾンでも売っているし、図書館でも借りられる。

ラドクリフブラウン未開社会

目次
南アフリカにおける母の兄弟
父系的および母系的継承
親族体系の研究
冗談関係について
冗談関係についての再考
トーテミズムの社会学的理論
タブー
宗教と社会
社会科学における機能の概念について
社会構造について
社会的制裁
未開法

2002年になって新版が出ているが、原著が刊行されたのは1952年で、かなり古い本だ。しかも、刊行された時点ではすでに、彼の思想は若干時代遅れになっていたらしい。編者の序文や訳者の解説からその辺の事情が読み取れる。しかしそれでも普遍的な価値があるとされている。同書の「解説」をもとに要点を書いておく。

 「時代遅れ」の最大のポイントは、社会の中に物理や化学のような「原理」や「法則」があると考えていた点である。実際、彼は「~の原理」のようなものをいくつも提唱している。ただしこの点については、「原理」を、そういう例が多く見られる「傾向」などと読み替えれば、別に問題はない。そう気を付けて読めば良いだけである。

 彼の著作の普遍的な価値は、マリノフスキーらがはっきり言ってくれなかったことを、はっきり解説してくれているという点にある。実際、「機能」、「構造」、「社会」、「文化」など、この種の文献では当たり前すぎてなかなか正面から解説されることがないが、多義的で誤解や混乱のもとになりがちな用語を丁寧に解説している(少しくどいような気もするが)。それゆえ、邦訳の「解説」を書いた蒲生正男は学生の時ラドクリフ=ブラウンの著作を読んで感動したそうだ。


※1 p53、村井章子訳 ちくま学芸文庫。

※2 p60、同上。

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