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トマトさん家族との一日 #2

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/05/10

 日本にいる時は、家族全員で朝ごはんを食べることがほとんどなかった。その日のスケジュール、体調や気分に合わせて、ご飯と味噌汁を食べる日もあれば、パンとコーヒーで済ませる日もあった。

 トマトさんの家では、今の季節だと朝7時半頃から家族全員そろって朝ごはんを食べる。おかずはトマトさんのパートナー、ジミンさんが事前に作って冷蔵庫に保存。今朝はジミンさんとトマトさんのお母さん(以下、オモニ。韓国語で“お母さん”の意味)が一緒に台所に立ち、豆腐や卵も焼いてくれた。

 食卓には白菜キムチ、白山菊のナムル(취나물무침)、ニンニクの芽の和え物(마늘쫑무침)、カニを薬味だれに漬け込んだヤンニョムケジャン(양념게장)などがずらり。料理に使う野菜はすべて、農園で自家用に有機栽培しているそうだ。

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 朝食後はすぐにトマトを育てているハウスに向かった。近所に住むというベトナム人女性が2人、先に来て収穫作業をしていた。1人は結婚を機にこの地へやってきたそうだ。

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 育てているトマトは1種類。オモニに収穫の仕方を教わった。この時、オモニが円柱形のクッションを持ってきてくれた。両脇には輪になった紐がついていて、ズボンを履くように輪の中に足を入れると、お尻の後ろにクッションがぴったりとくっつく。

 「疲れたらこうして座りなさい」とオモニが実演しながら座ってみせてくれた。ちょっと恥ずかしい気もしたが、言われる通りに装着。数分後、このクッションのありがたさを身をもって知ることになる。

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 赤く熟れたトマトだけを選び、1つずつかごに入れていく。「これもいいかな」と思ってとろうとすると「それはまだ早いね」とオモニ。見極めが難しい。立ったり座ったりの繰り返しだが、お尻にぴったりとくっついたクッションのおかげで、しゃがんだ時は椅子に座っているような感じになり、だいぶ楽。

 収穫しながら「わき芽かき」も行う。これは、中心の太い茎と葉の付け根から新たに出てくる芽を取り除く作業だ。こうすることで、必要な栄養分をトマトの実まできちんと行きわたらせることができる。収穫作業はど素人だけれど、わき芽かきならなんとかできるかも…。これまで通った農業塾や、自分の家でミニトマトを育てた経験が少しだけ役に立った気がした。

 ハウス内に響くラジオからは、前日行われた大統領選挙についてや、視聴者からの悩み相談(嫁に気を遣う姑、ネットカフェ中毒の息子に頭を抱える母親などの投稿)が聞こえてきた。国は違っても、人の悩みってそう大差ないのかもしれない。

 【追記】のちに、この農園で毎日聞いていた放送は、MBCラジオの長寿番組『여성시대 양희은, 서경석입니다(女性時代 ヤン・ヒウン、ソ・ギョンソクです)』であることを知った。月〜土曜の朝9時5分〜11時に放送され、歌手のヤン・ヒウンと、コメディアンのソ・ギョンソクが司会進行を務めている。
 
 番組では、韓国国内外の視聴者からの投稿がたくさん紹介される他、専門家による教育・法律相談コーナーや、生ライブが行われることも。木曜日のみ「남성시대(男性時代)」と名前が変わり、軍隊経験などについて語る男性視聴者の投稿が多く読まれている。

 韓国人男性と結婚後、午前中はいつも食堂のアジュンマ(韓国語で“おばさん”の意味)のように、朝食・昼食に加え、夫の職場のスタッフたちの分まで夕食用の弁当を作らねばならない生活になった私は、この数年、毎朝『女性時代』から聞こえてくる様々な人生談に耳を傾け、何度も励まされてきた。

 この番組を聞いていると、どんなニュースやドラマ•映画よりも、韓国の市井の人の暮らしや思いを知ることができるので、スタッフの分まで弁当を作らなくて良くなった今でも、料理や洗濯をしながらよく聞いている。

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 ひび割れしたトマトは家で食べる他、こうしてジュースに加工して販売しているという。休憩の時に冷たいトマトジュースをいただいた。甘くてとてもおいしい!

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 トマトは約5キロずつ箱詰め。インターネットや電話で注文を受け付け、一般家庭や飲食店に発送しているそうだ。トマトの他、ビーツの箱詰めも行った。作業中にも次々と予約の電話が鳴っていたが、今はまだ収穫量が少ないため、順番待ちが続いている様子。

 作業中「農民新聞」という新聞があることを知った。

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 消費者に送る段ボールには、政府機関「国立農産物品質管理院」が有機農産物であると認めた証(シール)を1枚ずつ貼っていった。

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 午後からは、トマトさん家族と一緒に、京畿道の南部に位置する安城アンソン(안성)にある農協へ。片道車で約2時間。今月、トマトさんは農協主催の大会に出場するらしい。何の大会なのかは、現時点でよくわからず。

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 トマトさんが農協にいる間、約2時間、ジミンさんとベイビーと一緒に、農協の隣にある「アンソンファームランド」へ行ってみた。牛、馬、ヤギ、豚、羊、ダチョウまでいろんな動物がいた。

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 トマトさんのパートナーのジミンさんは、ソウル生まれのソウル育ち。地方に親戚もいないので、結婚前は正月や盆に訪ねる田舎もなかったという。

 出会った頃はソウルでデザイナーとして働いていたトマトさんが、「江原道の寧越ヨンウォルにある故郷で父の跡を継いで農夫になりたい」と言った時、ジミンさんは「私には農業経験もないし、農夫の妻になるなんて想像したこともなかったけど、尊敬する人が決心したことだから」と受け止め、結婚を機に義両親との同居を始めた。

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 1985年生まれのジミンさんの周りでは、結婚してすぐ義両親と同居する人はほとんどいないという。地方での暮らしや生活習慣の違い(ジミンさんは結婚前、朝ごはんは食べない派だった)など、慣れるまでは少し時間が必要だったものの、「義両親がとても気遣ってくれて『出かけなさい』と言ってくれるから、結婚前よりむしろ2人でデートする時間が増えた」と笑っていた。

 「ソウルにいた時はスーパーや百貨店で野菜を買っていたけれど、今は家の農園が私たちのスーパー。新鮮で安心な野菜を子どもに食べさせられるのがとてもいい」と言う。

 家族の食事や離乳食のみならず、ベイビーの韓服や、マルシェ出店時に身に着けるエプロンなども自分で作るジミンさん。もともとファッションやメイク関係の仕事をしていて、何か物を作りあげることが大好きなんだそう。「もしオッパ(夫)が農家レストランをすることになったら、スタッフの衣装を作ってみたい。自分の得意なことで彼を手伝いたい」。

 あまりにも素敵な話だったので、ジミンさんに「書いていいですか?」と聞いたら「いいですよ!良い点しか話してないけど」とにっこり。ジミンさん、カムサハムニダ!!

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 農協の中の展示も少し見学。「6次産業」や「帰農帰村」にまつわる展示が行われていた。

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 これ、よくわからなかったけれど、イチゴの水耕栽培の様子かな。他にもテクノロジーの力で農村の未来を変えていこう、という趣旨の展示があった。スマホで農園環境を管理できると、もっと作業が楽になる…という話が聞こえた。詳しく見る時間がなく、詳細わからず。

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 最後に食堂で夕食をいただいた。うどんにカレー、キムチなど。トマトさんの話によると、学校の給食や軍隊での食事は、こういうお皿や器に各自盛りつけて食べるそうだ。

 昼食時には農園で育てている葉野菜、サンチュを収穫し、豚肉の炒め物やおかずを乗せ、巻いて食べた。「忙しい時は1日に5食くらい食べるようになるから、農作業でたくさん動いているはずなのに太るんですよね」とトマトさん。私も食べすぎに気をつけなきゃ、と思いながら、明日の朝ごはんを今から心待ちにしている。

▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中

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