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農園での愛しき日々 #9

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/06/06

 私が今お世話になっている、江原道寧越ヨンウォル郡のトマト農園の周辺には、ベトナム、フィリピン、タイ、中国などから来た外国人が多く住んでいる。アボジお父さんの話によると、この町では7~8年ほど前から、国際結婚情報会社を通じて外国人女性と結婚する韓国人男性が増えているそうだ。

 このトマト農園にも、韓国人男性と国際結婚した女性たちが働きに来ている。先週月曜日、新たに1人加わり、ベトナム人女性が3人になった。一番年下の女性は20代後半、とても元気で明るい2児のママ。目と目が合うとにこっと笑い「オンニ(韓国語で“お姉さん”の意味)、仕事はどうですか?」「オンニ、ご飯はたくさんたべなきゃだめですよ」と韓国語で話しかけてくれる。

 農園では、彼女たちはベトナムアジュンマ(ベトナムのおばさん)と呼ばれ、私はイルボンアガッシ(日本のお嬢さん)と呼ばれている。なぜ30代の私が「お嬢さん」で20代のベトナム人女性が「おばさん」なのか?オモニお母さんに聞いてみると、「結婚したらみんなアジュンマなのよ」という言葉が返ってきた。

トマトと私

▲5月中旬、農園に来たばかりの頃。トマトを収穫中のひとこま

 私は午前中にトマトを収穫し、午後からはアボジの箱詰め作業を手伝うことがほとんどだが、ベトナムアジュンマたちは一日中収穫を行っている。朝から晩まで立ったり座ったりを繰り返すと、さすがに足が痛くなるし、日中は気温が上がるととても暑い。しかし、ベトナムアジュンマたちは毎日元気に黙々と、熟れたトマトをカゴに入れ続けている。

 「ベトナムに比べると、韓国の夏は涼しく感じるそうですよ」とトマトさんは言う。「一番忙しい時期には、父と二人で朝から晩まで、箱詰めだけをして一日が終わることもあります。トマトを収穫してくれるベトナムアジュンマたちがいなければ、この仕事はやっていけません」。

【追記】
 この時聞いたアボジの話によると、昔は近隣に住む韓国人女性たちが収穫を手伝ってくれていたそうだが、高齢化に伴い働ける人がいなくなり、結婚移民者や外国人労働者の力を頼らざるを得ない状況になったのだという。

 2020年から始まったコロナ禍は、農園の労働者確保問題をさらに深刻化させてしまった。トマトさんの農園に来ていたベトナムアジュンマたちも、子どもたちの学校がオンライン授業に切り替わったことが大きな要因となり、仕事ができなくなってしまったようだ。2021年11月、トマトさんは農園のInstagramで、その苦しい胸の内をこんな風に綴っていた。

———今年はひときわ夜の気温が低く、トマトの成熟が遅れがちでもあり、私たちの地域だけでなく全国の農村の深刻な人手不足により、収穫を手伝ってくださる人たちを雇うことができず、適期に収穫できなくて割れてしまうトマトが多いです。そのため定期配送量もぎりぎりで、なんとか収穫配送が行えているという状況です———

カゴいっぱいのトマト

▲10日ほど前から収穫量が増え、全体的に粒が大きくなり甘みも増してきた

 トマトの収穫、箱詰めの他、私が時々担当しているのは「わき芽かき」だ。トマトは放っておくと主枝と葉の間に新しい芽が生えてくるので、それを1本ずつ取り除いていく。伸びすぎた髪を整えるかのように、新たな芽を手で摘み取っていくと、みるみるうちに小ざっぱりし、あか抜けていく。脇芽かきを行う時はいつも、トマトの専属美容師になったような気分で楽しんでいる。

 ところで、今回韓国に来て初めて知った冷蔵庫ズボン(냉장고 바지)は、農作業をする時にとても便利なアイテムだ。オモニが履いているのを見てどうしても欲しくなり、2週間前、休日に足を延ばした江陵カンヌン(강릉)のEマートで購入した。しわにならない素材でやわらかく、肌に触れるとひんやり。通気性も良く、とても動きやすい(写真下で着用中)。

 トマトさんの話によると、アジュンマたちが昔から愛用していた派手柄のズボンが、なぜか数年前から若者の間で流行し始め、男性アイドルもさらりと着こなすようになったのだとか。先日、トマトさん家族と訪れたベビー服の店では、子ども用の冷蔵庫ズボンが売られていた。

脇芽かき

▲冷蔵庫ズボンを履いて。わき芽かきに夢中

 農作業の合間には楽しみもある。午前中と午後に1回ずつ、間食をとる時間があるのだ。韓国の農家ではこの間食のことを「새참セチャム」と呼ぶのだと、今回初めて知った。トマトさんの農園では10時半頃になると、それぞれが作業している持ち場にアボジやオモニがやって来て、豆乳やトマトジュースを差し入れしてくれる。

 16時頃になると、ハウスの隣の作業場に全員集まり、机を囲んでチョコパイやパン、お餅やトマト、果物などを食べる。先日は韓国の夏を代表する果物、チャメ(참외)も味わった。

チャメをむくトマトさん

▲日本では「マクワウリ」という名で知られるチャメ

 時にはビールを飲むこともある。仕事の合間にお酒を飲む、ということに私が少し驚いてみせると「いいのいいの。ほとんど終わったし。こうして飲むと楽しいじゃない?」とオモニが笑った。吹き抜けていく風や、陽の傾きを全身で感じながらたしなむ一杯は、どんな酒場で飲むよりもおいしくて、確かに楽しい。

チャメ

▲チャメは皮をむき、食べやすいサイズに切ったら、種をとらずにそのまま食べる。種の部分が特に甘い

 収穫、箱詰め、郵便局への引き渡しがすべて終わったら、最後はアボジと共に翌日の準備にとりかかる。トマトを詰める発砲スチロールを袋から出し、水気を切って並べ、蓋に有機農認証シールを貼っていく。

 先週から収穫量が増え、1箱5㎏のトマトを1日に100~150箱ほど発送し続けている状況なので、こうして準備した箱(写真下)も、翌日の夕方にはすっかりきれいに姿を消してしまう。

発砲スチロール

▲アボジが毎日美しく積み上げる発砲スチロール

 5月9日に農園に来て、もうすぐ1か月。この間、まだ3回ほどしか雨が降っていない。先週は夏のように日差しが強い日もあれば、急に寒くなって突然ひょうが降ってきた日もあった。このひょうの影響で、果物が落ちたり、白菜に穴が開いたり、被害を受けた地域もあるという。

ひょう

▲ひょうが降る様子

ひょうが止んだ後

▲ひょうが止んだ後

 先週のいつだったか、トマトの箱詰め作業をしていた時、アボジが突然「ミニトマトちゃん」と日本語で言ったので顔を上げると、目の前に小さなトマトがあった。

ミニトマト

▲手前が通常のサイズ。奥がミニトマトちゃん

 その後、元祖「ミニトマトちゃん」が農園にやって来た。8月でようやく1歳になる。トマトはまだ食べたことがないそうだ。

ベイビーとトマト

▲山盛りのトマトに興味津々

 ミニトマトちゃんのオンマお母さんであるジミンさんは、東大門で生地を買い集め、子ども用の韓服を作り始めた。1歳の誕生日を祝う時、ミニトマトちゃんに着せる予定だという。

 生まれて100日目を祝う時にも、ジミンさんは素敵な韓服をデザインし、縫い上げている。韓国では彼女のように手先が器用な人のことを「금손クムソン(金の手)」と言うそうだ。

ジミンさんの韓服

▲100日祝いの時にジミンさんが作った韓服

 トマトさんの農園で過ごす日々もあと4日。最後まで今の自分にできる仕事をして、家族のみなさんと楽しく過ごしていきたい。書き残したいことはまだまだ山盛りあるけれど、続きはまた!


▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中

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