保育園に育てられる大人の日記
ヒュゴッ!!
おなかの底でピカリと光った元気玉が、胃袋の底に跳ね返ったスーパーボールみたいな神速で、食道を龍のごとく駆け抜けた。
そのまま口じゅう一杯に充満した龍の気は、私の頬を持ち上げたのだ。
あいにくの雨で、室内で行われることになった夏祭り。
「6時45分になったら、年長さんのお部屋に入ってくださ~い」
先生の出し物の時間になり、100名をゆうに越える園児が1つの教室に集まった。
教室を2つ繋げたくらいのサイズの部屋は、瞬く間に芋の子で一杯になった。
教室の後ろの方はパパとママたちが見守るように囲み、ジャワジャワと洗われる芋の子。
園児のそのジャワジャワした声が、お湯全開のシャワーみたいに教室じゅうを跳ね回って聞こえる。そして廊下にも、あぶれた芋の親が転がり出た。
私は教室の一番後ろ、真ん中辺りに立った。
「これからお部屋が暗くなるけど、みんな大丈夫かな~」
「ハーーーーーイ!!」
マイクの声に園児のジャワジャワが、極太のビームのように1つになる。
先生の出し物はプラネタリウムだ。
「じゃあ、これから暗くなるけど、みんな大丈夫かなー」
大丈夫、と口々に言う園児たち。
照明が落ち、部屋は真っ暗になった。
うわー、とかきゃー、とか、あちこちから聞こえて、途中から何を言っているのか分からなくなった。
夜になった教室は、小さなスポットライトが、裏方の先生の作業用に少しだけ、照らされるのみとなっている。
「それじゃあ、いきますよ~、せーの」
先生の合図で、天井には色とりどりのお星さまが映し出され、園児たちがわぁと歓声を上げた。
手作りのプラネタリウムには、もうひとつ仕掛けがあった。教室の2ヵ所にスタンバイした保育士の先生が同時にシェードを入れ替えると、星空の星がみんな、犬の足形をばらまいた格好になったのだ。
ビヨン、とランプの魔神が現れるようにして、光の足跡が天井一杯に広がった。
「みんな、これは何の足跡か分かるかな~」
園児たちを楽しませる仕掛けはプラネタリウムを使った、動物の足跡クイズだったのだ。
「いぬー!!」
「ねこー!!」
「イヌー!!」
「いぬー!!]
滝壺からガチャガチャと飛沫を上げるように、あちこちから飛んでくる声に、先生は落ち着いて答える。
「じゃあ、正解を言いまーす、正解はー」
「犬でーす」
「イェ---イ!!!!」
間髪入れず、前から5列分くらいの園児たちが、一斉に拳を暗闇に突き上げた。そしてこのやり取りがしばらく続いた。
バラバラのレゴたちが、一斉に集まり、一瞬にして巨人の口から極太ビームを放つ様は壮観である。ただ、ずいぶんハイトーンな巨人に、私は笑い始めてしまった。
「正解はー、猫でーす」
「イェ-ー-イ!!!!」
暗闇に唸りを上げるハイトーンな巨人。
「正解は、ヒヨコでーす」
「イェェェ---イ!!!!」
その勢いは留まるところを知らない。
場の空気が頂点に達した時、先生が言った。
「はい、先生からの出し物はこれで終わりです。それでは、最後にみんなで盆踊りをしましょう」
教室に再び明かりが灯る。
音楽が鳴り始め、園児たちが輪になって踊り出すと、一斉にスマホを構える保護者たち。
同じポーズをとりながら、私は横目で彼らを見、しばらくしてスマホをポケットにしまった。
そして、ふたつの目で一姫と二太郎を代わる代わる目に焼き付けておいた。
と、きれいな思い出にしておきたいところだが、そんなことは今はどうでもいい。
子どもは猫でテンションがMAXになるのか。
犬で拳を突き上げ、ヒヨコが全身の喜びを掻き回すのか。
そのシンプルさ、分かりやすさったらない。
そして、その文脈を生み出した保育士の先生たち。家庭では生み出せないであろう空気と、子どもらのコンビネーション。
その“自在感”に私は、心で敬礼をした。
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