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2万人のキャリアを支援した第一人者による「迷わないための地図」

こんにちは、NewsPicksパブリッシング編集長の井上です。今日は新刊の紹介をさせてください。エッグフォワード代表の徳谷智史さんの『キャリアづくりの教科書』という本を作りました。
終身雇用が終わったと言われはや十数年が経ちます。が、次の「答え」はいまだに示されていません。この状況は終わらせなければいけない、そう思いこの本を作りました。2万人のキャリア支援の暗黙知を詰め込み、「今後これ以上のキャリア本は出てこない」と、編集者として自信を持って断言できる内容です。そんな本書から「はじめに」を一部を抜粋してお届けします。


はじめに 「人」が持つ可能性は、こんなもんじゃない


かつて、私が「コンサルタント」としてある大手製造業A社に派遣され、企業再生を担っていたときのことだ。不況で、A社の財務状況も厳しかった。私の派遣元のコンサルティング会社からしても、待ったなしの状況だった。
事業環境を考えると、組織の再編・縮小を行わざるをえなかった。A社全体を潰さないために、おそらくそれが、唯一最善の選択肢だったと今でも思う。雇用を守るべくベストは尽くしたが、不採算事業で働いていた多数の中堅以上の社員の方々には、組織を去っていただかざるをえなかった。入社以来、一貫して真面目に一生懸命尽くしてきた(教育費のかかるお子さんやご家族もいらっしゃる)方々は再就職を迫られた。しかし、次の進路を見つけるのは容易ではない。これまで、懸命に働いてきたにもかかわらずだ。
社外からの目線では市場価値が低く見積もられてしまい、ほとんどの人は、処遇面も仕事内容も、希望に沿う進路が採れなかった。

私は悩みに悩んだ。経営状況が改善すれば、私の派遣元や金融機関は喜ぶ。しかし、「この会社の未来のために」と働き続けた社員の方々を部門ごと切り捨てることが、「コンサルティング」なのか? 私は誰のために働いているのか? この方々の未来はどうなるのか? 「本人の責任だ」ですませていいのか? 
何より、こうした出来事はこれからもあらゆる会社で繰り返されるのではないか? 本当にこのままでいいのか?
違う。この「真面目に働いたのに報われない」状況には、構造がある。
会社が社員を採用し、社員は会社の方針に沿って懸命に働く。必ずしも楽しい仕事ばかりではないだろう。しかし、生活を守るため、日々の実務をこなしていく。それらの仕事は、必ずしも社員の「市場価値」を高めるものではない、会社都合のものであることも多い。
人は組織で働き、「人生という時間」を費やし、年齢を重ねていく。待遇も徐々に上がっていくかもしれない。
しかし、かけた時間に見合うほどに市場価値が高まっているか?と聞かれると、胸を張ってイエスと言えない。「組織に染まっていく」とも言えるこのプロセスが、働く個人に幸福を約束し続けられるならばそれでもいいと私は思う。ただ、「染まっていく」なかで、知らず知らずのうちに個人の可能性が狭まっていく。入社当初に描いた自身の「やりたいこと」を表明する機会は、次第に減っていくことが多い。

そして、A社のように、外的環境が変わり、会社が個人を守れなくなったとき、人生の責任は誰も取ってくれない。そしていざ個人が市場に晒さらされ、自分の選択肢が思ったより多くはないと知ったとしても、もはや時間を遡ることはできない。こんなキャリアの「不遇」を、私はあまりにもたくさん見てきた。
もちろん、人は誰でも、いつからでも挑戦はできる。成長の可能性は常にある。しかし、自分の価値を発揮しきれず、「こんなものだ、しょうがない」と、どこかで自身の可能性に蓋ふたをする人がいかに多いことか。個人の気質だけを責めることはできない。この社会は、人の可能性をまったく活かしきれていないのだ。


明日、いきなり会社の外に出されたら?


私は、これまで2万人以上の個人のキャリア支援と、1000社近くの組織変革に向き合い続けてきた。つまり、「今の会社に残っていいのか」などの働く個人の悩みの声を聞きつつ、同時に、企業側の「人がなかなか育たない」「採用が難しい、すぐ離職してしまう」などの悩みにも耳を傾けてきた。20年近く、個人と企業の両面からキャリアについて向き合ってきた私だから伝えられることがある。そして、それが、若き日の自分の「このままでいいのか?」という問いへの答えになるはずだ。

「人が本来持つ可能性を実現し合う」は私の人生のテーマでもある。
簡単にキャリアを紹介しておきたい。幼少期から、近親者の死を通じて「人生は有限だ」と実感していた。親の離別により環境が急に変わり、周囲にうまく馴染めなかったことや、社会人になってから途上国で教育すらまったく受けられない子どもたちを見たことなどによって、「人が本来持つ可能性」に強い関心を持った。
キャリアのスタートは、戦略コンサルティング会社だった。社会に影響力のある会社が変われば、人の可能性・社会の可能性を広げられるのではないかと思ったからだ。企業再生やM&Aなどの現場で泥臭い体験も重ね、会社という組織の負の側面も数多く見てきた。
だが、戦略コンサルティングだけでは、本当の組織変革には踏み込めなかった。まして、社会はなおさら変えられない。人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る、その想いだけで、「エッグフォワード」という会社を創業した。
「会社と個人の幸福が両立するような組織構造・人材開発をどう成り立たせるか」については、誰よりも考え続けてきたと思う。
ただ、数多くの事例と現場に向き合うほどに、個人のキャリア形成の難しさが、余計に見えるようになった。

以前に比べ、個人の幸福を考える会社も増えた。だが、一方で、会社は、自社にとって価値の低い人は採用しないし、抱えることはできないという現実もある。個人1人の都合のためだけに、会社が犠牲になることはできない。
個人も悩む時代になった。入社当初の志は薄れ、成長が逓てい減げんしている。しかし、それを自覚し悩みつつも、行動に移せない。転職に踏み切っても、転職先で活躍できるケースばかりではない。そうしているうちに、人生は進んでいく。
会社の短期ゴールへの最適化は、個人の幸福に必ずしもつながらない。収益のために、個人の人生を「使い捨て」にする会社もある。真面目に、一生懸命働いてきた個人が、その「落とし穴」にはまってしまう。
本来は、会社が、関わる全員の自己実現や長期的な幸福に向き合えれば理想だ。しかし現実には、10年単位で人材をスポイルして、ある種、思考停止の状態に染め上げ、環境が厳しくなった途端に外に追いやるケースも少なくない。
個人から見れば、自分の生き方を組織にゆだねる時代、つまり、どこかの組織に入りさえすれば将来が保証される時代は明確に終わった。
とはいえ、個人はどう生きたらよいのだろうか。所属する組織の中で違和感を覚えつつも、「きっとこれが正しいのだろう」と自分に言い聞かせているうちに、気がつけば若者ではなくなっていた。そんな相談を、私はあまりにもたくさん受けてきた。
起業も、独立も、転職も、メディアには「バラ色のサクセスストーリー」ばかりが取り上げられる。しかし、あまたの人とキャリア選択の現場を見てきた経験から断言できるが、バラ色のストーリーの裏では、多くの方が、キャリアづくりに苦労を重ねている。
危機感を煽あおりたいわけではまったくない。むしろ、誰でも、バラ色のストーリーにおさまればどれほどいいかと思う。だが、実際は自分のキャリアを意識して主体的に動くことなく、成長しようとしてこなかった個人に、手を差し伸べる企業はない。
私はこの、人の可能性が活かされない、会社と個人の幸福が一致しない構造を変えたいと本気で思っている。


2万人のキャリアに向き合った「臨床医」から、あなたへ


世の中には、無数のキャリア・転職支援サービスがある。中には、素晴らしいものもある。それらを通じて自己実現を果たしたり、ふさわしいキャリアを選択できる方も多数いる。だが、あくまで「ビジネス」である以上、儲もうかることが優先されるケースもある。つまり、あなたも1人の人間として扱われることなく、「転職の商材」にされてしまう可能性があるということだ。

実際に、こんな話がある。かつて、誰もが知っている、超大手人材エージェントの社長とお話しする機会があった。
「本音では、この人材ビジネスは工場みたいなものです。いかに人に歩留まり高く(ロスなく)、ステップを歩ませて無理やりにでも転職してもらえるかのライン管理なのです。徳谷さん、その効率化をさらに進めるための支援をお願いできませんかね」
私は、当然断った。誤解がないように伝えるが、転職業界そのものを否定するつもりはまったくない。志を持って、キャリア支援に従事する方々もたくさん知っている。ただ、業界で非常に大きな影響力のある立場にいる人が、人間をまるでモノのように扱い「工場」などという言葉を平気で使うことに衝撃を受けたのだ。
私は、思う。こんな社会は健全だろうか?と。
あなた自身も、自分のこれからについて、想いを馳はせたり、悩んだことが1度や2度はあるだろう。しかし、「キャリアづくり」の方法については誰ひとり教えてくれない。私のもとへは、個人からも、企業からも、相談が増加する一方だ。
これからの時代のキャリアに、誰もに共通するゴールやものさしはない。ルートが決まった

「川下り」や、共通の山頂を目指す「山登り」ではもはやない。いわば、自らのキャリアを旅のように自律的に描き進む「キャリアジャーニー」の時代がやってくる。
「旅」の行き先、つまり自分の人生を見つめ直し、キャリアの方向性を描き、その過程を仲間とともに楽しみ、望む場所へたどりつくための武器(市場価値)を調達し、目的地に着いたら、そこで自分なりの価値を発揮する。そのうちに、また次の景色が見えてきて旅が続く。そんな時代になっていく。
私は元々キャリア支援の専門家になりたかったわけではなかった。
ただ、「人が本来持つ可能性を実現し合う世界」を実現するべく起業し、転職者と企業双方から相談を受けてきたなかで、他の誰にも見えていない立体的な「キャリアづくり」の視点を手にしたことに、あらためて気づいた。
だからこそ、すべての人が自分らしいキャリアジャーニーをデザインする時代の「キャリアづくりの教科書」をつくりたいと思い、本書を執筆した。
もちろん、私が主観をもとに書いた本書の内容だけが正解であるはずはない。そもそも、個々人の価値観、変化し続ける外部環境など、無数に変数があるなかで、キャリア選択のあり方を科学的に決めることなどできない。唯一絶対の正解などないのだ。
ただ、僭せん越えつながら、言うなれば筆者の「臨床経験」、医師に喩たとえるならば、初期症状から末期症状まで、漢方療法から根本的な外科手術まで、2万人のキャリアに向き合うなかで、共通して得られた示唆を本書では伝えていきたい。
正直、悩んだ。キャリア業界の構造を踏み込んで開示すれば敵もつくるかもしれない。ただ、より多くの方に届けば、そこからきっと社会の構造も、ひいては個人の人生もよりよいものになっていくはずだ。だからこそ、なかなか開示しづらい生々しい情報も織り込んだつもりだ。
最後に。
キャリアというものは、すべての人の人生に必ず関わり、大きな影響を与えるとても重要なテーマだ。にもかかわらず、大学でも、社会人になっても、誰からも体系立って教わる機会がない。本書が、変わりゆく時代の中で必死に働くあなたの、迷わないための「地図」となりますように。

(本書『キャリアづくりの教科書』へ続く)

徳谷 智史(とくや・さとし)
エッグフォワード株式会社 代表取締役社長。
京都大学卒業後、大手戦略コンサルティング会社入社。国内PJリーダーを経験後、アジアオフィスを立ち上げ代表に就任。その後、「いまだない価値を創り出し、人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る」べく、エッグフォワードを設立。総合商社、メガバンク、戦略コンサルなど、業界トップ企業から、先進スタートアップまで数百社の企業変革を手がける。近年は、AI等を活用したHR Tech分野の取り組み、事業開発や、スタートアップへの出資支援、個の価値を最大化する意志決定・キャリア支援サービスを運営。高校・大学などの教育機関支援にも携わる。
NewsPicksキャリア分野プロフェッサー。東洋経済オンライン連載、著書『いま、決める力』、Podcast「経営中毒~誰にも言えない社長の孤独~」メインMC等。


目次
はじめに 「人」が持つ可能性は、こんなもんじゃない
第1章  私たちはどんな時代を生きているのか
第2章  自分自身を言語化する
第3章  市場価値
第4章  キャリアを選択する(前提編)
第5章  キャリアを選択する(実践編)
第6章  何が転職後の成功と失敗を分けるのか
第7章  他者のキャリアづくりを支援する
第8章  「個人」と「組織」の理想を両立させる組織づくり
おわりに