【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第5話】
【第5話】カリスマダンジョンユーツーバー
翌日の放課後。ひとけのない教室。
僕は友人のマサキと、スマホのバトルロイヤルゲームをしながら、いつものように内容もないような話を繰り広げていた。
彼は学校で唯一の友人だった。同じように冴えない風貌をしているが、ひょうきんで要領がよく、なんだかんだで皆とうまくやってるのが僕と違う点である。生まれてこのかた彼女ができたことがないという共通点はあるものの、僕と仲良くしてくれているだけでもありがたいと僕は密かに思っていた。こんなことを言えば人のいいマサキは怒るだろうけど。
「なあ、具味山。これ見てみろよ」
早々にキャラが死んでゲームから離脱したマサキがスマホの画面を近づけてきた。
横から差し出されたそのスマホをのぞきこもうとしたら、ぴきりと首が痛んだ。
「いててて……」
「そういや、その首の湿布どうしたんだ? 寝違えでもしたか?」
「まぁ、そんな感じ。ははは」
苦笑いを浮かべて友人のスマホを覗きこむ。
「って、これは……」
すぐ僕は画面に釘付けになった。
画面にはユーツーブ、つまりネット配信されている動画が映し出されていた。
タイトルから実況動画の類だと推測できる。でも、ゲームなんかの実況じゃない。ダンジョン探索実況だ。
ダンジョンが世界ではじめて発見されてから数ヶ月、ようやくダンジョンの存在が一般にも認知されようとしていた。
その普及に貢献したのが、紛れもなくユーツーブだったわけだ。
探索実況が人気を博すまでは、ダンジョン探索者というのは、危険で地味で日の当たらない職業だったのはまだ記憶に新しい。
それが年金問題や消費増税によって拍車のかかった不景気の中で、探索者は稼げるという噂が立ち始め。副業で探索をする者や専業探索者の増加とともに、新しいダンジョンも各地で相次いで発見されるようになった。
そこに来て実況ブーム。今や探索系ユーツーバーは、子どもの将来なりたい職業第一になるまでになっていた。
「いま再生数急上昇中のパーティらしいぜ」
「日本人……だよね?」
画面には三人の男性の姿が映りこんでいた。みんなモデルみたいにスタイルが良くて、顔もかっこいい。ユニフォームなのか? みんな似たような漆黒の衣装に身を包んでいるのは、ある意味中二病ぽいけど、痛々しさを感じさせないほどサマになっていた。
「パーティはこの三人と動画撮影者の一人で構成されているらしいぜ。みんなクールに澄ましたツラしてるのが世の女子たちに受けてるのかもな。手ごわい魔物と出会っても顔色ひとつ変えないんだぜ」
実況は基本的にその撮影者の役割らしかった。滑舌の良い明るい声で、お調子者という感じがする。そこもまたうまくバランスが取れていて、よく考えられていると思った。
しかし裏を返せば、撮影者を除いた三人でも十分探索ができるということだ。特に、リーダーと思しき長髪のイケメン、ただならぬ眼光と雰囲気を持っている。
「ちなみにパーティ名は?」
「『黒の旅団』だってお」
「うぅむ、それは何とも……」
「狙ってんのかってくらい中二っぽいよな」マサキはふにゃっと笑った。「でも、人気も実力もナンバーワンと巷では囁かれている」
マサキの情報によると、彼らは新宿ダンジョンを拠点に探索活動をしているらしい。
新宿ダンジョンといえば、現在発見されている中では日本最大級とも噂されるダンジョンだ。複雑にして深淵。いまだ客観的なランクづけの指標がないにも関わらず、最難関とも位置づけられている。
その割に都心という人口の多さから挑戦する者も多く、その分犠牲者も数知れない。法整備の必要性が叫ばれる中で、彗星のごとく現れたのが黒の旅団だった。
下馬評では、新宿ダンジョン踏破も彼らが一番乗りだろうと予想されている。
「なんにせよ僕らとは違う世界に生きてる人たちだね」もはや嫉妬もわかなかった。「いかにも都会人って感じで洗練されてるよ。そらモテるんだろうさ」
「あー、いいよな。尾道にもダンジョンがあればなぁ! 俺たちも人気者なのに」
「そんな簡単じゃなこととは思うけど……」
平静を装うのが大変だった。隠し事をしているみたいで引け目を感じてしまう。
黒の旅団については後で調べることにして。
どうにか話題を逸らそうかと思っていると、マサキの方から話を変えはじめた。
「そういやさ。うらやましいだろ?」
「えっ、なにが?」僕はマサキのスマホを返しながら聞き返した。
「さっきの授業のグループディスカッションだよ。俺氏、なんとあの天道《テンドウ》と月城《ツキシロ》と同じグループになる!」
「えっ、花火さんと星蘭さんと?」
「ばっかやろう! 気安く下の名前で呼ぶんじゃねーよ。ファンクラブの奴らに殺されるぞ」
「ご、ごめん……」
「まぁ、それはいいとしてよ。ひとりだけでもラッキーというのにふたりセットだぜ? 花園とはまさにあれだったなぁ」
「はえぇ、すごい……」
「あのなぁ。なんだよその気の抜けた返事は? 女の子と縁がなさすぎて想像力もなくなっちまったのか?」
「いやぁ。それで、何か話せたの?」
「いや!」マサキは鼻を鳴らしながら、泰然自若という風に言い切った。「なにも!」
「そんな堂々と言われてもなぁ……」
「馬鹿やろう。俺がそんなやすやすと話しかけていい相手じゃないだろ!」
「そんなこと言って、うまく話せなかっただけでしょ?」
「まあ、それもあるが……」
ふと、ほったらかしにしていた僕のキャラが対戦で負けていた。
アプリを閉じ、時計を見ると、約束の時間が過ぎていることに気づく。
「じゃあ、これで僕はちょっと……」
「おいおい、待てよ。話は終わってないってば」
マサキに服を引かれ、強引にまた着席させられた。
「まだあるの? だって結局、何も話せなかったんでしょ?」
「それはそうだけど。違うんだよ。俺のグループに藤崎もいてな」
藤崎の名を聞いた瞬間、僕の身体は反射的に強張っていた。
あの地獄のような暑さの中、僕をマットに包んだ主犯格だ。数人の仲間を従えて、ひたすらイキリ倒してる奴。
もちろんマサキはその辺の事情だって良く知っている。僕が仕返しもできない弱っちい奴だと言うことも。
マサキはいつも心配してくれるけど、僕の方から何もしなくていいと言っているのだ。せっかくマサキはバランスを取って上手くやっているのに、余計なことをさせて彼まで目を付けられるのだけは避けたかったからだ。
「そんでその藤崎がな、必死になって気に入られようとしてたんだよ」
「例のふたりに?」
「そうそう。それで頑張って笑いを取ろうとして、結果めちゃめちゃ滑りまくってんの。痛々しくてかわいそうになるくらいな」
「そうなんだ……」僕は床を見つめた。
「だからさ。あいつは所詮その程度の奴なんだよ。呼び出されたからって別に行く必要ないって」
「あ……今日はそういうことじゃなくて……」
どうやら勘違いさせちゃったみたいだ。
さっきから僕がそわそわしているは藤崎に呼ばれたからではなかった。
でも、こんなマサキの優しい気遣いは素直に胸に響く。だからこそなんて説明すればいいのかわからなかった。
「あのっ、違うんだよマサキ」
「まぁ、ここにいろって。どうせ他に用事もないし、勉強なんかしないだろ。もし藤崎が来たら俺が良いように説得してやるから」
「いや、あの、そういうことではなくて……」
「そんな気を使うなって。俺とお前の仲じゃないか」
マサキがオーバーに両手を広げた時だった。
強い西日が遮られ、座っていた僕たちの顔に影がかかる。
「楽しく話しているところごめんなさいね」
いつの間に近づいて来ていたのだろう。
花火さんと星蘭さんが机の横にいた。
三人でいる時と全然違う。上品でおしとやかな声、お嬢様のような喋り方、柔和な笑顔。
これぞまさに学園のアイドル。みんなの夢を壊すまいとするその姿勢。
いや、詐欺だろ……。
「あ…………」
振り返りふたりを見上げたマサキが完全に凍り付いていた。圧倒的美人のオーラにやられてしまったという感じだ。
「お願いなんだけど、今から具味山くんを借りてもいいかしら」
「……具味山を? はっ、はい、どうぞご自由に」
マサキは首降り人形みたいにカクカクと頷きを繰り返していた。目が完全に点になっている。
僕は何かちゃんとした説明をしなければと思ったが、その猶予も与えられなかった。
両側から強引に腕を掴まれ、椅子から引き剥がされる。それから捕獲されたエイリアンみたいに、教室の外へと連行された。
「マサキ、ごめん! また明日!」
「お、おう……よくわかんないけど事故には気をつけるんだよ……」
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