短歌連作「複眼」

初出:『早稲田短歌』48号(早稲田短歌会, 2019)
※初出時より大幅に改稿

空気より水 水よりも土 坂のぼる 砕氷船にひとたび触れつ

いさかひののち少年の首元のボタンは千切れ、直してやりぬ

歩くたび靴底の削らるるためいまだに肉のやはらかき修羅

精神はマッチョ、体もさうならむクラスメイトとペアで踊りき

触れ得ざる高さより空 クロアゲハ、猛禽、プロペラ機は空をゆく

未成年飲酒をやめて中学のクラスメイトは子を産みたり、と

夢に月へいづくんぞゆく あけがたの骨は地上にうごかし難し

隻腕のショベルは石を砕きゆきショベル使ひのツナギは緑

郊外は無限の彼方まで続き火星に水が涸れて久しも

予報図の上に天気は崩れゆく遠ければ静かなるクラクション

構内ですれ違ふとき細くなる人と人とは消えずに歩き

網の目の線路 散らばりゆく線路 膨らみてゆく睡眠負債

試験日の玄関暗し しろたへの宇宙飛行士ほどに着膨れ

弓を引くごとくにひらく長傘を長雨の中へ運びゆくなり

地下鉄に髪をなびかせ人間の満ち引きは生むまぼろしの海

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