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こっち側の景色。

五月の連休を前に、両親へのお土産を買いに出かけた。
今回の帰省は、二泊三日の予定。顔を見せに行くのはお正月以来だ。

甘いものを食べない父親用に、お煎餅やおかきを何種類か選ぶ。醤油げんこつ、揚げ塩、あとは胡麻や海老もおいしそう。海苔チーズ、マヨ七味なんてのも気になる。思案しながら選んでいると、急に声をかけられた。
「これってすごくカタいかしら?」
顔を上げると、年配のご婦人がこちらに袋を向けている。お煎餅の固さを知りたいようだ。
商品棚の値札にある表示を差して、「5段階中4って書いてありますね」と答えると、「じゃあけっこう固いのね・・・」と決めかねているご様子。並んでいる別のお煎餅が「3」であることを伝えると、そちらを手に取り、「こっちにするわ。ありがとう」とにっこり笑ってくださった。

あんこ好きの母には、どら焼きを。使ってみたいと言っていたのを思いだし、シートマスクも追加。
あとは恒例の無印良品のレトルトカレーとパスタソース、ついでに半袖Tシャツを夫婦色違いで買ってみた。最後にいつもの酒屋さんに寄って、日本酒を調達。これで帰省の準備は完了。

両手いっぱいになった荷物は重たかったが、喜ぶ顔を思い浮かべると、その重さにも意味があるように感じた。
「何もいらないから気をつけて帰って来て」と言われるのはわかっているが、ひさしぶりに会う親への気持ちをこうやって形にしていく時間も、私にとっては必要なことのような気がする。

帰り道、信号待ちをしていたら、高齢のご夫婦の奥様に話しかけられた。
「スカート、素敵な色ね」

この日、私は、レモンイエローのスカートを履いていた。ツヤ感のある生地に白やオレンジ、水色などのラインが不規則に入ったデザインが好きでだいぶ前に購入したものの、自分の薄い顔にはちょっと派手な気がして、普段使いはしていない服だった。

ひさしぶりに身に着けたお気に入りを思わぬタイミングで褒められたことに私は驚き、反応するのが少し遅れてしまった。
「あ、ありがとうございます」と慌てて返した時にはもう、奥様は隣のご主人のほうに顔を向けて、「若い人はなんでも似合っていいわね」と話しかけていた。そのまま、おふたりで信号を渡って行かれた。

褒めるために誰かに言葉をかけられる人って、素敵だなと思った。質問や指摘、注意といった力の入った用件ではなく、こちらのリアクションを求めるでもなく、思ったことをさらりと伝えるだけのその自然な振る舞いが、とても美しく見えた。きっと心豊かなかたなのだろう。

それにしても今日は、知らない人からいろいろと話しかけられる日だったな。そういえばこの前も、エレベーターで乗り合わせた年上の男性に、雨が降るかどうか聞かれたっけ。

若い頃は、他人に声をかけられるなんて滅多になかった。話しかけるな的なオーラでも出ていたのか、ただ単に物を知らない顔をしていたのか。不意に話しかけられても戸惑いのほうが強くて、うまく返せないことも多かった気がする。

時を経て四十代となり、ここ最近よく話しかけられるようになったのは、若さという鎧が取れて、ほどよく隙のようなものができてきたからかもしれない。話しかけても大丈夫そうと思ってもらえているなら、悪い気はしないし。
それなりに積んできた人生経験のおかげか、急に話しかけられても相手にあわせてそつなく応じることができるようになった。なんなら少し話を広げて、その場だけの会話を楽しもうとする余裕さえある時だってある。

うちの両親も、わからないことを尋ねて教えてもらったり、思ったことをつい口にしちゃって優しく接してもらったり、しているのかもしれない。私の知らないところでいろいろな人にお世話になっていると思うと、ありがたい気持ちになる。顔も知らないみなさん、いつもありがとう。

そして、私もいよいよ、“話しかけられるほう”の世代に入ったんだなと思うと、ちょっと大人になったような気がしてくる。こっち側の景色も、なかなかいいものだ。不意に訪れる、人生の先輩たちとの一瞬のふれあいを楽しめるような、そんな人間になれたらいいな。春の風が心地よかった。

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