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医療の現場にコンパッションを広げてゆきたい - 『Humanizing Health Care』著者メラニー・シアーズさんの想い

医療の現場にコンパッションを広げてゆきたい



全人的医療を支える共感的コミュニケーション・NVC』。この原著である "Humanizing Health Care - Creating Cultures of Compassion"の著者、メラニー・シアーズさん(RN、MBA、PhD)。アメリカの看護師として長年に渡り数々の医療現場で働いてきた彼女と、翻訳チームの横山彰三(宮崎大学医学部大学院教授)・今井麻希子(CNVC認定トレーナー)とで、対話の時間を持ちました。まずは無事に翻訳出版できたことのお礼をお伝えするために。そして、この本に寄せてメラニーの想いを改めて伺うために。

彼女はこの本の序文に、こんな言葉を寄せています。

この本を書いたのは、私が働いてきたあらゆる医療施設において、患者さんとスタッフの両方がひどい苦しみを抱えているのを目の当たりにしてきたからです。私が自身の癒しの旅路で非暴力コミュニケーション(NVC)と出会った時、その苦しみに終止符を打つための大きな可能性を秘めたツールを見つけたと確信しました。私たちの癒しの拠り所であるはずの病院組織それ自体を癒す可能性に、私は医療従事者として感動を覚え続けています。

『全人的医療を支える共感的コミュニケーション・NVC』序文より

数年前に看護師の仕事からリタイヤし、現在は米国カリフォルニア州に暮らしている彼女は、現在はホスピスでボランティアをしたり、医療の現場やさまざまなコミュニティーに招かれてNVCを伝えているそうです。「知り合いや友だちと話していると、ついNVCの話になるの。とても役立つことだし、NVCを題材にしていろいろな話ができるし、みんなもそれを楽しんでくれから」ね、わかるでしょ?と微笑む笑顔がとても印象的でした。

精神病棟での驚くべき変化 − もっとも不人気だった職場が、もっとも人気の高いに職場に

NVCを医療機関にもたらすことでどんな変化が訪れるか。そのことを如実に示すデータがあります。本の中でも紹介されている、メンドータ精神保健研究所の司法病棟のケースです。

暴言ばかりではなく、時に肉体的暴力も振るうほどの状況にある患者さんの集うこの病棟では、隔離・拘束が必要となるケースも多く、時にスタッフが負傷することもあるということで、スタッフにとってもとても気の重くなる職場でした。身の危険を感じながら高いストレスのもと働かなくてはならないことは、ただでさえ忙しく精神的な負荷も高い看護師にとって非常に過酷な状況であることは想像に難くありません。そこに、メラニーからNVCを学んだこの病院に勤める看護師がNVCを伝える機会をつくったのです。

学びはスタッフのみならず、患者さんにも共有されました。何か"問題行動"が起こった場合に、罰すること代わり、その行動の背後にある感情や大切にしたいもの・願い(ニーズ)に耳を傾けて寄り添う(NVCはこれを「共感(Empathy)」と表現します)。そういった関わりに慣れていない人たちが気軽に試してみられるように、NVCについて伝えるポスターを壁にはったり、感情やニーズの言葉がかかれたカードを使うなどして、対話を重ねてきたのです。話を聞きながら、患者さんの願いを深く受けとめてゆく。患者さん自らもニーズの言葉に慣れ親しんでいく・・・。そういった実践の積み重ねによって状況は大きく改善し、隔離や拘束は大幅に減少し、スタッフの負傷はゼロになりました。その後、この職場は「もっとも人気の高い現場」とも言われるようになったそうです。

『全人的医療を支える共感的コミュニケーション・NVC』より


日々とても忙しく時間をとることが難しい医療現場で働くひとたち。そういった組織にNVCを導入するにあたっては、まずは少人数のグループからスタートし、徐々に拡大していくケースが多いそうです。テキサス州のある病棟ではER(緊急救命室)のスタッフからスタート。別の組織では、少人数のスタッフ・グループを設定してもらい、そのメンバーに自分の属する医療現場で起きている課題について話をしてもらい、そこで話されたことをニーズ(大事なこと・願い)を軸に整理するところから、現場に根づいた学びの場づくりをしているとのことでした。

医療の現場そのものが「癒し」の場であるために

「忙しい人たちにどのように学ぶことへの動機をもってもらうの?」と尋ねると、メラニーはこういいます。「確かに忙しいけれど、これを学ぶことがどんなにか力になるかを知ったら、自分たちの人生を救うためにも、そして真にいのちを救う病院であるためにも、手にしておきたい学びだと気づく。そういう人が、組織を動かし、現場を変えていくの」。医療機関の経営者や部門長など、影響力を持った人たちからの「これは是非」という相談も多いそうです。

「メンドータの事例は、とても説得力のあるものとして捉えられているの。エビデンスがすべてではないけれど、エビデンスを大事にする現場だからこそ、現場での実践結果もあることが、意思決定のサポートになる」。この言葉を受けて、彼女が自らの体験を本にしたその貢献はとても大きいと実感しました。

コンパッションの花束を


実は翻訳者である私たちがメラニーに最初に連絡をしたのは5年近く前のこと。それから長い月日を経て、NVC大学出版事業部のたちあがりを受けて、ようやく世に送り出すことができました。

現在、彼女の本はドイツ語と韓国語に翻訳されているそうですが、メラニーは日本版の表紙をとても気に入ったといいます。「翻訳の過程で、医療従事者数名からフィードバックを受ける中、医療機関の殺伐とした現場に是非ともこのコンパッションの質を届けたいという声があったんです。そこから花束のイメージを選ぶことにしました」とご報告すると、深く頷き「それはどの国も同じね」「だからこそNVCが伝わっていくきっかけができることがうれしい」と言っていました。

「この本と、それからマーシャル・ローゼンバーグ博士の『NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法』は、NVCの具体的なスキルが全般的に紹介されているので、お勧めしています」というメラニー。「でも本は読んだだけではわからない。実践をつむこととセットになって、本当に力になっていくから」。数々の現場を渡り歩いた彼女のパワー。その想いを、日本の医療の現場にも引き継いでいけたらと願っています。

NVC大学ナビゲーター / CNVC認定トレーナー: 今井麻希子


メラニーさんは画面越しにこの表紙をみて「チェリーブロッサム(桜)みたいね」とにっこり


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