第4回『サテンの夏』

3.


 こんな話をしたら怨みを買うかもしれません。でもきわめて重要なことなのです。そう、あなたに言ったことはなかったけれど、横浜に引っこしてくる前のことです。その頃住んでいた町で、わたしはひとりの同級生を愛していました。そしてその同級生もまた、わたしのことを愛していると言いました。両想いだった。もちろん中学生の恋愛なんてものは、もう、ただのおままごとみたいなものですから、大抵は、夕暮れの木陰でぎこちなく抱き合ったり、くちづけをかわしたりするだけのものでした。もちろんその頃のわたしは、男女の営みのことなどよく知らない少女でしたけれど、彼が求めさえすれば、そのまま自分のからだを投げ出してもいいとさえ思っていました。それほどまでにわたしは彼をはげしく愛していました。自分のこころと、自分のからだを、すべて彼に捧げ切るつもりで、いえ、現に捧げているつもりで日々を生きていたのです。
 それからあっという間に時は流れていき、わたしたちはついに卒業式を迎えました。なんの滞りもなく式は進んでいき、ひとしきりクラスメイトと別れの挨拶をかわしたあと、わたしは彼と一緒に学校を抜け出しました。
 わたしは彼と並んで海岸通りを歩いていました。学校の近くには式を終えた同級生がたくさんいて、わたしたちを口ぐちにからかいましたが、そのまま海辺をずうっと歩いていくと、次第にひともまばらになって、そしてついにわたしたちだけになりました。時折車が通りかかるだけ。耳をすませば海がきこえる。わたしたちはしゃべったり、黙って波の音を聴いたりしながら、ゆっくりと歩いていました。一緒に帰る日は、いつもこういう風にしていたのです。それも今日で最後かと思うと、何だか名残惜しいような気持ちになりました。卒業後、彼とは別々の高校に通うことになっていたのです。
 その日の彼は、いつもと違う表情をしていました。なにかを言いたいけどなかなかそれを言い出せないというような、なんともむず痒そうな顔をしていたのです。わたしは、何かあったの?と彼に聞きました。すると彼は緊張したように、自分の家へ来てほしいのだと言いました。わたしはどきりとしました。胸がきりりと一瞬だけ痛みました。もちろん嫌ではありませんでした。むしろ、うれしいとすら思いました。しかし彼が不安を抱えていたのと同じように、わたしもまた、一抹のそれから逃れることができなかった。ああいう特殊な不安は、最初で最後だっただろうと思います。
 それからことは詳しく書きません。誰もいない彼の家で、すこしばかり男くさい彼の部屋で、わたしたちはひとつに結ばれました。破瓜の痛みはあなたにはわからないかもしれません。とくに幸福な気持ちにはなりませんでした。ただただ痛みに耐えつづけて、彼が果てて、そして、ああ、これでわたしは処女を失ったんだと、すこしばかりの感慨があるだけでした。
 その翌日、彼は泥に呑まれて死にました。ちょうど彼が、十五歳の誕生日を迎えたばかりのことでした。



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