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目つきのするどい勝又くんと、わたし5。

勝又くんに会いたい…

勝又くんに会えなくなれば、会えなくなるほど、会いたくて仕方なかった。
あんなに傷つけてしまったのに、会えばまた屈託ない笑顔でいつものように笑ってくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまう。凄くじぶん勝手な考え方だと思ったけれど、そのくらい勝又くんに会って話したかった。

だけど勝又くんは、中間テストを機にパタリと学校に来なくなってしまった。

今まで学校に来てくれたら、たとえ話すことは出来なくてもすれ違うことは出来たのに、それすらも難しくなってしまった。
「どうしてるのかなぁ…」
彼のいなくなった机を眺めながら、過ごす日々が増えた。

会えなくなって2週間が経ったころ、
わたしは宮下先生に頼まれて夏休みまえ最後のプリントを届けに、勝又くんの住む集合団地の近くにいた。

団地に向かう合間にじぶんの中で、勝又くんに
会える嬉しさと気まずさが交互に襲ってきた。それと同時にもしかしたら、もう勝又くんは会ってくれないかもしれないとも思った。

久しぶりに急勾配の坂を登ると息があがる。休憩がてらに後ろを振り返ると市内の風景が一望できた。車やひとが模型のように小さく見える。吹き付ける風が心地よかった。
ちょうど前に来たのは今から2ヶ月ほど前のこと…その頃はこんなに勝又くんを好きになるなんて思わなかった。

「はやくプリントを渡さなきゃ」
そわそわする気持ちを胸に、まえと同じように公営団地の公園を抜けようとしたそのとき、ベンチに顔見知りの人を見つけた。
勝又くんのお母さんや…!

勝又くんのお母さんは寝巻きにカーディガンを羽織って、公園のベンチに座っていた。
一瞬どうしてここに?そう思ったけれど声を掛けずにはいられなかった。

「こんにちは、あの…どうされたんですか?」

「あら…?どちら様ですか?」勝又くんのお母さんはわたしのことを本当に忘れてしまったようだった。

「わたし勝又一真くんの同級生の、笹原まゆみと申します。覚えてらっしゃいますか?」
念のため伺うと、お母さんは少し頭を抱えたまま「ごめんなさいね…あなたのこと覚えてないのよ。」と言った。

これが先生の言っていた若年性認知症かと思った。家族の名前や顔、時間や場所がどんどん記憶のなかから抜けてしまう…それがお母さんの病気やと思った。

「覚えてなくても大丈夫ですよ。あの良かったら隣座ってもいいですか?」と言って、
お母さんが頷いてくれたので横に座らせてもらった。

お母さんの事情を聞くために、話したいと思ったけれど勝又くんは、以前お母さんはあまり話すことが出来ないと言っていた。だからどうしようか少し迷っていると…

「あのねぇ、もう少ししたらお父ちゃんが迎えに来てくれるの…」とお母さんは嬉しそうに話し始めた。

「お父さん…ですか?」

「そうよ、お父ちゃんフィリピンから出稼ぎに来たって言うてたねぇ…」
その言葉を聞いてもしかしたら、その人は勝又くんのお父さんのことかと思った。

「こないだ会社の上司に連れられてお父ちゃんは、お店に来てくれたのよ。まだ20歳そこそこの若いひとやけど、やる気に満ち溢れててキラキラ輝く目がとても素敵やった…!また迎えに来るって言うてたから、もうちょっとしたら来てくれると思うわ…」とニコニコして話してくれた。

お母さんはまるで10代の少女のような表情を浮かべて、話をしていた。その様子からもしかしたらお母さんは10年以上前の記憶に戻ってはるかもしれへんと思った。

そのとき「…ちゃんっ、母ちゃんっ!!」
遠くから大きな声が聞こえ、振り向くと汗だくになった勝又くんが走ってきた。
お母さんを探していたのか、見つけるなり
「母ちゃん、あかんやんか。1人で外出てしもうて車に轢かれたら危ないで!」と叫んだ。

そして勝又くんは肩で息をしながら、お母さんの手をギュッと掴んで「帰るで!!」と言った。

「痛い…いたい!やめて、離してっ」
お母さんは勝又くんの、その手を離そうともがいていた。
このままやったら、きっとお母さんがパニックになる。
咄嗟に判断したわたしは
「お母さん、お父さんあっちで待ってはる言うてましたよ。行きましょうか?」と声掛けをしお母さんに手を差し出した。

「笹原…なんでここおるん?!」
勝又くんは、びっくりしていたけど
「ごめん、あとで事情は説明するし家まで案内させて」とお願いをした。

「お父ちゃんに会えるんやね。ほないこう…」
お母さんは、わたしの手を握り勝又くんの団地のほうへと歩いて行った。


「すまんかったな…」
家に帰るなり、さっきまでの事を忘れたかのように大人しくなり、お母さんは眠ってしまった。

勝又くんは「ちょっと時間ある?」と言って
座布団と麦茶を出してくれた。

すまんかったなと言われたわたしは、
「こっちこそ…こないだはごめん。」と麦茶を手にしながら答えた。

少しだけ気まずい空気が流れたけれど、
「うちの母ちゃん、笹原に迷惑かけてへんかったか?」と聞いてきたので

「大丈夫やで。じつはな、うちのお母さん介護士やねん。それで勝又くんのお母さんみたいに、帰りたいかえりたいって言うひとの相手をしょっちゅうしてはんねん。」と言った。

「せやったんや…俺があんだけ心配しても、分かってくれへんかったのに笹原がちょっと手を差し出しただけで母ちゃん直ぐについてったもんな」と言った。

「お母さん言ってたんやけど、「これしたらあかん」とか「〜するよ!」て言葉が苦手みたいやねん。その人はjourneyしてるってお母さんはよく言うてるんやけど、時間旅行に出掛けてるんやって」

「時間旅行って?」
勝又くんが真剣な眼差しで聞いてきたので、
わたしは
「その人は本当の年齢とは違う時間軸で生きていてたとえば…それが小学生やったり、中学生やったりするみたいなんやけど、タイムマシンに乗って時間旅行してはるみたいやって言ってた」

「それって意識はここにはないってことなん…かな?」

「お母さんの話やとそうみたい。
その人のありのままの姿で臨む自分に戻っていきてはるらしい。たぶん…やけど勝又くんのお母さん、お父さんと出逢ったころの記憶に戻ってはるんちゃうかなぁ。まだ若いころのお母さんに…やから、その時の記憶に合わせてお話ししてあげたらきっと落ち着かはると思ってん」

「そうなんや…俺は現実に連れ戻さな、連れ戻さな思ってたけど逆効果やったんやな。ほんま悪かったな。最近母ちゃんの感情の波が激しくて、いつもなら俺がご飯作ってるときもじっとしてくれてんのに…今日はちょっとした隙に鍵を回して出て行ってしもたんよ。」と言った。

「陽も暮れ始めてるし…お母さんも帰りたい…思わはったんかもしれんな」

「うん…ほんま助かった。
俺てっきり笹原に嫌われてるって思ってたから、またこうして俺に話しかけてくれたんは…ほんま嬉しいわ」と頭をポンポンと撫でてくれた。

途端に忘れかけていた心臓の鼓動が急にバクバクと波打ちはじめる。
このまま、照れて話せなくなったらあかんと思った。

わたしは両手をギュッと固く握り…

「か、勝又くん…」

「なんや?」そうやって優しく笑う勝又くんに「あんな…うち、勝又くんに伝えたいことがあんねん」と言った。






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