金欠

いくら厚着をしていようとも、凍てつくような寒さが体を刺した。冷たい風が吹く度に体がブルっと震えるのを感じた。
そういえば今朝のニュースで、季節外れの寒さに気をつけて、と言っていたことを思い出したが、時すでに遅し。
家を出た時はまだそれほどでもなかったし、何より気づかないフリもしていたのだが、さすがに外にいれば嫌でも気づくものだ。
この極寒の中、公園で人を待つというのはなかなかに辛いものだ。もう少し、近くのゲームセンターにいればよかったかと後悔し始めた頃、やっと待ち人が来た。
「ごめん、遅くなった。」
「おお。」
「電車が遅延しちゃってて、こんな寒い中で待たせてすまん。」
「いやいいよ。」
「あのこれ。」
そう言うと敦は光一に暖かい缶コーヒーを差し出した。
「え、どうしたの。」
「いや、さすがに待たせちゃったから。」
「いやいいって。だってそもそも、金欠なんだろ。」
「まあ、それはそうなんだけど……」
敦は渋い表情を浮かべた。
「これくらいならギリギリ行けるから、受け取ってくれよ。」
「わかったよ、ありがとう。」
芸人のネタ合わせと言うと夜の公園だったりを想像する人もいるかもしれない。もちろんそういった芸人もいようが、二人に限ってはそうではなかった。
普段ならばカラオケ屋かカフェでネタ合わせをするのが常で、売れない芸人の身ではあるが、やはり環境が整っているかどうかは大きいもので、夏は涼しく冬は暖かい環境でネタ合わせをすべく、そういった場所で採用していた。
しかしここ最近ライブ出演を増やしていた二人は、財布の中が軽くなるのを感じていた。
というのも、お笑い芸人と言えばライブに出てお金を貰うイメージだろうが、基本的に売れない芸人が自主的に出演するライブは、エントリー料と称して幾許かのお金を納めなければならなかった。そのため芸人の本業である舞台に立てば立つほど赤字になるというおかしな現象が起きていた。
「ごめんな、こんな寒いのに外でネタ合わせになっちゃって。」
「いやそれは仕方ないよ。ここ最近ライブの本数も増やしてたし、それこそ交通費も馬鹿にならないからな。」
「そうなんだよ!ライブのエントリー料は想定の範囲内だけど、交通費は……結構刺さるもんがあるよ。」
「定期がある訳でもないしな。」
「うん。毎回同じ場所ってわけでもないし、何より定期とかって学生じゃないとそんなに特段安いわけじゃないのな。」
「何、調べたの?」
「うん。バイト先まで定期にしようかと思って調べたんだけど、意外と変わらなくて。いやなんなら、そっちのバイトだけじゃないから意外とこっちのバイトに入る日数考えたら元取れなくね?、って。」
「あ、そんなもんなんだ。」
「うん。ありゃあ本当、ちゃんと週5日働いてる社会人のためのアイテムだな。」
「5日で済めばいいけど。」
「言うねえ。こんな仕事してるくせに。」
二人はそんな会話をしながら笑いあった。と、そこに強い風が吹き、二人して震える。
「さすがに、寒いな。」
「ああ。」
「あ、一応ネタ書いてきたんだ。」
そういって敦は震える手でポケットからスマホを取りだし、光一に送った。
「ありがとう。」
光一も震える手でスマホを手に取る。
「ダメだ、手が震えて全然指紋認証が上手くいかないわ。」
「暑けりゃ暑いで汗かいて反応悪いし、結構微妙だよな。」
なんとかスマホのロックをこじ開け、ネタを読み始める光一。その横で敦は震える手を缶コーヒーで温めながら待った。
数分間無言の時間が流れる。なんとも言えない時間だ。
「うん、いいと思う。」
「おお、よかった。今回は割と自信あったんだよ。」
「いい、けど……」
「けど?」
「いやもちろんもっとこのネタを叩きたいんだけど、寒すぎて何も浮かばない。」
「それは、否めないな。」
二人はまたブルっと震えながら缶コーヒーを飲んだ。
「とりあえずもう少しだけやって、今日はとっとと帰らないか?」
「そうしよう。」
敦も同意した。
「次からは、交通費まで考えてお金使うよ。」
「うん、頼むわ。」
光一は少し笑いながら言った。
「さあ、やるか。」
二人はベンチから立ち、ネタを読み合わせるのだった。

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