寸止め

「はあ、疲れたあ。」
 いつも通り、公民館での練習を終えた真壁はそう呟いた。
「ああ、確かに。真壁さん、最近お休みされてましたもんね。」
 清志も着替えながらそう答えた。
「そうなんだよ。え、下手したら一カ月ぶりくらい?」
「え、そんなになります?」
「うん。年初めの練習は来たけど、そっから休んでたもん。」
「あ、そうなんですね。なんかあったんですか。」
「いや俺な、今年成人式なんだよ。」
「あ、おめでとうございます。」
「ああ、ありがとう。なんか自分より若い子に祝われると変な気分だな。」
 真壁はニヤッとしながら答えた。
「まあだから、実家に帰ってたのよ。」
「あ、そうだったんですね。真壁さんってこのあたりの出身じゃないんですね。」
「そうそう。大学でこっちに来たのよ。」
「ああ、そうだったんですね。え、出身はどちらなんですか。」
「東京。」
「え、都会じゃ無いすか。」
「まあまあ。」
 真壁は満更でもなさそうだった。
「じゃあ成人式は東京で?」
「そうよ。」
「すげえ……ええ、なんでこっちに来たんですか。」
 清志は羨望のまなざしで見つめた。
「うーん、まあ一人暮らしもしてみたかったし、それでちょうど今の大学がレベル的によかったんだよ。」
「あ、そうだったんですね!」
「そうそう。」
「それで、そのあとは?」
「ああ、成人式終わるともうテスト期間も近くて、それこそレポートとかも多くてなかなか来れなかったんだよ。」
「ああ、大学ってそれくらいの時期にテストがあるんですね。」
「そうよ、しんどい。」
 真壁は渋い顔を浮かべた。
「大変そうですね。」
「でも、これで春休みだからな。」
 さっきとは打って変わって満面の笑みを浮かべる真壁。
「ああ、いいですね!」
「これでドラムも叩き放題よ。」
「ああ、確かに。そういえば真壁さんって、昔から音楽をやられてたんですか?」
「いや、全然。子供の頃はそれこそ、空手一筋やったよ。」
「え、空手ですか。」
「そうよ。」
 真壁はどこか誇らしげな表情を浮かべた。
「ええ、すげえ。じゃあ、強いんですか。」
「何だその質問。」
 笑いながら返事する真壁。
「いやあ、だって空手って強そうじゃないですか。」
「まあわからんでもないけど。でも俺は極真じゃないから。」
「ああ、なんか聞いたことありますね。極真って何ですか。」
「極真はフルコンタクトって言い方もして、要はいわゆる戦うイメージよ。」
「はい。え、それ以外にもあるんですか。」
「おお。俺が習ってたのは、伝統派。」
「伝統派、なんかカッコいいですね。」
「ありがとう。まあこれは、寸止めだな。」
「え、当てないんですか。」
「当てない当てない。型とかって言葉、聞いたことない。」
「ああ、聞いたことあります。」
「それそれ、そういうの。」
「へえ。」
「まあ他にもいろいろあるんだけど、大体そんな感じ。」
「すげえ。もう空手はやられてないんですか。」
「やってないなあ。だから、随分体力も落ちたよ。」
「そうなんですね。」
「なんか、久しぶりに再開しようかな。」
「え、本当ですか。」
「おお。だから、ありがとう。」
「あ、いえいえ。」
「よし、頑張るぞ。」
「おお、僕も、なんか頑張ります。」
「おお。」
 真壁はいつも通り、ニヤッと笑った。

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