湯冷め
お役所仕事にももちろん繁忙期はある。
人が移動することが多くなると、その分、役所での手続きも増える。その結果として、忙しくなるのだ。
残業すれば、その分は給料として反映されるため、いわゆるブラック企業よりはいいかもしれないが、それでも大変なことには変わりない。
そんな残業続きからか、石嶺は最近あまりジムに通えてなかった。
それなりに仕事は忙しいが、行く時間がないわけではない。しかし、忙しさからか行く気力が生まれないのだ。
仕事を終えてなんとか帰ったかと思えば、ついつい仕事のストレスで、暴飲暴食とまでは言わないが、お酒やおつまみに手をつけてしまう日々。
一応それでも毎朝お弁当こそ作ってはいたが、最近は少しずつ乱れていた。
何とかこの状況を打破したい、しかし大きな行動に移す自信はない。
石嶺は疲れであまり動かない頭をフル回転させ、そして結論にたどり着いた。
「銭湯に行こう。」
近年、「整う」なる言葉が日常会話に登場するほどの空前のサウナブーム。
石嶺もサウナや「整う」ということには興味はあったが、いまいちそのブームには乗り切れずにいた。
興味を持った石嶺はお昼の休憩時間を迎えるとスマホで色々調べ始めた。
サウナと言っても、温泉地に行ったときなどに入った程度の石嶺にとっては、ありとあらゆる情報が新鮮だった。
「『整う』とは、マラソンでいうランナーズハイのようなもの。え、そうなのか。」
そしてさらに読み進める。
「サウナと水風呂という全く違う環境を三往復くらいすることで、サウナに入った際には、副交感神経が優位になり、逆に水風呂に入った際には、交感神経が優位となり、そして最後に外気欲にあたることで改めて副交感神経が優位になる……うーん、ん?」
聞きなれない言葉のオンパレードで少しパニックになる。
「そうすることで自律神経がいい働きをするようになる……自律神経ってここに繋がってくるのか。」
なんだか少しだけわかったような気がしたが、次に疑問が生まれる。
「湯冷めはしないのか?」
便利な時代だ。スマホ一台で次の疑問も解消できるのだ。
「うーん、湯冷めしないコツ……ちょっと違うんだよな。」
さらに調べ進めるときになる記事が見つかる。
「サウナで湯冷めしないために水風呂に入ろう、え、むしろ?」
それはとても興味深い内容だった。
なんでも、水風呂に入ることで体の表面の血管が収縮され、体温が保たれるようになるため、むしろ湯冷めをしなくなるらしい。
「これは、やってみるか。」
石嶺は続けて近くの銭湯を調べ、見つけたのだった。
「ああ、ここ子供の頃に行ったことあるかも。時間的にも、間に合うな。」
今日の仕事終わりに銭湯に行く妄想に思いを馳せながら、仕事場に戻るのだった。