ピアス

貧乏暇なし、とは昔の人はよく言ったものである。
貧乏人こそ、生活に追われていて時間に余裕がない。貧乏人は食べていくだけで精一杯だ、という意味らしい。

と、さらに掘り下げて本題に進もうとも思ったのだが、自分で発言しておきながら一つだけ気になることがある。
昔の人はよく言ったものである、という言葉である。

なんだかこの言い方を聞くと、勝手に、昔の人を見下しているように感じるのだ。
確かに、昔の時代は今ほど科学やら技術やらが発展していたわけではないし、まだまだ未知の世界も多かったと思う。
しかしだからといって、人の生き方や人生の真髄まで知らなかったという訳ではあるまい。いやむしろ、何も無かった時代だからこそ、人と人との付き合い方が密接で、見えてきたものがあるかもしれない。その可能性は大きくあろう。
しかし、逆に考えてみて欲しい。今の時代の言葉も少し時が経てば、過去のもの。未来を迎えれば、今の時代に未知なことも明らかになっていて、こんなことも知らなかったのか、と笑いものにされているかもしれない。
そんな未来人から、昔の人はよく言ったものだ、と笑われた時、どう思うだろうか。なんだかバカにされたような、そんな気はしないだろうか。
しかし言葉というのは相手に伝わってなんぼのもの。相手が理解できない言い回しをしてしまうくらいなら、分かる言葉で伝えるのも大事なのかもしれない。

なんだか変な理論を展開させすぎて話がズレ始めた上に、おかしな負のスパイラルに入り始めたから話を戻そう。

貧乏暇なし、この言葉を日々身をもって痛感している。
売れない芸人というだけで、時間が無限にあっていいなと思う人がいるかもしれない。
この言葉は半分は真理かもしれないが、半分は真理ではないと思う。
もちろん、もう借金することも厭わず、バイトはせずに芸に生きていく者もいよう。そういう者からすればバイトをしなければいけない時間がない分、その時間に色々と考えたり、明日のことも考えずに飲み明かすことも出来るかもしれない。
しかしそれほど肝の座った性格ではない自分は生きていくためにもバイトをみっちりとするしかなく、結果として、ライブのない日はほぼほぼバイト漬け。これでは時に何がしたいのか分からなくなることもあるような生活を送っているのだ。

そんなライブとバイト、いやほぼバイト漬けの毎日だが、久しぶりの休日が来た。
いや立派に社会に出ている人たちからすれば、たかがバイト、それほど責任は無いじゃないかと思うかもしれないが、それでも一日何時間も労働に従事し、自分の時間を売っていることに変わりはない。
久々の休日と言ってもなかなか羽を伸ばすわけにもいかない。経済的に困窮していることはもちろんのこと、なかなかに予定を詰め込んでしまうとついつい家の事が疎かになってしまうのだ。
だから休みだからといってグダグダと寝て過ごしたりはしない。しっかりと朝目を覚まし、まずは洗濯機を回す。これは二回はかかるかもしれない。
そのあとは掃除タイムである。ここが一番気が重いが、部屋が汚いと心まで汚れた気分になる。しっかりとしなければ。
まずは水回り。シャワーとトイレの掃除を入念にする。久しぶりの掃除だからだろう、しっかりと磨くとみるからに綺麗になり、心まで晴れ晴れとしてくる。
そして次は部屋の掃除。上から下に掃除をし、ベッドの下まで手をかけたところでなにか固いものに手が当たった。
その何かを手で掴み、ゆっくりと手を引いてみる。手を開くと、ピアスが一つ。
ああ、彼女のものだ。途端に頭の中を色々な思いが駆け巡った。

「ごめん、もう敦とはやっていけない。」
そう言われたのはもう今からどれほど前のことになるだろう。いや思い出してみればきっと割と最近の出来事なのだろうが、なんだかとても昔のことのように感じられた。
「これ、まだいるかな……」
自分が誕生日プレゼントで渡したピアスの肩割れを見てふとそんなことを呟いてみたが、きっとその答えは自分でもわかっていて、なんだか虚しくなってきた。
突然、電話が鳴る。まさかと思い表示を見ると、光一の名前が。
「もしもし、どうした?」
「あ、ごめん。今大丈夫?」
「おお。」
オーディションのメールが来てたからどうするかと思って。回答期限が近いから電話しちゃった。
「ああ、そうだったのか。」
彼女からの連絡では無いことを悲しむような、安堵するような、なんとも言えない気持ちになる。
「なんか、大丈夫?」
「ああ、なんでもない。」
「そっか。」
そう、そうなのだ。もう俺は、前に進むしかない。

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