RE BIRTH

御話の第1回目で投稿したこちらはお読みいただけたでしょうか?
もしまだお読みいただいていないようなら、是非こちらもご一読ください。
こちらは友人に、2019年の誕生日プレゼントとして送ったものになります。
ということで今月は、その次の年、2020年の誕生日プレゼントとして送ったものを、加筆修正をした上で投稿させていただきます。
こちらの作品に関してはほぼほぼフィクションとなっております。
「とある漢の恋愛譚」を投稿した際にも書かせていただきましたが、このお話で言いたいことは、最後の一言に尽きます。
一お話として読んでいただいても嬉しいですし、誕生日にこんなのを送られてきた僕の友達の立場になって読んでいただいても結構です。

「いい年して恥ずかしくないんですか?」
 店長が半ば諦めたような声でそう言う。
「すみません。」
 俺は壊れた機械のようにさっきからその言葉を繰り返していた。
「山元さんのすみませんはもう聞き飽きましたよ。」
店長のその言葉は、最早説教というよりも嘆きに近かった。
「もういいです。戻ってください。」
 厄介払いをするかのように店長はそういった。俺はさっきと同じ、心の全くこもっていないすみませんという言葉を残して事務所を後にした。
 事務所から俺が出てきた途端、それまで楽しそうに話していたアルバイトたちが静かになったのが分かった。
調子のいいバンドマン志望の野坂だけが喋るのをやめず、この店で一番可愛いと評判の香織ちゃん(無論、俺は直接彼女のことを香織ちゃんと呼べたことなどないが)に髪を切ったか聞き、香織ちゃんもまんざらではない表情を浮かべるのだった。
 
俺にとっては全てが憎らしかった。
自分の方が年下だからと変に気を使って敬語を使う店長も、腫れ物に触るように接してくるアルバイトの学生や夢追い人も、俺がいないかのように扱うパートのババア共も、全てが憎らしかった。
誰にでも優しい香織ちゃんだけがそんな俺にとっての唯一のオアシスだった。
 
俺の名前は山元亮太。小学校の頃から色々な理由でいじめられていたため高校入学を機に自分を変えようと空手部の門をたたいたが、ボーダーフリーな高校の空手部など不良の巣窟でしかなく、今までとは比較にならないほどの酷いいじめを受けた。そんな生活に耐えかねた俺は夏休みを迎える前にいわゆる引きこもりになった。
それから数年は何をするでもなく家に引きこもっていたが二十歳を迎えるになって急な焦りを覚え、近所のファミレスでバイトをすることにしたのだった。
 
今まで一度もバイトをしたことがない俺にとってはファミレスといえどきつく、何より数年間家族とすらまともに会話をしてこなかったため地獄のようだった。
しかし、当時自分のことを採用してくれた先代の店長も学生時代にいじめられて引きこもっていた過去があり、そんな昔の自分の姿と重なったのかとても親切にしてくれた。
そんな店長のおかげでバイトを続けることができたが、それと仕事の出来は全くの別問題だった。働いて一年ほどが過ぎても俺は満足に仕事がこなすことができなかった。
そのうちにパートのババア共が露骨に敬遠するようになり、アルバイトの奴らも距離を取り始め、しまいにはあの優しかった店長までもが苦言を呈するようになった。
「山元くん。その、できればもう少し早く仕事を終わらせられないかな?」
 そう申し訳なさそうに言う店長の後ろで、パートのババア共がにらみを利かせているのを俺は知っていた。
 初めの頃は、店長は色んな人に気を使わなきゃいけないから大変だな、と思いながら聞いていたが、ある日シフトを書きに行こうと休みの日に店に行ったときに店長とパートの会話が漏れ聞こえてきた。
「店長、山元さんってどうにかならないの?」
「いやそれはその……」
「店長が昔の自分と重ね合わせて守ってあげたい気持ちもわかるけど、ここは仮にも職場なのよ?」
「うん……僕自身、彼があんなに仕事ができないとは思ってもみなくて。」
「この前なんて野坂くんに仕事教わってたわよ。」
「ええ?野坂くんって、まだ入って二か月くらいですよね。」
「そうよ、まだ研修中の札だってついてるんだから。いくら飲食の経験があるからって、教わるのはおかしいわよ!」
「そうですね。いや、僕ももう少し考えてみます。」
この日は当然事務所によることなどできず、逃げるようにして家に帰り布団をかぶった。
真冬だったにもかかわらず、いじめられていた頃を思い出したときのように汗が止まらなかった。
 
こうなってくると逃げ出したくなるのが定石だが、それでもどこか冷静だった俺は、ここで逃げ出したら二度と這い上がれない気がしたし、何よりバイトをやめてきた、なんて話をしたら唯一の安住の地である自分の家すら追い出されかねないと思い、半ば意地でそのファミレスに残った。
それから数年が経ち、あのかつては優しかった悪夢を見せてきた店長も異動になり、ついには自分よりも若い人が店長になったのだった。
 
 この日も周りに無視され小言を言われながらも乗り切った俺は今夜の晩酌用にとスーパーに立ち寄った。ふとアルコールのコーナーで安い酒を探していると聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「香織ちゃん、これ美味しいから飲んでみてよ。」
 声の方を見るとそこには野坂の姿が。俺は急いで身を隠した。
「えー、アルコール強くない?」
 そう答えたのは俺に対して唯一優しい香織ちゃんだった。
「大丈夫だって、ジュースみたいなもんだから。」
「マサくんがそう言うなら、飲んでみる。」
 そういう香織ちゃんは俺に対しては一度もしたことがない幸せそうな表情を浮かべていた。
「てか山元、今日も怒られてたよな。」
「しー、そんなこと言わないの。誰がどこで聞いてるかわかんないんだから。」
「大丈夫だって、どうせみんなから嫌われてるんだし。」
「そんなこと言わないの。」
「だってあいつ、香織ちゃんのこと狙ってるぜ?」
 図星を突かれて声が漏れそうになる。
「そんなことないってば。」
「いや俺の目はごまかせないぞ。なんかあったらすぐ言えよ?」
「わかった。マサくん、大好き。」
 もしかしたら二人はただの友達かもしれない、そんなはずはないのに俺はまだ香織ちゃんを信じていた。
しかしレジに向かう二人の手はしっかりと指を絡ませて繋がれていた。
 
俺はなるべく安くて強い酒を買い、誰もいない公園のベンチに座っていた。いつもならまるでこの世界に俺しかいないような、そんな気がするこの時間が俺は好きだったが、今日はいつもと違った。本当にこの世界に俺しかいないような、そんな絶望感にさいなまれていた。
 いつもとは比べ物にならないほどのハイペースで酒をあおっているとこっちの方に近づいてきた中年の男がおもむろに話しかけてきた。
「怪物になりませんか?」
 慣れない飲み方をして酔いが回っていたからだろう。普段なら一瞥して立ち去るであろうそんな頭の狂った問いかけに聞き返してしまった。
「どういうことだ?」
「よくぞ聞き返してくれました!」
 中年男は目を輝かせてそう言った。
「私、普段は某大学で教鞭をとってるんですが、実はその裏でまるで漫画のような、人を超越した存在にする薬の研究をしてまして、つい先日その試作品ができたんですよ。」
 狂人の戯言にも思えたが、今日という日が散々だった俺はもう少し話を聞いてみることにした。
「それで?」
「はい。しかしそんなせっかく完成した試作品にもかかわらず、そんな薬が政府や製薬会社から認められるわけもないので試すことができないんです。」
 なるほど、それで合点がいった。
ここ最近、誰かに見られているような気がしてストレスのせいにしていたが、おそらくこいつが監視していたのだろう。
俺のことを見て、こいつなら力を欲しそうだし、もし失敗しても大して悲しむ者などいないと踏んだに違いない。
唯一の希望だった香織ちゃんをも失った今、俺に恐れるものなどない。よし、そう思われているのなら乗ってやろう、無意味な決断力には自負があるんだ、そう考えた俺は挑発的に答えた。
「やってやるよ。」
 中年男は一瞬戸惑いの表情を浮かべたがすぐに笑顔を取り戻し、詳細を話すのだった。
 
 あの夜から一か月ほどが経った。今日が怪物になる日である。指定された場所に行くとそこには白衣姿の中年男がいた。
「お待ちしておりました。さあさこちらへ。」
 そういうと中年男は俺のことを手術台の上に誘った。
 言われるがまま手術台の上に寝そべった俺を上から見下ろしながら話を続ける。
「痛みはありません。次にあなたが目覚めることがあれば、その時のあなたは既にあなたではないのです。」
 こうなった以上、俺はこの男を信じるしかなかった。俺は強くうなずき、目を閉じた。
 
 強い明りが目に入り、顔をしかめる。
「明かりを消してくれ。」
 その声を聴いて中年男が駆け寄ってきたのが分かった。
「おめでとう、手術は成功だ!」
 中年男は興奮気味に続ける。
「どうだ、何か変わった感覚はないか?」
「変わった感覚?」
体を起こそうと手についていた手かせを引きちぎり、背中を伸ばしてみる。確かに前よりは体が軽い気もするが特に何かが変わった気は、いや待て、手かせを引きちぎらなかったか?そう疑問に思い手元を見てみるとそこには金属製の手かせの残骸が残っていた。
「君は人智を超えたのだ。今の君は怪物かもしれない、しかしそれがなんだ。これからは怪物らしく、人を憎めばいいだけだ!」
 中年男のその言葉を聞いて違和感を覚える。
『怪物らしく、人を憎む』だと。俺は元から人を憎んでいた。この状態になっても何一つ変わっちゃいない。いやむしろ、俺は元から怪物だったのかもしれない。
「まずは一歩ずつ、君のできることからやっていこうじゃないか。」
 その言葉を聞いて俺の脳裏にはまだ優しかった頃の先代の店長の笑顔が思い出された。
そうだ、俺はこの先、目の前にいるこの中年男の期待をも裏切るのだろう。この男が思い描いている理想と、俺が歩む現実とで大きな差が生まれるに違いない。この男に絶望されてまたあの感覚を味わうくらいなら、この力があるうちに終わらせてやろう。
「さあ破壊の限りを尽くそうじゃないか!」
 俺が最初に破壊する相手は決まった。そいつは今目の前にいる。
「今日君は生まれ変わったのだ!」
 中年男はまるでたくさんの人に向けて演説をしているかのように声を張り上げ、そして続けた。
「お誕生日、おめでとう。」

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