物の怪

藤田和日郎さんの「双亡亭壊すべし」を試し読みしてから挑んだ大学生活最後のライブ。後輩たちにお願いして、4人で12分くらいのコントをやりました。
お客様からの感想は、「お笑いじゃない!」でした。至極真っ当な意見すぎて、そうなんだよ、って普通に言っちゃいました。書いてる時からお笑いじゃないな、と思い、だからいざ本番中に笑いが聞こえなくても一切不安になりませんでした。
ということで、この度そんないわく付きのコントを小説っぽく仕上げました。
先に言っておきますが、原稿用紙20枚分くらいあります。なので、この週末にでもお読みください。
もちろん日曜日には「臀物語」も上げるのでそっちも読んでください。
では御話の始まり始まり!

 人と人との争いは時代や場所を問わず存在するものだ。しかし、かつてこの地で蔓延っていたのは決して人と人との争いだけではなかった。
 時は平安、物の怪が跋扈していた都、つまり今の京都では、陰陽師と物の怪の争いが夜な夜な繰り広げられていた。かの高名な陰陽師、安倍晴明が亡くなってから千年以上が経った令和の京都では物の怪が出没することはすっかりなくなったが、未だに封印され続けている物の怪も存在するという。
 
「こんな夜遅くに電話しちゃってごめん、今大丈夫か?。」
「おお、どうかしたか?」
「実は終電逃しちゃってさ。そういえば俺のバイト先の近くに麻生が住んでるって言ってたな、と思って。もしよかったら今晩泊めてくれない?」
「全然いいよ、俺もちょうどお腹減って外行こうか迷ってたところだから。じゃあ駅前で落ち合おう。」
「ありがとう!」
「いやいやこちらこそ!」
 
 俺の名前は神保直人、府内の私立大学に通う三回生だ。バイトはチェーン店の居酒屋でしている。
今日はバイトの一人が急遽病欠になってしまい、とんでもない忙しさだった。何とか締めの作業まで終えたが、店を出るのがいつもより遅くなってしまい、駅に着いた頃には既に終電後。そこで大学の同期である麻生に連絡したのだった。
駅前で麻生と落ち合い、コンビニで酒と少しばかりのおつまみを買い、麻生の家に向かうのだった。
「入れよ。」
「お邪魔します。おお、結構広いじゃん。」
「まあな、これで家賃も安いんだぜ。」
「いいねぇ。まさか、事故物件ってやつじゃないだろうな。」
「大正解!」
「あってんの?え、怖くない?」
「俺昔から霊感あるからさ、そういうのあんまり気になんないんだよな。」
「ああそう。俺は霊感とかないけどさすがに怖いわ。」
「まあゆっくりしろって。」
 麻生がリビングへの扉を開けると、そこには骸骨のお面のような顔をして、お座りの体勢でたたずむ人間のような何かがいた。
「お、おい、あ、あれ……」
 そんな俺の反応を見て麻生は意表を突かれたのか、少し驚いたように言った。
「あれは物の怪だよ。何だ、神保も霊感あんのかよ。」
「え、俺霊感あんの?」
「多分な。ないやつには見えないだろうし。ラッキー!」
「アンラッキーだろ!俺、これからどうすりゃいいんだよ。
「これからのことなんてなんも気にしないでいいって。」
 そんな慰めを受け、とりあえず乾杯をすることにした。
「乾杯!」
 麻生だけがそう言う。俺にそんな元気はない。
「大体物の怪って、なんでそんなものがいるんだよ。」
「いやいやここ京都だよ?」
 あそっか!、と一旦のってから俺はツッコむ。
「いやそんなんで納得できるわけないだろ。」
「うーん、じゃあ陰陽師って知ってるか?」
「安倍晴明とかの?」
「そうそう。昔の京都には本当に物の怪とかがいたらしくて、その陰陽師たちが封印した中でも特に強い妖力を持った物の怪は未だに死ぬことなく封印され続けてるんだって。」
 あまりにも冷静な説明に戸惑いながらも尋ねた。
「だとしたら、怖くないか?こいつ生きてるんだろ?」
「まあもう六年くらい経つしな。」
「六年?ああそうか、高校生の頃から一人暮らししてるんだもんな。」
同じく大学の同期で麻生とは中学からの友人でもある布袋から聞いたことがある。
 なんでも麻生が高校に入学するタイミングで父親の海外赴任が決まったらしく、母親は海外についていくことにしたのだが、麻生自身はそれほど社交的な性格ではなかったこともあり、海外でやっていける自信はないからと日本に残ることにしたそうだ。
 
「もう少し飲むだろ?確か前に買った酒、少しは残ってたと思うからとってくるわ。」
「え、二人っきりにする気?」
「でもこんなの見ちゃったんだし、飲まなきゃやってらんないだろ?」
「確かに。」
 麻生が見えなくなると同時に今まで微動だにしなかった物の怪がこっちを向き、
「□☆ニクワ〇ル、△◆ロ。」
 と、金切り声ともうめき声とも呼べる声で何かを囁いてきた。
「麻生―――!」
 麻生が駆け足で戻ってくる。
「どうした、そんな大声出して。」
「こいつ、今なんか喋ったんだよ!」
「お前、静かにしてろって言ったろ!」
 麻生が物の怪の頭を叩く。
「おいやめろって。物の怪だぞ!」
「大丈夫だって。普段からこれくらいはしてるから。」
 よくそんなことできるものだ。
「ごめんな、普段あんまり友達とか家に呼ばないから、多分こいつ、興奮しちゃったんだわ。」
「おい、お前こいつのこと、犬かなんかと勘違いしてねえか?」
「似たようなもんだよ。犬はワン、って鳴くだろ?それと一緒。」
「全然違うわ!明らかに人の言葉で鳴いてたぞ。」
「たまにテレビとかでも見るよな、人の言葉を喋る犬。」
「あれはただの親バカだから!」
「いやでもな、マジな話すると一人暮らしのやつが買うなら犬より物の怪の方がいいと思うんだよな。」
 こんないかれた提案をしているのに至って真顔な麻生を見ていると、最早恐怖すら感じる。
「え、どういうこと?」
「一人暮らしって、やっぱ寂しいのよ。」
「それは分からんでもない。でもその穴はこいつでは埋まらんぞ?」
「まあ最後まで話を聞けって。」
 俺はいくら麻生の話を聞いても納得できる気はしない。
「まず、子犬みたいに大声で鳴いて近所迷惑になることがない。」
「さっき鳴いてたじゃんかよ!」
「大声では鳴いてないだろ?実際キッチンにいた俺には鳴き声は聞こえてなかったし、何ならお前の叫び声の方がうるさかったくらいだ。」
「それはごめん。」
「別にいいさ。」
 確かに大声ではなかった。むしろ人の様に囁いてきたからこそ恐怖したのである。
「それに餌代もかからない。」
「そういえば、こいつ何食べんの?」
「こいつは人の生気を吸い取って生きるタイプの物の怪だから俺の生気を吸ってるみたいだ。」
「おい、やばいじゃねえか!」
「大丈夫だって、こいつは封印されてる身。生き抜くための最低限の生気を吸い取るので精いっぱいだよ。
「もし復活しちゃったら?それこそやばいだろ。」
「実は俺、陰陽師の血、引いてるのよ。だから結構タフなんだよね。」
「なんだよ、住むべくして住んでんじゃん。」
 なんだかこれまでのこいつの冷静さに合点がいった気がする。
「それに何より、部屋に封印されてるから飼う時点でお金もかからないし、お散歩に行かなくていい!」
「それが一番の問題点なんだけどな!」
 ナイスツッコミ、と大笑いする麻生。なかなかに憎めないやつだ。
「まあこんな犬っころの話は置いておいて、飲もう飲もう!」
「犬っころでは絶対ないけどな。」
「そういえば神保は彼女いるんだっけ?」
「うん、もう一年くらいになるかな。麻生は?やっぱりハーレムか。」
「ハーレム?なんでだよ。」
「だって高校生の頃から一人暮らししてるんだろ?ラノベの主人公じゃん!」
「そんなんじゃねえよ。」
 麻生が照れ笑いを浮かべる。
「でも布袋が前に言ってたぞ?」
「何、あいつはラノベの主人公みたいだって?」
「違うって。麻生は一人暮らしをしてから色々変わった、って。」
「ああ、それはそうかもな。」
 しっとりとしたトーンでそう言う。
「なんか心当たりでもあんの?」
「いや一人暮らし始めるとさ、それまで当たり前だったことが当たり前じゃなかったんだな、って気づくんだよ。」
「どういうこと?」
「例えば、炊事洗濯含めた家事全般。うちは母親が専業主婦だったからさ、いつも当たり前のようにあったかいご飯を食べられたし、服だってタンスに入ってた。でもそれは母さんが全部やってくれてたからなんだよな。」
 くいっと酒を飲んでから麻生は続けた。
「生きてるだけで、光熱費に水道代、電気代にスマホ代だってかかる。でも父さんが働いてるおかげで俺は何不自由なく使えてた。もちろん学費だってそうだ。」
「確かにそうだな。俺なんてずっと実家暮らしだからわかってるようでわかってなかったよ。」
 麻生が妙に大人びて見えて、お酒はもう飲める歳なのに自分だけが子供に思えた。
「俺も一人暮らししようかな。」
「いや別に無理してする必要はないと思うぞ?無償でそんなことをしてくれるのは親だけなんだから、学生のうちくらい。」
「いやでもお前の話聞いてたら急に自分がガキに思えちゃって。」
「今できることをすればいいんだよ。就職して、余裕ができたら親孝行すればいい。それに何より、神保に子供ができたときに同じことをしてやるのが一番の親孝行なんじゃないか?」
 酒のせいだろうか、なんだか麻生の言葉が妙にしみて涙が出そうになる。何とか涙はこらえたが思わず大きな欠伸をしてしまった。
「せっかく人がいい話をしたってのに、大あくびしやがって。」
「ごめんごめん、なんか急に眠くなってきちゃって。」
「お、そろそろ効いてきたのかな?」
「効いてきた?」
 俺は大きな欠伸をしながらそう尋ねる。すると、さっきまでは静かだった物の怪がこっちを向いてまた何かを囁く。
「ヤツ△クワ〇ル、△ゲロ。」
「黙れ!」
 そういって麻生は物の怪の上に馬乗りになって殴打しだした。
「でも、こいつ、今、何か、」
 混濁した意識の中で俺は必死に喋ろうとする。物の怪の声がさっきよりもはっきりと聞こえた気がしたからだ。
「めっせじ、伝えきてろ?」
 ついには、呂律まで回らなくなってしまった。そのことを何とか訴えようと顔を上げると、なぜか麻生の顔がさっきの物の怪の顔に見えてきた。
「あれ、あそ、か、お」
「もうすっかり動けなくなっちゃったみたいだな。大丈夫、意識は残してあるから、全部聞かせてやるよ。」
 麻生は倒れた俺の周りをぐるぐる回りながら話し始めた。
「本当は、俺がこいつで、こいつが俺なんだよ。」
 麻生は自分と物の怪を交互に指さしながらよくわからないことを言った。
「うーん、何から説明したらいいか。」
麻生は分かりやすく頭を書いてから、物の怪を指さして俺に尋ねてきた。
「なあ、あいつの正体は何だと思う?」
 ニヤッと不敵な笑みを浮かべてから続ける。
「ごめんごめん、今のお前は喋れないんだった。あいつの正体は、麻生雅文。お前らが本来出会うべきだった男だ。」
 麻生は今俺の目の前にいる、それなのにこいつは何を言ってるんだろう。
「昔々、俺はこの地である陰陽師と戦った。惜しくも俺は敗れてしまったが、その陰陽師が勝利したというわけでもなかった。俺はこう見えてなかなかに腕の立つ物の怪でな、その陰陽師も封印するので精いっぱいだった。」
 昔を懐かしむような表情を浮かべて麻生と思しき何かが呟いた。
「俺は復活の時を夢見て待ち続けたが、千年もの間封印され続けた俺を復活させるほどの力を持ち合わせた人間はそうそう現れず、この俺ですらすでに諦めかけていた。しかし、数年前、こいつが現れた。」
 まるで犬でもあやすかのように、麻生と思しき何かは物の怪の頭を撫ぜた。
「こいつは霊感が強く、何でも陰陽師の子孫だという。こいつしかいないと思った俺は、俺が持てるすべての力を振り絞り、こいつと死闘を繰り広げた。そして、俺は勝利した。」
 勝利、その言葉が恐ろしい意味を示していることは分かった。
「俺はもともと生気を吸った人間に化けるのが得意でな、俺が麻生雅文として生きていくことにした。」
「じゃあ、あそ、は!」
「おおまだ喋れたのか、なかなかやるじゃないか。それでこそ食べ甲斐があるってものだよ。」
 満足そうな笑みを浮かべる物の怪。
「麻生雅文の生気はとてつもない量だったからな、俺の力を使って物の怪に変え、いわば保存食として置いてたのさ。」
 物の怪に変える?
「お前が聞きたいことは手に取るようにわかる。俺はかつて『増やし鬼』という通り名で恐れられてたんだ。その名の通り、普通の人間を物の怪に変えて楽しんでいた。そこを厄介な陰陽師に見つかって封印されちまった、ってわけだ。」
 まさかそんな厄介な奴が生き続けていたなんて。
「まあでも今の時代、そう派手なことはできん。だから静かに生きようとしてたんだが、やっぱりたまには他のもんも食いたい。そう思ってたところにお前から連絡が来たってわけだ。」
 そういって物の怪が近づいてくる。本物の麻生が鳴いている。やめろ!、と叫んでいるのが聞こえる気がする。
「それじゃあ、いただきます!」
 
「まあ入れって。」
「お邪魔します。ん?」
 リビングに入ると妙な感覚に襲われた。
「どうかしたか?」
「いや、誰かに見られてる気がして。」
「失恋したばっかだから気が立ってんだよ。」
「ああそうかもな。でも本当にありがとな、俺のために手料理ふるまってくれるなんて。」
「いやそんなに感謝されるほどのことでもないから。」
「いやいや、社会人になってもう数年。この歳になってもこんな風にしてくれるのはお前だけだよ。」
「いや本当にいいんだって。俺も、ちょうどいい食材が手に入ったし。」

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