アリ、時々キリギリス 雨の街編 -玖-

前回まで。

 大雨が降りしきる中、三人が倉庫にたどり着くと、中は大変なことになっていた。
 つい昼前に作業を終えた時には、出荷に向けての準備まで終わっていた米の袋が破れ、中身が散乱し、またここ数日間使っていた機材もなぎ倒されていた。
 そしてその付近では、ノロンがうつぶせで倒れ、その上ではバッド・ジョーが全力で押さえつけている。
 あまりの悲惨な状況と、想像を貼るい兄超える状況に身動き一つとれない三人。
「どうした?」
 とそこに大声で入ってきたのはシガだった。
「大きな音がしたから来てみた……」
 と、そこでそうこの状況を確認し、一瞬で何かを判断したシガ。
「おいライオン野郎、カバの上に乗って何してやがる!」
 大きな声で吠えるシガ。しかしバッド・ジョーは動じることなく、ノロンを押さえつける手を決して緩めない。
「おい!」
 そう言ってシガは肉食動物系の亜人特有の牙を見せつけ威嚇する。
「ああ!」
 バッド・ジョーも負けじと威嚇してくる。
 二人の鋭い視線がぶつかり合い、まるで火花でも散っているかのようだ。しかし、カクリたちは何もできない。
「助けてくれ。」
 ノロンがここにきて作部。
「おい、カバを離しやがれ。」
 なおも必死で抵抗しているノロンを見てシガが吠える。
「黙れ!」
「なん、だと?」
 近くにいたカクリには、シガの中で何かが切れたの分かった。
 と次の瞬間、バッド・ジョーに飛びかかろうと走り始めるシガ。まだにらみ続けながらもノロンを抑える手を決して緩めないバッド・ジョー。目を見開いたまま、動くことができない三人。
「待ってくれ!シガ!」
 急に聞こえてきたその声は間違いなくチャンプのものだった。
 その声を聴いて急ブレーキをかけて止まるシガ。声のする方を見るが、散らかった米ばかりでチャンプの姿は見えない。
 すると、声のする方にあった米の山が急にもぞもぞと動き出し、そこからチャンプが顔を出す。
「犬野郎。」
 シガの目は完全に戦闘モードで、牙もギラリと輝いていたが、米の山から現れたチャンプの姿を見て、少し動揺した。
 チャンプの顔や体は生傷だらけで、明らかについさっきまで誰かと争ったことを物語っていた。
「詳しい説明は、後でする。だから、バッド・ジョーと、一緒に、あの窃盗犯を、取り押さえて、くれ。」
 チャンプは興奮したシガを見ても決してひるまず、しかし傷も深いのか息も絶え絶えにそう呟いた。
 そんなチャンプの様子を見て、シガはバッド・ジョーの元に駆け寄ると、バッド・ジョーと一緒になってノロンを押さえつけた。
 シガまでもが加勢すると、いよいよ勝ち目がないとあきらめたのか、ノロンは抵抗することをやめた。
「カクリ、ホトリさんたちを、呼んできてくれ。弾(ダン)が呼んでいる、と。」
 その様子を確認すると、チャンプはカクリにそう告げた。
 そこに来てようやく金縛りが解けたように感じたカクリは、分かった、と言うと、大雨の中、一目散にかけていった。

 カクリは宿に戻ると、探す時間がもったいないと思い、玄関を入ってすぐのところで大声で叫んだ。
「ホトリさん、ユリネさん、ダンが呼んでいます!」
 するとすぐに調理場の方から音がし、そこから二人が顔を出した。おそらく夕飯の支度をしてくれていたのだろう。
「本当ですか。」
「はい、今すぐお願いします。」

「二人を連れてきたぞ!」
 カクリは柄にも合わず、大声でそう叫びながら倉庫に戻ると、皆先程より少し落ち着いた様子だった。
 抵抗することを諦めたノロン、決して抑える手を緩めはしないバッド・ジョーとシガ。
 そして倉庫の手前の方には、先程はいることにも気づかなかったが、傷ついたオドリバの姿。そんなオドリバをテトとグルメ、そして同じく傷ついたチャンプが囲っていた。
「弾さん。」
 チャンプを見てそう声をかけるホトリ。
「もう大丈夫です。犯人は、ノロンでした。」
「ああ……」
 取り押さえられたノロンを見て絶句するユリネ。
「応援を呼びたいんですが、呼べそうですか。」
「今日の雨は一段と強いので、呼べないかと。」
「やはりそうですか。分かりました。連絡はこちらからするとして、最悪明日の帰りにタイミングで一緒に護送します。」
「分かりました。」
「とりあえずは彼の手当てを。あと、縛れそうなものがあれば、お願いします。」
「分かりました。」
「ユリネさんは、救急道具の準備をお願いします。これくらいの傷ならきっと大丈夫ですので、僕たちで宿に運びます。」
「はい。」
 そう言うと二人は走って戻っていった。
「テトくん、グルメくん。オドリバさんを運んでくれないか。」
「ああ。」
「わかった。」
「カクリくんは、申し訳ないが僕が戻るサポートをしてくれ。」
「うん。」
 カクリはチャンプに肩を貸した。
「バッド・ジョー、まだ抑えておけるか。」
「もちろんだ。こいつもいるからな。」
 バッド・ジョーはシガの方を見てそう言った。
「カクリくん、テトくん、グルメくん。申し訳ないが僕とオドリバくんを運んだら、こっちに戻ってきて、あいつを縛る手伝いをしてくれないか。」
「え、僕たちが?」
「大丈夫。バッド・ジョーがいる。」
 カクリたちは、チャンプの真剣なまなざしに首を縦に振るしかなかった。

 チャンプたちを運び終え、ホトリから受け取った縄を持って倉庫に戻ると、ノロンが既に抵抗しなくなっていたこともあり、あっさりとノロンを縛り付けることに成功した。
「よし、戻ろう。」
 バッド・ジョーのその重々しい一言に反発する者など一人もいなかった。

 宿に戻ると、バッド・ジョーはどこかにノロンを連れて行き、チャンプはどうやらオドリバの手当てをしているようだった。
 ユリネに言われるがまま、つい先日夜遅くまで宴会を開いていた部屋に通されると、部屋にはお通夜のような空気が流れていた。
「何が起きたんだよ。」
 沈黙を破ったのは、テトのそんな独り言だった。
「分からない。」
 カクリが答える。
「カクリが出てった後、あっちの方にオドリバさんがいるからってチャンプに言われて、そんでグルメと探したらボロボロのオドリバさんが見つかってよ。」
「そうだったんだ。僕もホトリさんたちに、チャンプさんに言われたように伝えたら、血相変えてさ。」
「てことは、チャンプと二人は知り合いだったんだな。」
「それだけじゃねえ。」
 そう切り出したのはシガだった。
「あのライオン野郎と犬野郎、あいつら二人も他人のふりをしてたが、元からの知り合いみたいだぜ。」
 バッド・ジョーにはとんでもない過去がある、なんて話をチャンプにされたが、それも色々知ってのことだったのだろうか。カクリはそんなことを思った。
 それからどれくらいの時間が経っただろう。
 あのおしゃべりのテトでさえ喋ることをやめ、部屋には壁を叩きつけるように降る雨の音しか聞こえなかったが、誰一人としてその場を動こうとする者はいなかった。
「無事手当てが終わったよ。」
 そんな沈黙を破ったのは、チャンプだった。
「オドリバさん、無事だったのか。」
「うん。怪我はしてるけど、あの調子なら少し療養すれば完治する。」
「それならよかった。」
 一同は胸をなでおろした。
「で、どういうことなんだ。」
 シガはチャンプの方を睨みつけながらそう尋ねた。シガだけではない、今この場にいる全員が聞きたがっていた。
「分かった、説明する。」
 チャンプは一度大きく深呼吸をした。
「僕の名前は弾 志揮(ダン シキ)、バッド・ジョーの名前は正清 裁我(マサキヨ サイガ)。僕たちはフィニッシャーなんだ。」
 動揺を隠し切れない四人。
「フィニッシャーって、フリーパス専用警察とかって言われてるあのフィニッシャーか。」
「そう。」

 元来、フリーパスになる者の中には傷アリの者が多く、極めて危険性の高い者も多かった。
 そのため、普通の警察ではなかなかに太刀打ちすることができず、そうして組織されたのがフィニッシャーだった。
 従来の警察組織から独立し、普段はフリーパスとして生きていく。そんなフィニッシャーとフリーパス、二つの顔を持つように長期間に及ぶ潜入を得意とする。またその性質上、高い戦闘能力も有しているというのがもっぱらの噂だった。

「でも、そんな奴らが本当にいるだなんて。」
 テトからしても噂の域を出ない話だったので、にわかには信じがたいようだった。
「まあ、大っぴらにはできない存在だからね。それに情報統制もされてるし。」
「情報統制?」
「ああ。先に言っておこう。君たちも今聞いた話、そしてこれから聞く話を今後どこかでするべきではない。どこに僕たちが潜んでいるかわからないからね。」
「それは、脅しか。」
 シガがぎろりと睨む。
「賢く生きる術だよ。」
 チャンプも鋭い目線で答える。
「そもそも、フリーパスとはいわば最後の受け皿。誰でもなれてしまうからこそ、何かがあった時、誰かが取り締まらなければならない。自由であるための最低限の枷さ。」
「じゃあ、そんなあんたたちに捕まったあのノロンはどうなるんだ。」
 テトが尋ねる。
「早速核心を突く質問だね。いいだろう、これから先、何かの抑止力として教えてあげよう。フリーパスの者が問題を起こしたら最後、権利を剝奪されるのはもちろんのこと、再登録はできない。」
 自由の代償である。そしてチャンプは続ける。
「そんなことになれば亜人界で生きていくことは実質不可能になる。もちろん刑務所にすら入れてもらえない。つまりどうなるかといえば、例えば人間の奴隷に落ちるか、それとも体の中身をすべて売られるか、未来なんてものはなくなるさ。」
 伝えられた現実のあまりの残酷さに、四人は何も言えなくなってしまった。
「まあ、君たちが普通の、世間から見れば異端のフリーパスでいるうちは、僕らと関わることもないだろうから安心してくれ。」
 チャンプはそう言うと、出会った時のような笑顔を浮かべたが、それが逆に怖さを演出していた。
「チャンプくん、でいいのかな。」
「構わない。」
「ノロンさんは、彼は何をしたの。」
 カクリは勇気を持って尋ねた。
「うん。彼はいわば、七七七(よろこび)を横流ししようとしてたんだ。」
「なんだ、それだけか。」
 シガが言い放つ。
「その量がすごくてね。毎年誰かが調査に出向いていたんだが、相手もそういった道のプロ。なかなか尻尾を出さなくて。」
 チャンプはシガを無視して説明を続けた。
「それで今回、ようやっと尻尾を掴んだってわけ。しかも、横流しも防げたからね。」
「じゃあ、これでみんな捕まるんですか。」
「もちろん、一門打尽にするつもりだよ。」
 そういうチャンプの目は、ものすごい覇気を纏って見えた。
「他にも聞きたいことは山積みかもしれないが、ここら辺で終わりにしてもいいかな。」
 四人は何も言えなかった。
「僕たちは明日朝早くの便で立つ。君たちは当初の予定通り、昼前の便で戻ってくれ。君たちの健闘を祈っているよ。」
 それだけ言うとチャンプはゆっくりと経y他を出ていこうとした。
「あ、最後にもう一つ。」
 チャンプはゆっくりと振り返る。
「次に会った時は初対面だからね。」
 四人はただただチャンプの背中を見つめることしかできなかった。

 それからも四人はそこを動こうとはせず、最後の夕飯だというのに誰も食卓へは付かなかった。ただ時間だけが過ぎ、夜を迎える。それでも誰も何もしようとはしなかった。
「僕、寝るよ。」
 すっかり暗くなった部屋で、電気もつけずに過ごしていたが、グルメのその一言でみんな現実に戻されたようだった。
「ああ、おやすみ。」
「おやすみ。」
 そう言うとグルメは部屋に上がった。
「じゃあ、僕も。」
 グルメの後を追うように、カクリもそう言って部屋を後にしようとした。
「おお、おやすみ。」
「テトは?」
「俺は、もう少しここにいるよ。」
「わかった。シガさんも、おやすみなさい。」
 はっきりとした返事ではなかったが、シガなりに唸り声をあげて返事をした。
 しかし、ベッドに入ったところでもちろん眠れるわけなどなく、明け方になる頃には雨も上がったようで、外からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「もう朝か……」
 そのとき、外から馬が近づいてくる音がした。ノロンたちを迎えに来たのだろう。
 窓から見ようかとも思ったが、ついぞそんな気にはなれず、ただただベッドの中で耳を澄ましていた。
 馬が到着すると何やら会話が聞こえ、少しすると馬のいななきとともに、ここを去っていく馬車の音だけが聞こえた。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか。疲れからか、あのあと思わず寝てしまっていたカクリだったが、部屋の扉を叩く音で目が覚めた。
「カクリ、起きてるか。」
「ああ、ごめん寝てた。」
「最後の朝食だってさ。昨日の夕飯は食べ損ねたし、食べに行こうぜ。」
「うん。今行くよ。」
 カクリはベッドから出ると、数日間世話になった寝床を少しばかり整え、食卓に向かうのだった。

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