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#007. 北欧産クラシックAOR代表、HOUSTONがついに日本国内デビュー。

HOUSTON「Houston IV」(2021)

はじめに

HOUSTONヒューストンのような、1980年代を起点とするクラッシックスタイルのメロディック・ロック、つまりは広義のAORを聴くと、思わず自分の人生がフラッシュバックしそうになってしまう今日この頃。
人生40年を越えてくると宗教者の名言も自然と胸に刺さってくる。
例えば、仏教のお釈迦様は次のような言葉を残しているので紹介しよう。

過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
そして未来はまだやって来ない。
だから現在のことがらをそれぞれよく観察し、揺らぐことなく動ずることなく、よく見きわめて実践せよ。
ただ今日なすべきことを熱心になせ。

中部経典131経

また、イエス・キリストも同じようなことを仰っている。

明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。

マタイによる福音書

別にここで自己啓発をやろうとか、宗教的な話をしようってわけじゃない。
要するに「取り越し苦労」ってやつは人間にとって最大の無駄ってことを偉い人が言っている、という話だ。
そうしていくら悩んでも解決しないことが存在することは、40年も生きてくれば誰にだって分かる。
過去の失敗にグズグズしても仕方がない。

近年、世界は新型のウイルスとやらで大騒動となり、今はロシアとウクライナの紛争が真っ最中。
一方で地震や火山噴火などの災害により、避難を余儀なくされている国に住む人もいるだろう。
かたや、こうして音楽ブログを呑気に書いている僕のような人間もいる。

つまり、世界のどこにいても、時間は平等に進む。
SF映画のように、どこかの場所がロストワールドとして取り残されることはない。
もしあるとすれば、それは人間が創造する作品の中においてのみだ。

今回はこの前提に立ちながら、スウェーデン出身のHOUSTONの新作を取り上げてみたい。

スウェーデンが誇るAOR/メロディック・ロック・バンドHOUSTON。
名門Frontiers Records移籍第一弾となる4枚目のフル・アルバム('21)。
元メンバーであるRickey Delinをプロデューサーに迎え、原点回帰とも言えるAORに照準を定めた一枚。
メンバー自身が語るようSURVIVOR、JOURNEY、FOREIGNERあたりに通じるキャッチーでハート・ウォーミングな極上のメロディが詰め込まれた一枚。

disk union

音楽というものは言語で説明するよりも、聴いてもらった方が話は早い。
さて貴方はこの曲を聴いて、どう感じるだろうか。

一定のお年を召した方には、まるでSURVIVORやJOURNEYが隆盛した、1980年代のメロディアスなロックの佇まいであることに気付くだろう。
サウンドプロダクションやアレンジに現代的なエッセンスを感じるものの、その世界観はノスタルジックでエモーショナルだ。
まさに時代に取り残されたロストワールドがここにあると言ってもいい。

そもそも、HOUSTONというネーミングからしてアメリカはテキサス州の都市名を使っているので、確信犯的にこうした懐古主義的な音楽性を追求しているのは明らかである。
それはデビュー当初のアルバムアートワークにも如実に表現されているし、どういったリスナーをターゲットにしているかがよく分かる。

ひとまず「Houston IV」という4作目のこのアルバムが日本国内におけるデビュー盤となったわけだが、1stアルバムは2010年に発表されているので、もちろん新人バンドということではない。

実は3作目あたりで初期の音楽性から若干の路線変更を試みており、個人的にはその辺の展開に期待していたのだが、本作で再びデビュー当時の音楽性に立ち返り、いわば原点回帰が実現した格好だ。

これは初期メンバーでソングライティングの中心にいたRickey Delinが、プロデューサーとして全面的にバックアップしたのが要因であろう。
僕は1stアルバムの雰囲気が好きだったので、この件については支持したい。

とはいえ、彼らのサウンドはオリジナリティにはやや欠ける。
当然だ。
彼らの追求する音楽の源泉は、SURVIVORやJOURNEYにあるからだ。

従ってSURVIVORやJOURNEYのような音楽性、つまり産業ロックと揶揄されていたようなジャンルについて、今でもネガティブな印象を持っている方には、こちらも胸を張ってオススメすることは難しい。

特にこのHOUSTONは、HR/HMというよりもAORの系譜に近い。
逆に今流行りのシティポップやシンセウェイブなどに慣れ親しんでいる若い人の方が、受け入れやすいのではないかと思う。

この曲を聴け!

それでは、本作から僕のお気に入りを1曲だけピックアップしてみたい。
それはオープニングを飾る「She is the Night」だ。
印象的なシンセのイントロから始まり、およそシンセウェイブのように展開していくアレンジが素晴らしい。

加えて、ノスタルジックな世界観を重視したギターソロの手際も良い。
1曲目でこれだけのサウンドを聴かせられると、やっぱり最後まで聴き通してみたくなる。
本作における、彼らの作戦勝ちと言ってもいいだろう。

誤解を恐れずに言うと、スウェーデンなどの北欧出身のバンドは確信犯的にアメリカやイギリスのHR/HMカルチャーを模倣し、その手法を盗む。
とはいえ、芸術は模倣から生まれる理論を僕は信じているので、これについては全く悪い意味で捉えてはいない。
むしろその模倣が上手すぎて、逆に引いてしまう時があるぐらいだ。
(アメリカ西海岸出身のHRバンドかと思ったら、全然違ったケースなど。)

HOUSTONにしても、その音楽性のみならず、アートワークや世界観なども含めて、徹底した模倣のスタイルに余念がない。
これにより、強力なノスタルジックカルチャーを誘引していることは間違いなく、特に40代以上の年齢層の方には思わずグっとくるはずだ。

SURVIVOR「Vital Signs」(1984)

相対的に、SURVIVOR、JOURNEY、FOREIGNERといったメロディック・ロックの先駆者達がいかに偉大な存在であったのか、中年である僕らは否応なしに気付かされることになる。

HOUSTONはそうした1980年代のポップカルチャーからいくつもの断片を盗み、出身地である北欧由来の哀愁成分を加えることで、オリジナリティを掴み取ろうとしている痕跡がある。
ここにバンドの存在意義があり、そしてまた人気の秘訣なんだろうと思う。

最後に、僕が好きなピカソの言葉を引用しておこう。

凡人は模倣し、天才は盗む。

パブロ・ピカソ

模倣だけではなく、盗むことの重要性。
そこに新たな価値観を加えることが、成功の近道である。
これは音楽に限らず、全ての芸術に言えるのではないだろうか。


総合評価:85点

文責:OBLIVION編集部

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