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#017. シンガポール出身のWORMROTが紡いだグラインドコアの灯火。

WORMROT「Hiss」(2022)

はじめに

今回紹介するWORMROTの新作だが、そのアートワークが清々しいほどの稲川淳二師匠(以下、最大限の親しみを込めて敬称略、淳二)のアレだったので、嬉しいやら楽しいやら、見るたびに身悶えしている毎日だ。
加えて、中身のサウンドも最高だったので棚ぼたもいいところである。
とっても気分が良いので、まずは敬愛する淳二の話からはじめたい。

皆さんは淳二が全国を廻るミステリーナイトツアーに1度でも参加したことがあるだろうか。
これは我が国では国民の義務みたいなものなので、未体験の方はこの夏にでもぜひチャレンジして欲しいと思う。

かねてよりファン(正確には信者)を自称する僕は、ほぼ毎年のように参加しているが、タイミングが合わずに行けなかった年などは心身ともに調子が上がらない。
それこそ淳二の発するエネルギーを全身に浴びるために通っているようなもので、何かと今話題の宗教的因果の可能性は否定出来ない。

稲川教なるものがあるとすれば、間違いなく僕は信徒になるだろう。
宗教とは、それほど容易く、人を虜にする。

宗教研究家でもある自分としては、その辺も絡めて廃仏毀釈の話をいずれこちらでもやりたいと思っているのだが、今回はさておき、この淳二のミステリーナイトツアーについて語っていこう。

このライブでは、語り部である淳二の怪談話が主となっている。
しかし、終盤では心霊写真コーナーという、さながらTV番組のワンシーンのような、バラエティ色の強いステージングがお約束となっている。

そもそも、淳二にとっての怪談とは単なる怖い話ではなく、人間社会における人生の悲哀の物語を口伝していることに他ならない。
誤解を恐れずに言えば、極めて落語の怪談噺に近く、だからこそ師匠と呼ばれる存在なのだと思う。

この心霊写真コーナーでは、軽妙な淳二のMCによって、様々な写真を掲示して解説してくれるのだが、中でも有名なものが沼(池)の写真である。
件の写真は毎年見せられることになるので、写真が出るたびに「あれ?昨年と違くね?」という声が周囲から聞こえてきたりする。
そう、水面に浮かぶ心霊らしき人の横顔が、段々とこちらの正面を向いてきているのだ。

果たしてこれが気のせいなのか何なのか、詳細は各自で体験して頂くとして、この心霊写真の存在はファンにとってもお約束のようなもので、これを見ずして、その日は大人しく家路に着けない。
氷室京介のライブで「Angel」を聴かずには帰れないのと全く同じことだ。

余談だが、氷室京介が我が地元のホールでライブをやった時、最後まで「Angel」をやってくれなかったことがあり、僕は今でもそれを根に持っている。
氷室京介自身が一切のライブ活動から引退した今、あの時「Angel」を聴けたなら、僕の人生はどれだけ明るく、喜びに満ちただろうか。
(かように人は、他人に罪を着せたがる生き物である。)

話を戻そう。
当該心霊写真だが、あえてここでは掲載しない。
ぜひミステリーナイトツアーの現場で、各自確認して頂きたいと思う。

僕もまた淳二のツアーには参加する予定だが、この夏はいち早く、WORMROTのジャケに先手を打たれた格好である。
このアートワーク、まさにあの心霊写真の未来予想図に相違ない。
淳二の口癖で言うなら「間違いなく、たぶん」これは本物である。

Wormrot is a Singaporean grindcore band formed in 2007, immediately after the founding members had completed their mandatory two years of national service. The band have released four studio albums to date, as well as a number of EPs and split releases with other bands. Their two most recent albums were released through Earache Records. They have been described as one of the top 10 grindcore bands by OC Weekly, and have toured Europe and the United States. In 2017, they became the first Singaporean act to play at the Glastonbury Festival.

Wikipedia

さて、本題のWORMROTだが、彼らは老舗Earache Recordsに所属するシンガポール出身のグラインドコアバンドである。
2007年頃から活動を開始し、本作「Hiss」が4作目。
約15年という活動実績を考えると、ベテラン選手に位置するだろう。
まずは最新のMVからチェックして頂きたい。

初見の方については、3人組の編成でありつつ、ベースレスのバンドということにお気付きだろうか。
この手のサウンドでベースがいないというのは、画竜点睛を欠く以上のハンディキャップがあると思うのだが、そんなデメリットを一切感じさせない音圧である。

ハードコアとして極限までスピードを高め、尚且つヘヴィネスに徹したサウンドがこのジャンルの特徴であるものの、ベースレスの彼らのサウンドに決して軽さはない。
それどころか、粒立ちの良いギターの重低音が心地良く聴こえてくるのだから、世の中のベーシスト達は本気で危機感を覚えた方がいいかもしれない。

グラインドコアらしく、全21曲33分という電光石火な内容である。
特にリズムアレンジのバリエーションが多彩で、最後まで聴き飽きない。
単にハードコアに疾走するだけでなく、緩急を滲ませたアレンジがとても心地良いのだ。

そもそもグラインドコアとはハードコアに起因する怒りや悲しみといった負の感情を、ヘヴィメタルの外殻でテクニカルに表現した音塊を指している。
その視点からするとWORMROTの世界観は、果てしなくオーセンティックであり、アバンギャルド。
そしてまたエキゾチックな空気を漂わせているところがミソである。

この曲を聴け!

それでは、本作の評価をグっと押し上げている曲を紹介しよう。
それは12曲目の「Grieve」である。

ここでは弦楽器のバイオリンを大胆に取り入れることで、グラインドコアというジャンルに伸びしろがあることを身を持って証明している。
まるで人の叫び声のような狂気の世界観に、個人的には強い衝撃を受けた曲でもある。
音楽を聴いていて、ここまでホラーな気分になった事は過去にあまり例がない。
強いて言えば、殺害塩化ビニール系のサウンドと初対面した時だろうか。
WORMROTに関して言えば、こうした狂気は前作まではなかったと思うので、尚更驚いてしまった。

特にこの12曲目から終曲までの流れがとても良いので、この曲から聴き始めてみるのもオススメだ。
ちなみにこの「Grieve」で示された予断は終曲「Glass Shards」にて見事に完遂することになるので、ぜひ最後まで聴き逃さないようにして欲しい。

残念なことに、本作を最後にVocalが脱退している。
これで3人から2人になったわけだが、それでもバンドとしての活動を続けるそうなので、ファンにはひとまず安心材料かと思う。

何れにせよ、グラインドコアの地平に強烈なインパクトを残したのが本作「Hiss」である。
スラッシャーの自分としては前作「Voices」も相当良かったけれども、本作はさらにブレイクスルーの可能性を秘めた内容と言える。
そしてこれがアジア圏から発信されたことにも、大きな意味があると思う。

古くはNAPALM DEATHナパーム・デスTERRORIZERテロライザーが灯したグラインドコアの狂気の炎が、2022年のここにきてさらに燃え盛ることになろうとは、一体誰が予想出来ただろうか。

ジャンルは決して衰退しない。
このように、太く強く、心霊のように逞しく生き続けるのである。


総合評価:90点

文責:OBLIVION編集部

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