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「墨のゆらめき」

三浦しをん・著

読み始めて5分の時点で、堪えきれず笑った記述が5つ。そのくらい序盤から面白い小説で、ページをめくる手がもどかしい思いをしたのは久しぶりだった。初めての三浦しをん体験というのが恥ずかしい...さすが実力派の作家。
(ちなみに、生まれて初めて大爆笑した小説は「国語入試問題必勝法(清水義範著)」、その次は「空中ブランコ(奥田英朗著)」かと思う)。

「実直なホテルマン・続氏と自由人な書家・遠田が代筆業を行う」職業からして真面目なストーリーかと思いきや、代筆する手紙の文面が予想を遥かに上回る。そこに至る過程やセリフも面白い。

登場人物のキャラクターと設定がしっかりしていれば、「そんなアホな」と思いつつも物語に引き込まれてしまう。優れた作品に必須のセオリーが、しっかり組み込まれているのだ。

そしてもう一つ、秀逸な物語に欠かせないのがギャップ・二面性である。
「実はこうだった」という種明かしは重要な分、唐突だと興醒めになる。少しずつ匂わせながら、意外なのに気持ちよく納得できる。読書の面白さはここにあると思う。
それだけでも嬉しいのだが、更にそれについて読者に問題意識を喚起する。作家とは何と素晴らしい職業なのであろう!

主人公のホテルマン続は我々読者の視点であり、概して常識的な一般人である。
対する書家・遠田は見た目も行動もチャーミングで、現れてすぐに続=読者の心を鷲掴みにしてしまう。
読み手の想像力にもよるのだが、文章だけでそのキャラクターを読者の脳に創りあげ、動かしてゆく。作家の能力とはそういうものなのだと、改めて思い知らされた。

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