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明智光秀の謎① 前半生、サイコパスは信長ではなく光秀だった

今年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公「明智光秀」が、主君織田信長を討った「本能寺の変」。日本史に刻まれる事件となっているが、明智がなぜ謀反を犯したのかは「謎」とされ、長い時代にわたって関心の的となっている。

また光秀の「謎」は、本能寺の変の動機だけではない。出生についても「謎」とされている。

ところが、ある点に着目して、もう一度明智光秀の生い立ちや本能寺の変について考えてみると、その「謎」が解けてくる。その「ある点」とは「明智光秀はサイコパスだった」というものだ。

サイコパスというと冷酷で暴力的な殺人鬼を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、書籍『良心をもたない人たち』の著者マーサ スタウト氏(心理セラピスト)によれば、実際のサイコパスの多くは「表面的にはとても魅力的」に見え、冷酷で暴力的人物と映ったりはしない。

サイコパスを一言で表せば「良心をもたない人」である。さらにはその「良心がない事実を隠すことができる人」である。

良心を持たないから人を苦しめることを何の躊躇なくできる。良心の呵責を一切感じることがなく、良心がない事実を隠すこともできるので、嘘で周囲をいとも簡単に欺くことができる。

日本にはこうした「良心をもたない」サイコパスは1000人に1人ぐらいしかいないとも言われているので、普通何かを分析したり判断する時に、サイコパス的思考や行動パターンを考慮する事はない。

まして歴史学者が本能寺の変について考察しようとする場合、戦国時代の文化的背景、戦国武士の習慣や性格的特徴、当時の朝廷、将軍、大名、民衆の関係などに基づいて分析することはあっても、サイコパスという概念を念頭に置いてすることなどまずない。

たとえサイコパスについて考えたとしても、独裁者的イメージから「織田信長はサイコパスだったのでは」と思う人はいても、光秀をサイコパスと思う人はいないだろう。

しかし、多くのサイコパスは「魅力的で面白い人間」に見え、ほかのだれよりも気さくで、楽しく紳士的な印象を与え、演技と嘘がとてもうまいということを理解すると、実は、サイコパスは光秀であったと思われる。むしろ信長は、サイコパス光秀のターゲットにされた被害者である。

謎に包まれた光秀の前半生、本能寺の変が起きた理由は、このサイコパスの特性を理解すればすべての辻褄があい、謎が謎ではなくなる。

明智光秀の生い立ちの謎

明智光秀は美濃の名門土岐氏の支族、明智氏の生まれとされているが、明確な一次資料はなく実際のところは不明である。父親も明智光綱、明智光国、明智光隆、明智頼明など諸説あり、生年についても1516年、1528年、1531年と諸説ある。光秀が本当に名門土岐氏の出なのかは疑わしいと見る学者も多い。

日本史学者の渡邊大門によると、

光秀が明智を姓とした理由は不詳である。実際は、中途で家系が途絶えた名門の土岐明智氏の出身であると、光秀が勝手に名乗った可能性が高い。光秀は、美濃に本拠を置いた土豪クラス程度の出自ではなかったか。

という。つまり光秀は自称「名門明智家の生まれ」であって、実のところは違う可能性が高いのである。

今の時代で例えれば、自らのことを「皇室の家系だ」と語って人をだます「皇室詐欺」というのがあるが、光秀も名門・明智家と偽ることで周囲に威厳をちらつかせ、出世の足掛かりをつかんでいったのだろう。

また、若いころの光秀は、医師として身を立てていたという話がある。「米田文書」(個人蔵)という医学書に、光秀が語ったとされる高度な医学的知識が記述されているという。光秀が診療を行ったとか、誰かが光秀から治療を受けたという記録はないというから、本当に医者だったのかは疑わしいとの説もある。

今でもそうだが、たとえ正しい知識でなくても、専門家っぽく医学的なことを語れば、医学的知識を持ち合わせていない多くの人たちから羨望のまなざしで見られるものだ。そのためには医師である必要はない。

それでも光秀が豊富な医学的知識を持っていたとしたら、光秀は記憶力には長けていた人物だったということにはなる。従って光秀は名門ではないものの、下層というほどではない、そこそこの出自で、記憶力の良さなど、それなりの能力に秀でていた面を持つ人物だったと考えられる。さらに、そんな身分でかなりの出世したことを考えれば、相当な野心家だったのは間違いないだろう。

そんな人物に良心がなく、良心がないことをを隠すことができたとしたら、いったいその人物はどんな人間になるだろうか。

出世のためなら平気で人を騙す。しかし演技がうまく、いかにも権威がありその道の大家のように見せることができるので、騙された人もその周りの人たちも騙されているとは気づかない。光秀の周囲ではそんなことが起こってきた。

故郷を離れ本性を知らない人たちの中で出世

心理セラピストのマーサ スタウト氏によれば、

「サイコパスのカリスマ性」は、…最初のうちは相手をおそれ入らせるが、よく知るにつれて、人はうさん臭さを感じたり、

するようになる。

生まれ育った美濃で光秀は、家族や近親者から頭はいいけど嘘つきと見られていた。何となく魅力的ではあるけれど、小さい時から光秀を知る者は、何かうさん臭さを感じていた。

しかし故郷の美濃を出た光秀は、彼の本当の素性も本性も知りえない人たちばかりの越前国で、名門明智家を名乗り、備え持った能力を活かして、見せかけの権威をさりげなく見せつけながら、周囲の有力者にうまく取り入り、名門家の朝倉義景に仕えるようになっっていった。

ただ、光秀が、

朝倉側の史料に特に名前がでてこないところをみると、誰か親戚縁者の"預かりの立場"ないし食客だったと考えられる。いずれにしても、貫高が記録されていないため、朝倉家中では役職などはなかったと考えるのが妥当ということになる(Wikipedia)

もっとも光秀が本当に朝倉家に仕えていたかは疑わしいが、たとえ仕えていたしても低い役職であったということだ。

その後、光秀は足利義昭の家臣である細川藤孝と出会ったとされる。藤孝は光秀の盟友とされているが、教養があり武将としての能力に長け、誠実で義に厚い性格だったとされる。藤孝はサイコパス光秀にとって騙しやすく利用価値のある人物だった。

サイコパスは私たちが彼らを知っている以上に、私たちをよく知っている。私たちは相手に良心がないことをなかなか見抜けないが、良心を欠いた人間はだれが善良でだまされやすいか、即座に見分ける。(『良心を持たない人たち』)

サイコパス特有のこうした特性によって光秀は、善良で人望のある藤孝に寄り添い、出世の道を探ることができたのである。

◆ 続く

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