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ショートショート『朝日』

SS『朝日』本文

「朝日は僕を救ってくれたんだ」

 夜明けまであと数分というタイミングで、彼は微笑んだ。
 開いた口から微かに白い息が散る。追いかけるようにして言葉が続いた。

「少しずつ闇を払い、世界を彩ってくれる存在に、僕は確かに背中を押されたんだよ」
「そういうもの……なのかなぁ?」

 彼の話を聞いた私の、素直な感想だった。
 彼の言葉はときどきロマンチックで、上手に理解してあげられなかった。

「サツキも、いつかわかるようになるよ。朝日にはそれぐらいの力があるんだって」

 次第に明けゆく彼方へ向けて、彼はカメラを構えた。
 手を伸ばせば触れられる距離なのに、彼の後ろ姿はひどく遠くにある。
 行かないで。連れていって。そばに居させて。
 そう口にできないのは、勇気がないからじゃない。なんて、いつの間にか言い訳が思いやりの皮を被っていた。
 そんな自分がキライ。いくじなし。

「何事も、ものは試し。せっかく良いもの持ってるんだから、撮ってみなよ」

 彼に言われて、私は手元の一眼レフへ目を落とす。
 思えば、今この時みたいな瞬間を夢見て、この重みを抱く決意をしたのだろう。
 でも、彼のものに比べればまだまだ軽い。彼が構えているのはカメラの形をした別のものだから。
 きっとそれが近くて遠い距離の理由なんだと、容赦なく突きつけられる。

「本当に、いつかわかるようになれるかな?」
「なれるよ」

 私の問いに、なんのためらいも迷いもなく、彼は答えてくれた。

 ――カメラって、私でも使えるようになれるかな?
 ――なれるよ。

 いつだったか彼の言ってくれた迷いない言葉が、唐突に蘇る。
 彼はどんな時もまっすぐだった。一途だった。根拠も保証もないのに、彼はなに一つ迷うことなく目の前の道を歩んでいく。
 私は、彼の後ろを追いかける単純な行為でさえ、何度も迷ったというのに。
 けれど、迷いながらでも追いかけてきたおかげで、こうして一緒に夜明けを迎えようとしている。
 そのことだけは、自分に「がんばったね」とエールを送ってあげたい。

「一足先に、僕は行くよ。サツキ……待ってるからね」

 彼は言った。ひとりだけ、夜が明けたような笑顔で。
 ああ、そうか。そうだったんだ。
 唐突に理解した瞬間、私はカメラを構えた。昇り始めた朝日をファインダーに収める。
 調整しても全然合わないピント。その理由が私自身にあることは気づいている。それでもシャッターを切る。何度も、何度も。
 そうすれば、今の酷い顔を見られずにすむと思ったから。

 季節が巡っても、私は相変わらず彼のあとを追いかけ続けていた。それでいいのだと思うようになっていた。この道を迷わず進めば、またいつか彼に巡り会うことができるから。
 だからさよならは言わなかった。待っていてくれるのなら、必要ないと思ったから。
 代わりに私は朝日を撮り続け、何度も彼に送りつけている。彼が音を上げるまで、止めてあげるつもりはない。
 月がいつだって太陽を追いかけているように、私も追いかけ続けてみせる。
 追いついたところで、また離されるかもしれない。けれど追いかけずにはいられない。

 彼こそまさに、私にとっての朝日だから。 


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本文:落合祐輔
イラスト:くじょう様(Twitter:https://twitter.com/kujyoo11


あとがき

 ポートフォリオ代わりの投稿第二弾!
 ショートショート『朝日』。いかがだったでしょうか?
 お読みいただき、ありがとうございました。

 こちらは、既にサービスの終了してしまった小説投稿サイト『L-boom』というサービス上の、「イラストレーターさんのイラストを着想元にSSを作る」という企画の中で作ったショートショートです。

 イラストを描かれたのは、イラストレーター・くじょうさん。
 ステキなイラストの掲載許諾をありがとうございます!

(Twittew:https://twitter.com/kujyoo11

 こちらのイラストを拝見したとき、冬の夜明け明け方を思わせる全体的な淡い色合いと、どこか哀愁を感じさせる構図、そしてカメラというアイテムから、
『片思い相手の影響で一眼レフを持ち始めた少女の、届かずとも一途な想い』
 というネタがフッと浮かびました。

 そのあとは、片思い相手を太陽に見立て、二人の距離感を月と太陽に準えたうえで、「朝日」つまり「夜明け」が女の子の心境のメタファーになるよう組み立ててみた…………つもりです。
 ふだん、出版書籍の特典ぐらいしかSSを執筆する機会がない中で、我ながらよく出来ている方だと思っていたり。
 自画自賛、大事。

 イラストも本当にステキなんです!
 センチメンタルを擽る雰囲気もさることながら、朝焼け前の白み始めた空の色と空気感の描写が、解像度高いなぁと……!
 このようなステキなイラストを元にお話を作らせてもらえたこと、とても光栄です。

 なにより、こういった作品を書くのは良い機会でしたし、楽しかった!
 機会があればまた、イラストを元に執筆っていうのもやってみたいですね。

 お読みいただいた読者様も、楽しめた作品になっていましたら幸いです。

 ではまた!

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