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ショートショート『三人旅』

SS『三人旅』本文

 山間のオフロードを一台の小型車が駆け抜けた。
 トナカイの鼻のような赤色は、豪快に土ぼこりを巻き上げる。油ぎれのサスペンションはちょっとの石を踏むだけでも軋み、そのたびに車内のあらゆる物が一瞬だけ浮いた。

「いぇ~いっ! 飛ばせ飛ばせ飛ばせ~!」

 サンルーフから身を乗り出している少女は、風を全身に浴びて楽しげだった。

「スーザン! そんなとこ立ってると舌噛むよ!」
「大丈夫大丈夫! アニーの運転信じてるし!」
「私の腕じゃどうにもならないレベルのポンコツ運転してんのよ、こっちは!」

 ハンドルを握りしめながら、アニーは目の前の流れる景色に集中する。スピードメーターはいちいち見ていない。気にする必要もないのだ。今求められているのは、とにかくトップスピードで目的地を目指すことのみだったから。

「今年の現場がこんな山奥の僻地だなんて……。だいたい山道わかりにくいのよ!」
「まあまあいいじゃ~ん♪ たまには寄り道ぐらいしたってさ。道に迷うのも旅の醍醐味だよ」
「おかげで時間ギリギリなの! 悠長にしてらんないのよ! 楽しむ余裕なんてないんだから!」
「でも山道なんて普段走らないし、あたしは新鮮で楽しいよ? 眺めも最高だし!」
「そりゃ普通こんなポンコツじゃ走んないわよ、山道なんか! どう考えても4WD必須でしょ! だいたいあんたは運転なんかしないからわからな――」

 ガクンッ! 景色が激しく上下に揺れた。
 アニーの口の中に仄かな鉄の味が滲む。

「――ったーい! なんで私が舌噛むのよぉ!」
「だってアニーってば、ずーっと喋ってるんだもん。そりゃ噛むよ」
「間違ってないけどなんか腹立つ~!」

 とはいえ、文句を言ったところで目的地までの距離は縮まらない。
 自分のことなんて、もうこの際どうでもいい。今は明らかに積載量オーバーなポンコツが、目的地到着前に壊れないことを祈るばかりだ。
 と、助手席のシートに丸まっていた厚着の女性が身じろぐ。

「アニー、さっきからうるさい。あと、運転荒い。目が覚めちゃった……」
「むしろビアンカはよく眠れるよねぇ、こんなデコボコ道で!」

 ビアンカは寝ぼけ眼を擦りながらモソモソと答える。

「ウチの本番、夜だし。今は充電中で、寝るのが仕事。つまりどんな状況でも、きちんと最高の仕事をこなしているウチ、キャリアウーマ……ぐぅ」
「屁理屈言ってるそばから寝てるし~!」

 スーザンもビアンカも、自分の世界を持っているのはいい。だがとにかく自由人過ぎる。アニーは常々そう感じていた。そんなんだから自分は、自然とふたりのまとめ役を担うハメになるのだ、と文句も言ってやりたい。
 だがまとめ役がいなければこのチームは一生職務を全うできないだろうし、ふたりともやらない(正確にはできない)。なら私がやるしかないじゃない……などと思っているうちに、気づけば運転手も兼任である。
 せめて『自分は面倒見のいい性格なのだ』と胸を張れれば気も楽になるのだろう。けれどこうしてアクシデントに何度も直面すると、つくづく損な役回りだとため息をつきたくなるアニーだった。

「おやおや~? 前方にY字路はっけ~ん! どうするアニー?」
「どうもこうも、どちらか正しい道を選ぶしかないでしょうよ。ちょっとビアンカ! 起きて! 地図見て地図!」
「え~? ……そもそも現在地が不明」
「寝てたからでしょうが! 今この辺!」
「ん~…………じゃあたぶん右?」
「たぶんじゃダメなのよっ!」

 そんなやり取りをしている間にも分かれ道は近づいてくる。今はいちいち停車している時間すら惜しい。ビアンカの言葉を信じて右にハンドルを切る。

「お? アニー、朗報。今のY字路がちょうど中間地点ぽい」

 ビアンカの言葉に、パッと笑顔を咲かせたアニー。

「ほんと? よかった~。ようやく終わりが見えてきた感じだね!」
「あとはもうずっと道なりっぽいよ…………二百五十キロほど」
「ウソでしょ!?」

 一気に現実に引き戻されたアニーは、そんな悲鳴じみた声を上げた。

「今のスピード維持しても……ざっくりあと三時間以上!? やっぱりギリギリじゃないのよ~!」

 夜の帳が降り切る前には現場である集落に到着し、各家の形状や煙突の場所、サイズ感などを下調べしなくてはならない。その時間も考慮すると、このままのペースでの現地到着は職務に支障を来す恐れがあるのだ。

「ねえねえアニー。もっとスピード出せばいいんじゃない?」

 スーザンがサンルーフの上から車内を覗き込む。

「軽く言ってくれるわね……。これでもアクセルべた踏み。荷物が多すぎなの。だから山道はいやなのよ~。どう考えたってこの車は都市向きでしょうに」

 アニーがため息混じりに答えると、スーザンは「そっかそっか~」となにかを納得したようだ。そして直後、ゴソゴソとなにかを探し始める。
 アニーはバックミラーから様子をうかがう。

「ねえスーザン? なにしてるのかな?」
「荷物が多くてスピード出ないんでしょ? ……なら捨てよう!」
「バカなの? ねえバカなの!?」

 積んでいる荷物はひとつ残らず、誰かの手に届けなくてはならないものだ。それも、今夜というか明日の朝を心待ちにしている人達の、祈りの結晶。
 それを捨てるだなんて言語道断も甚だしいのだが……。

「ちっがうよ~。捨てるのはカードの方。最悪、これはなくったって構わないでしょ?」
「構うよ! メッセージだって立派なプレゼントなんだから! しまってしまって!」
「あたしが直で相手に伝えてあげるから大丈夫! それも最高のプレゼントでしょ」
「いやいや、あんたが出てきて伝える理由がわからないしむしろ出る幕なんてない――って、わああっ!」

 アニーの説得も効果はなく、スーザンはサンルーフから身を乗り出した。カードがたんまり収まっている麻袋の口を大きく開く。一枚また一枚と風がメッセージカードをさらい、飛行機雲のように尾を作っていった。

「あはは! すごいすごーい! どんどん飛んでく~!」

 子供のようにはしゃぐスーザン。だがアニーは真っ青だ。

「ああ、もう! これ絶対始末書書かされるじゃない! ビアンカ、あんたも寝てないでやめさせてよ!」
「…………ぐぅぐぅ」
「狸寝入りするなー!」

 アニーの虚しい叫びと共に、三人を乗せた車はひた走る。
 願いと奇跡を待ち焦がれている人々の元へと。

 終着点である年に一度の聖夜まで、あともう少し――。


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本文:落合祐輔
イラスト:くじょう様(Twitter:https://twitter.com/kujyoo11


あとがき

 ポートフォリオ代わりの投稿第三弾!
 ショートショート『三人旅』。いかがだったでしょうか?
 お読みいただき、ありがとうございます!

 こちらは、前回の『朝日』同様、既にサービスの終了してしまった小説投稿サイト『L-boom』というサービス上の、「イラストレーターさんのイラストを着想元にSSを作る」という企画の中で作ったショートショートです。

 イラストを描かれたのは、『朝日』と同じくイラストレーター・くじょうさん。
 ステキなイラストの掲載許諾をありがとうございます!

(Twittew:https://twitter.com/kujyoo11

 こちらの、赤色と疾走感が特徴的なイラストを拝見したとき、クリスマスが題材になることは確定だな……と感じました。
 赤鼻のトナカイの運転手助手席の気怠そうなサンタ。その表情から、運転手のトナカイが真剣且つ焦りを滲ませていること、サンタがのんびり構えていることは一目瞭然ですよね。
 本当に良い表情しているなぁと思います。
 なので、すぐにキャラが脳内で暴れてくれたのを覚えてます。

 問題は金髪の子。
 サンタとトナカイとくれば、この子は何の役目を担うんだろう……と悩みましたが、悩んだ末に「よくわからないけどサンタ一行に馴染んでるムードメーカ的自由人ってことでいっか!」と、半ば諦めによって生まれました。
 逆にそういった役目を持たせたことで、トナカイ=アニーの苦労人ぷりが際立ち、ドタバタ劇としてもメリハリが付いたなと思います。

 諦め、大事

 ちなみに「あとはもうずっと道なりっぽいよ…………二百五十キロほど」「ウソでしょ!?」のくだりは実体験です。

 あれは友人とイベントに出かけた帰り。
 徳島からずっと運転して、ようやく東名高速道路に差し掛かり、東京への旅路の終わりが見えてきたときのこと……(以下割愛)。
 知ってます? 東名高速って340㎞ほどもあるんですよ?
 東京も圏内だと思わせといてまだ走らせるんです。鬼畜過ぎでは……?

 そんな経験や、口にした言葉、やりとりが、こうして作品の糧になる。
 そう思うと、作家は日々の生活が常にネタなんだなぁと思ったり。

 ともあれ、こんなステキなイラストからお話を膨らませる機会をいただけたのは、本当に楽しかったです!
 お読みいただいた読者様にも、楽しんでもらえていれば幸いです。

 ではまた!

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