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ほぼ毎日エッセイDay14「Off The Wall/第四の壁/宇宙の端っこ」

「結局、自分は物語の主人公にはなれへん」
線形代数学の教室の隅の方で友人は嘆いた。何かしら、クラスの方向性や雰囲気を担っている中心的なグループの方を見ながら。僕なんかは、結局それは主人公色の強い他人の物語に依存していて、あるいは自己愛の強い傲慢な生き方なんじゃないかと密かに思った。とは言え、彼は彼なりに努力はしていた。自ら中心的なグループに近づき、その一部になろうとし、そのグループの求心力を掴みとろうとしていた。他人の僕にはそれは結局どこまでも他人の物語の風景でしかなかったのだけれど。

「なあ、この宇宙がまるで大きなプラネタリウムだとするよ? プラネタリウムの外側に観測者がいて、壮大な観測実験を行っているんだよ。核融合も重力操作も生命複製も極めた超高度な科学文明を持つその観測者にとっても、自身の住む宇宙のありし姿、すすむ姿は未知な部分が多かった。だから疑似的な宇宙を作り出し、中の生命の躍動を観測しているんだよ。僕らの住むこの宇宙には端っこがきっとあって壁もある。とにかく、自分たちが観測対象というのは、なんだかオチの決まっていない物語の登場人物にでもなったような気分じゃないか?」

うまく伝わらない。

「第四の壁ってわかるかい? 演者とオーディエンスの間にある見えない壁のことだよ。現実と虚構との間に存在する概念上の壁。そういう壁、壊していけばいいじゃない。オーディエンスに訴えかけて視点を変えさせればいいじゃない。ええと、デッドプールって知ってる? そう、そうあんな感じさ。君が世界のホストさ」
友人はしばらく考え込み、「見えない壁に向かっていきなり『監督、自分は好き放題やっちゃいます。演出とBGMは任したよ』なんて呟いてたら、ちょっと周りもびっくりしちゃうよ」と言った。
そりゃそうだ、と僕は片方の眉を上げて言った。
「なんとなく、パントマイマーってすごいよな」と彼は目の前の見えない壁に手を触れながら呟いた。

そう、その勢いだ。だから、もうひとつ。
「1979年、マイケル・ジャクソンは5作目のアルバム『Off The Wall』をリリースした。この作品がどういう立ち位置のアルバムかっていうと、マイケル自身が制作の主導権を握り始めた、マイケルがその後マイケルたりえるための重要な作品なんだ。これがあって『Thriller』も『BAD』もあるんだよ。ABCを兄弟グループの中で歌っていた少年が、大人になってセルフ・コントロールの舵をとり、その才覚で世界を席巻していくターニング・アルバムなんだ。壁を乗り越えて、自分のペンで自分の物語を紡いでいくしかないんだよ。なんとかね

So tonight gotta leave
that nine to five upon the shelf
And just enjoy yourself
Groove,
let the madness in the music get to you
Life ain't so bad at all
If you live it off the wall


友人は机に両肘を立てて寄りかかり、指を組んだ両手を口元に持ってきて、ふうむ、と鼻を鳴らした。
いや、そんななにもかもゼーレのシナリオ通りというのなら、僕はもう何も言うまい。

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