学部長の教科書③ 学部長のリーダーシップとマネジメントのフレームワーク

私が学部長を引き受けた理由

今から 15年前に、38歳で法学部長を引き受けた私は、多くの人から「なぜ学部長を引き受けたの?」と尋ねられました。「学部長なんか引き受けたりしたら、今までやってたことができなくなるよ。それでもいいの?」と。

その頃の私は、大学教育を変えたいというもやもやとした気持ちを持っていました。当時、私は、地元商店街で地域連携型授業に取り組んでいました。目の前にいる学生は驚くほど成長していました。「学生の成長は教育次第」だという考え方は、当時の学生と様々な活動を行う中で自分の信念となるくらいにまで大きくなっていたのです。

「教育を変えることで学生がもっと伸びる環境を作りたい」という思いは、無謀にも学部長を引き受けた一番の原動力だったと言えます。偏差値に関係なく、学生をしっかり伸ばす教育ができれば、大学は生き残れるのではないかという気持ちもありました。

ただし、当時の私は大学の役職者としての経験もスキルも何もありませんでした。学部のリーダーとして他の教員が信頼してくれる要素は持っていませんでした。かろうじて教育改革への強い思いが自分の中にあったことで、未熟な学部長の改革を支えてくれる教職員が少しずつ増えていったように思います。当時、一緒に仕事をしてくれたり、陰に陽に支えてくれた同僚たち職員の人たちには本当に感謝しています。

学部を変革する学部長が求められている

現在では、大学を取り巻く状況は厳しさを増しています。定員割れが進む大学や学部はこれから増加していくことは間違いありません。多くの大学(私が念頭に置いているのは主に地方にある小規模私立大学です)では、このままでは生き残れないと考えているはずです。

さらに言えば、一つ一つの学部の生き残りはもっと困難です。定員割れが進む学部があれば、大学は体力のあるうちに改組の対象とするでしょう。これまで安泰だった大学でも学生の多様化は急激に進んでおり、今までと同じ教育が通用しなくなる日はもうそこまできています。

そんな時代の学部長に求められていることは、大きく言えば、大学の改革ビジョンのもとで、「学部の競争力を高める」ことと、「学部の教育の質を向上する」ことの2つです。入学者を確保すると同時に、AIやDX化が急速に進んでいる社会や多様化が進む学生に対応する教育プログラムを構築していく必要があります。いまや学部長は、平穏無事に前例踏襲でよいという考え方ではつとまらないでしょう。学部の変革を起こす学部長が求められているのです。

あなたはなぜ学部長を引き受けたのか

学部の教育改革とは、結局のところ、権限の弱い学部長に対して、どれだけの教員や職員、さらには学生等に賛同してもらい、一緒に動いてもらえるか、改革を支えてもらえるかが成否の鍵を握ります。

そんな時代の学部長には、まず、「この学部をなんとか変えたい」とか「より学生が成長する仕組みを作りたい」といった思いが求められます。経験は浅くとも、変革への情熱を持っていることが、学部長としてのリーダーシップの第一条件だと私は考えています。

そこで、まず自分の中に、「なぜ学部長を引き受けたのか?」「学部長になって自分は何をしたいのか?」という問いを投げかけ、モチベーションの源泉を確認しましょう。その答えに大義があれば、あなたは学部長としての一歩をすでに踏み出していると言えると思います。

桃太郎も「鬼ヶ島に鬼退治に行く」と自分で決めた瞬間にリーダーとしての一歩を踏み出したのだと、昔読んだ本に書いてありました(野田智義・金井壽宏(2007)『リーダーシップの旅 見えないものを見る』光文社新書)。イヌやサルやキジは吉備団子という報酬よりも桃太郎の大義に賛同してついていったのです。もちろん成功報酬への期待もあったでしょうけれども。

コッターの「リーダーシップ論」をもとに考える

しかし、個人的な思いだけで学部長職はつとまりません。私も最初の頃は自分の思いだけが空回りしていました。そのためかなり時間を空費したと反省しています。そういう失敗をせず、学部長として学部を変革していくためには、2つのスキルを意識的に身につける必要があります。それは、リーダーシップとマネジメントです。

リーダーシップは生まれ持った才能や個性なのか、経験や学習を通じて伸びるスキルなのかということには諸説あります。またリーダーシップはリーダー個人のものなのか関係性の問題なのかという議論もあります。リーダーシップに関する研究は、経営学でも心理学でも政治学でも、実践面でも研究面でも、膨大な知見が蓄積されています。しかし、ここでは、こうした論争に踏み込むことはなく、ビジネス書として名高いジョン・コッターの『リーダーシップ論』のフレームワークをもとに学部改革のシナリオを提示していきたいと思います(『リーダーシップ論第2版』日本経済新聞社, 2012年)。

ジョン・コッターはハーバード・ビジネス・スクールで34歳の若さで正教授に就任し、以来リーダーシップ教育の第一人者と言われてきた人です。この本は、大学や学部改革を実際に担ううえで、非常に参考になるフレームワークだと私は思います。

コッターはリーダーシップを「変革を成し遂げる能力」とし、マネジメントを「複雑な状況にうまく対応すること」と捉えています。さらには、「リーダーシップとマネジメントは補完関係にある」と述べています。ただし、「変革に求められる最大の原動力はリーダーシップであり、マネジメントではない」と断言しています。両者の違いをまとめた表を紹介します。

大学リーダーシップについて

この表からわかるように、リーダーシップとは、「複雑な人間関係のヨコのネットワーク」を活用して、「方向性の設定」「人心の統合」「動機づけ」等に関わることを意味します。それに対してマネジメントは、「階層と縦のネットワーク」を活用して「計画と予算の策定」「組織編成と人員配置」「統制と問題解決」に取り組むことです。

大学や学部改革において、この2つの区別は大変示唆的です。

学部長は部門長であるので、学部改革は、学長のリーダーシップのもとで策定された全学ビジョンにもとづく必要があります。ただし、学部独自のビジョンや戦略が不要だということではありません。学部の分野によって生き残り方策は異なります。学位プログラム単位のビジョンや戦略は、学部長が策定しなければならないのです

続いて、コッターのいう「社員」とは、大学においては、「教員」に相当すると思いがちです。しかし、大学のような非営利組織の場合、ビジョンの理解は、教員だけでなく、学生や保護者、高校教員や地域関係者といったステイクホルダー全般に関わってきます。学部単位の広報活動や社会に対する説明責任が重要になってくるのは、この点に理由があります。

さらに、コッターの説明で興味深いのは、リーダーシップは「インフォーマルな人間関係に依存する」という点です。そのためには、「いかにコミュニケーションを取るか」、いかに「信用を獲得するか、みんなにメッセージを信じてもらえるか」が重要になると述べています(52-53頁)。特に、「変化の絶えない世界では、(中略)指揮系統の外側にいる人間も重要になってくる。また組織図上に表れないものや、企業文化のように目に見えないものも重要性が増してくる」(23頁)という指摘は、大学関係者であれば、「他学部や他部署との非公式ネットワーク」「学生との協働」「教職協働」「地域とのパートナーシップ」等のことを指すと連想することでしょう。

教学マネジメントについて

他方、マネジメントの「複雑な環境に適応し、組織の公式の階層を通じてシステムを動かし続ける」こととは、まさに「教学マネジメント」のことを言い表していると解釈できます。「強力なリーダーシップがあっても、マネジメントに欠ければ組織を大混乱に陥れる危険性がある」(19頁)と指摘されている通り、学部長は、リーダーシップを発揮するだけでなく、学位プログラム単位での教学マネジメント体制を構築することが求められています。

ただし、リーダーシップとマネジメントを混同し、リーダーシップが求められることにマネジメントを当てはめてはいけないと警告しています。組織変革を成功させるために必要なことはリーダーシップであり、マネジメントではないとコッターは述べています。そこで、この連載でも教学マネジメントを扱う前に、「学部を変革する学部長のリーダーシップ」を説明していくことにしましょう。

「学部変革の8段階」とは?

コッター教授は、変革プロセスには以下の8つの段階が必要だと述べています。コッターのリーダーシップ論の中で最も有名な箇所です。

① 緊急課題であるという認識の徹底
② 強力な推進チームの結成.
③ ビジョンの策定
④ ビジョンの伝達
⑤ 社員のビジョン実現へのサポート
⑥ 短期的成果を上げるための計画策定:実行
⑦ 改善成果の定着とさらなる変革の実現
⑧ 新しいアプローチを根づかせる

前掲79頁

この内容を学部改革の文脈に言い換えると、次のように表現できるのではないでしょうか。

① 学部改革が緊急かつ重要であることを理解し、その思いを学部全体に広げる。
② 改革の思いに賛同してくれる人たちとチームをつくり、チーム一体となって改革に取り組む。
③ (全学の教育改革ビジョンのもとで)学部が向かう方向性(ビジョンやミッション)と学部が生き残るための戦略を策定する。
④ 学部の教育ミッションをステイクホルダーに伝える。改革チームの実際の取組みを通じて具体的な方策を示す。
⑤ 教育改革を進めるうえで、教員の協働体制・相互支援体制をつくる。協働体制を阻害する要因を除去し、ビジョンやミッションに合わない制度や組織を変更する。
⑥ まずは初年次教育改革等で退学率低下や満足度向上などの目に見える短期的な成果を出し、教員やステイクホルダーの支持を得る。成果を出した教員等へのインセンティブ制度を作る。
⑦ 成果をもとに、カリキュラム改革などのより根本的な改革に手を付ける。改革を実現できる教員の育成や、改革の方向性に合致した新規教員の採用を進める。
⑧ 教育改善のPDCAサイクルを制度化し、組織文化として定着させる。次のリーダーに引き継ぐ。

(筆者作成)

コッター教授は、この変革プロセスの段階を1つでも省略してはいけないと警告しています。途中を省略すると「改革をスピードアップできた」と錯覚することがあるが、決して満足のいく成果を挙げられないというのです。

自分自身、振り返ってみると、前任校での学部長経験の中では、①・②と、③・④の間にはかなりタイムラグがありました。就任直後から何人かの教員の改革チームに支えられてはいたものの、どこに向かうべきかを明確にできていなかったため、学部としての改革はほとんど進まなかったように思えます。その後、学外の様々な人々との出会いがあり、改革の方向性は次第に明確になっていきました。改革が進んだのはそこからです。続いて、現任校では、不十分ながら確かにこのプロセスを踏んで改革を進めていきました。ただし、⑧は実現できたとは思えません。教学マネジメント体制の構築は不十分のまま終わったとしか言いようがありません。

そして、コッター教授は次のような恐ろしいことを言っています。

「どの段階であっても致命的なミスを犯してしまうと、変革運動はその勢いが削がれる。これまでの成果は台無しとなり、決定的なダメージを被りかねない。ビジネス史において企業変革の経験は十分に蓄積されていないためか、非常に有能な人物であっても少なくとも1回は大きなミスを犯してしまう」

(78頁)

私はいったいこれまで何回致命的なミスをしたでしょうか? 心配になってきました。もちろん致命的なミスではなくとも、後から考えてこうすればよかったというミスは山ほどあります。そこで、次回以降は、それぞれのプロセスで学部長が「致命的なミスを犯さない」ためにも、私の失敗経験を含めて、8段階について、学部長がどのように取り組んでいけばよいかについて説明していくことにします。

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