【書籍・資料・文献】『渋沢栄一』(岩波新書)島田昌和

偽造防止技術の向上が紙幣界の女性進出を促進させた?

 長らく福澤諭吉が顔を務めてきた一万円札の改刷が発表された。新札の顔は、1万円札が渋沢栄一、5000円札が津田梅子、1000円札が北里柴三郎だから、次のF券は民間人から起用が占めたということになる。

 紙幣の顔になる人物は、昭和まで政治家が多くを占め、平成に入ってようやく女性が登場する。女性の登場は社会的な流れではあるが、偽札防止という観点からすると起用が難しい面があった。紙幣の肖像に起用される人物の多くは、ヒゲをたくわえている。

 これは、主に昔の偉人がヒゲをたくわえる風習があったことによるものだが、意外にもヒゲは細密に描かれる。ヒゲを再現するには、精巧な技術を必要とする。そのため、ヒゲのない女性は紙幣の顔として起用しにくかった。

 もうひとつ、女性の起用を阻んでいた理由は、歴史上の有名な人物には比較的に若い女性が多いという点が挙げられる。5000円札の樋口一葉は20代で死去。そのため、顔には皴がなく、これが偽造を容易するのではないかと心配された。

 肖像に彫り込まれる技術による偽造防止が大きな効果を発揮していたのは事実だが、近年ではインクをはじめ偽造防止技術が格段に向上している。技術の進化が、紙幣に女性の起用を増やしたという背景がある。

 個人的には、津田梅子よりも詩人の金子みすゞの方が、樋口一葉に連なる系譜かなと思う。そうした個人的な考えはひとまずおくとして、津田梅子も現在よりも男尊女卑が強い明治期において活躍した偉人であることは間違いない。実績や知名度も、金子みすゞに劣るものではない。

 長らく1万円札の顔だった聖徳太子から福沢諭吉へと交代したのは、1984年。2004年からE券の発行が始まった。D券からE券への移行では、一万円札の福沢諭吉だけが続投。5000円札は新渡戸稲造から樋口一葉に、1000円札は夏目漱石から野口英世へと交代した。

 このとき、1万円札も福沢諭吉から渋沢栄一へと交代するとの観測も流れたが、そのまま続投。一万円札だけ続投した表向きの理由は、「1万円札には高度な偽札技術が盛り込まれており、偽造される心配がない」とか「1万円札は高額紙幣なので、改刷による回収で大きな混乱が起きる」などといったものがあった。どれも、説得力には乏しい。

 福沢諭吉続投の裏の理由は、改刷を決定した小泉純一郎総理大臣や塩川団十郎財務大臣が福澤創設の慶應義塾大学出身だからというもの。むしろ、こちらの方が、しっくりとくる。

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