肉じゃが

【第2話】肉じゃがが熱すぎて嫁に行けない説。

今日は、我が家の理不尽さについて書こうと思う。当時は親の理不尽さに怒り、悲しんだ。

 「なんで、こんな事言われんのやろ…」

でも、今になればネタのようなエピソードもいくつかある。タイトルにある「肉じゃがが暑すぎて嫁に行けない説」は、特に理不尽極まりないと思う。

登場人物紹介はコチラ→『バッタモン家族』

*読む時のお願い*

このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*

このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。


ある晴れた日の午後、家には私と父だけがいた。専業主婦の母は、おばあちゃんのお見舞いに行っていて不在だった。車好きな父は、朝からせっせと車を磨く。私は仕事が休みで、自室で好きな海外ドラマを見ていた。

  「おーい!Mai」

と、外から父に呼ばれた。声が穏やかで、機嫌が良さそう。いつもは怒声で呼ばれるため安心して、父の元へ向かう。

 「何?どないしたん?」
 「昼メシ、どないする?」

昼ごはん。そういえば、母に「昨日の肉じゃがあるから、お父さんと食べてな!」と言われてたのを思い出す。

 「お母さんが、昨日の肉じゃが置いてくれてんで。それ食べる?」
 「そうか。ほな、それ食おう。準備してきてくれ」
 「わかった」

今日の父は、人が変わったように機嫌がいい。なんでやろ。と考えながら、肉じゃがを温める。

普段、我が家の台所は母のテリトリーだ。彼女は潔癖症な面もあり、テリトリーを汚されるのを嫌う。基本的に料理は全て母任せ。母が不在の台所は静かで、落ち着かない。

慣れない手つきで、自分と父の分の昼ごはんを準備する。母の料理は、栄養満点の手作りで、全て美味しい。私は恥ずかしながら、高校を出るまではカップ麺しか作れなかったし、料理は得意な方ではない。

 グツグツ…

肉じゃがは充分温めた。ご飯を茶碗に入れて、あとは机に並べるだけ。そうしてるうちに車を洗い終えた父が、家に入ってきた。

 「お!いい匂いしてるな!」
 「うん!もう後は机に並べるだけやで。」

笑顔の父を見るとホッとする。父は機嫌がいいと、本当に優しくて、一緒にいると楽しいのだ。いそいそと皿を机に並べて、父と向かい合わせで座る。

 「いただきます」

肉じゃがを口に運ぶ父の様子を目の端に留めながら感じる違和感…しまった!!!!忘れてた!!!!!…父は人肌よりも熱いものが苦手な極度の猫舌なのだ。

私は内心、ヒヤヒヤしながら父の様子を見守る。どうか奇跡的に適度な温度に冷めてますように。

 「おい…」

私を睨みつける父。さっきまでの機嫌の良さは一体この一瞬でどこに行ってしまったのか。押し黙る私。

 「肉じゃが、アホみたいに熱いやんけ!」
 「…ごめん。冷まして食べて」

ガチャン!と、箸を乱暴に机に叩きつける父。

 「アホか!こんなもん食えるか!!今すぐ冷ましてこい!」

”今すぐ”は…無理やろ。待てば食べられるやん。まるで肉じゃがにゴギブリでも入ってたかのように怒鳴る。

父が怒る時の速さは尋常ではない。まさに秒速、肉じゃがに火が通るよりも何十倍も早く、沸点までぶち上がる。そして、一度スイッチが入るともう止まらない。

 「お前は、肉じゃがも適温にできひんのか!」

それは、個人差あるやん?肉じゃが熱いだけで、そこまで怒る?てか、肉じゃが冷ます時間稼ぎにキレてんの?

 「お前は料理もできひん、まともに肉じゃがも温められへん!お前みたいな女は!誰も嫁にもらってくれへんわ!!!!!」

プッチーーーーン!!


この瞬間怒り沸騰機の娘である私だって、そこまで言われて黙っているわけがない。バン!と私は机に手をつき、立ち上がる。

 「まって、まって。私、ごめんて言うたやん!てか、肉じゃがは熱けりゃ冷ませば食えるやんけ!そんな、1回まともに肉じゃが温めれらへんだけで嫁にもらってくれへんって言い方は無くない?!ふざけんなや!」 

 「黙れ!女のくせにお前はホンマに生意気や!そんな気の強さが男に嫌われるんや!料理くらい覚えろや!」

売り言葉に買い言葉。男尊女卑が激しい昔人間の父は、事あるごとに女性を見下す。この時だ。肉じゃがが熱すぎると嫁に行けない説が出来上がったのは。

 「料理できるけど、お母さんがするからせんだけやで!どうせ私が作っても文句言うくせに!」

ラチが明かないので、私は肉じゃがを食べずに自室へこもる。

怒りが収まってから肉じゃがを食べるために、再び父との戦場に出向く。戦いの後の机には、私の肉じゃがだけがポツン…とそのままの姿で置かれている。そこに父の姿はない。お皿もない。ホッとして肉じゃがを食べ、食後のお皿をシンクに持っていくと…

あれほど「熱い」と怒ってた父は肉じゃがをしっかりと完食している。食器は放置。

何が食えへんやねん。ちゃっかり完食やん。しかも食器洗えってことかよ。

また怒りを煮え返すのは嫌なので、黙って自分と父の分の食器を綺麗に洗った。ホッコリした日常から、肉じゃがのようにグツグツと父の怒りが煮えたぎった、何とも熱い午後。

ちなみに肉じゃがが熱くても、料理が得意じゃなくても、私を嫁にもらってくれる人はいた!毎日同じメニューでもいい、料理が熱くても冷たくても美味しいと言ってくれる人が、今の旦那さんだ。

というわけで、嫁に行けない説は覆されたのでした。


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