【黒歴史・心の闇ほじくり企画】オレとイジメ #3

【黒歴史・心の闇ほじくり企画】オレとイジメ
#1  https://note.mu/oharan/n/n2c971baface2
#2 https://note.mu/oharan/n/nbf83a439d8ae
#3 https://note.mu/oharan/n/n6ab01a362581

イジメに関する話題も今回で3回目。もっと短くまとめるつもりだったのに、いざ書き始めてみたら自分でも驚くほど負の感情が湧いて来てこのザマである。


イジメの後遺症

私にとって運が良かったのは、たまたま教師にイジメられただけで、同級生達は同情して庇ってくれた事である。これがあったお陰で、私は何とか人の道を踏み外す事にはならなかった。
仮にこれが同級生にイジメられて教師にも見放されたといったパターンだったとしたら、私の恨みつらみは自分以外の人間全てに向けられただろう。
イジメた人間が個人ならば、その個人を恨むだけで話は済むが、【イジメっ子+それ以外は全て傍観者】という図式だった場合、誰からも救いの手が差し伸べられなかった場合、恨みの対象を個人に絞れない。
したがって「自分以外みんな死ね」となる。いや、正しくは「自分含めて皆殺し」かもしれない。

さて、イジメられっ子としては運が良かったと言える私でも、それ相応の後遺症には苦しまされた。
まず第一に、学校という空間がトラウマになってしまい、せっかく(開成は無理だったものの)私立中学に合格したのに、まともに通う事が出来なかった。何故か朝起きて学校に行こうと思っても、突然体調が悪くなる、逃げたい以外の感情が湧かなくなる、無理やり電車に乗っても身体が震えて来る、それが毎日続いた。
電車に乗ったはいいけどどこに立てばいいのか分からない、どこを見ていればいいのか分からない、あの感覚をご理解頂けるだろうか。
私は今でこそよく電車を利用し、子供の手を引いて「電車乗るときはああだよこうだよ」なんてレクチャーしているが、小~中学生の頃はどこにどんな格好でどう立てばいいのか分からず震えたり固まったりしていた。
人間長く生きると色々と変われるものである。

これ以上はあまり言いたくはない話だが、最も精神状態が酷い時には部屋のごみ箱に小便を貯めてみるとか、ごみ箱を2つ用意して「こっちは小便用、こっちは大便用」とトイレとして使い、貯め込み、あまりの悪臭に片付けようとして母親が足を引っかけてぶちまけ、ウンコまみれの部屋の中でシクシク泣くというこの世の終わりのような状況になった事もある。後は夜中に全裸で家を飛び出して近所を全速力でダッシュして帰って来るとか。
これらは全て受験を目前に控えた小学6年生頃の黒歴史である、っていうか黒歴史とか言ってる場合じゃない。

この最悪の時期を乗り越えて中学に入ったものの、上で言ったように朝になると身体が動かなくなるといった症状が出てしまい、出席日数が足りなくてエスカレーター式の学校だったのに中学から高校に上がれないと通告され、休みの日に補習を受けまくって何とか高校に入れて貰えたものの、やはりほぼ不登校。結局そのまま退学する事になった。
すべてがAのせいとは言わないし、おそらく勉強ノイローゼ的なものの方が悪影響は大きく、その責任は親にあると思うのだが、Aによって受けた心の傷さえなければもう少しマシだった事は間違いない。親に強いられた猛勉強によって心をすり減らしていたところにトドメを刺してくれたのは明らかにAである。

また、私はいわゆる就職氷河期世代・ロスジェネ世代であり、学歴のない人間になどマトモな道がある訳がない。お陰で不良という訳でもないのに、どちらかというとおぼっちゃま育ちなのに、アンダーグラウンドな人生を歩む事が決定付けられてしまった。
小中学生の頃の躓きは一生を台無しにするのである。

こうした病み病み人生が落ち着き、人並みの生活が出来るようになったのは、おそらく30代も半ばを過ぎてからだ。実名で作品や書籍を世に出し、それがそれなりに評価して貰えたなんて経験をする内に自己肯定感が生まれ、「ようやく人間になれた」 のだと思う。
あまり理解されないかもしれないが、AV監督時代に作ったブルセラ凌辱AVですら、私にとっては自分を肯定できる大事な作品となった。作品が売れて褒めて貰えると何だって嬉しいし、次はもっと期待に応えようなんて気持ちになる。たかがAVですらそんな救済になってしまうほど自己肯定感の低い人間がこの世の中にはいるのである。

ただし、自分で言うのもなんだが、クリエイターとして面白い物が作れたのは明らかに病みMAXの20代の頃だった。”お心” が落ち着き、真っ当な人間になるにつれて、次第に自分から ”クリエイティブ” なアイデアが出て来なくなった。昔と今とどちらが幸せかと問われたら「今です」と即答できるが、正直心のどこかで寂しく感じている自分がいる。

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