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寝ている時に見る夢も、案外捨てたモンじゃない。

誰でもこういう種類の夢を見たことがあると思う。
これは、おばあちゃんが出てきた夢の話。
特におばあちゃん子だったのかどうかはわからないけれど、結構、おばあちゃんという存在に興味を持っていたのは確かだと思う。
お母さんとは違った匂いがして、ずっと、歳上のはずなのに、そんなにおっきくなくて、今のその年代の人よりも皺があって、よく笑ってた。

2歳くらいの時、おばあちゃんが作った、梅酒の瓶の蓋を閉め忘れていて、行儀の悪い私は、手を突っ込んで中の梅の実を食べてしまった。それも結構な量。軽い急性アルコール中毒みたいになって病院に連れて行かれた。その時、おばあちゃんが泣きながらお母さんに「ごめんね、私がちゃんと見てなかったから。」と何度も誤っていて、お母さんは「誰も悪くないですよ。もう、大丈夫ですよ。」と言って、ちっちゃいおばあちゃんの背中を撫でていた。

2歳の時の記憶があるのかと思われるかもしれないけれど、後から写真を見て上書きされ続けた記憶というわけでもなく、意外としっかりといろんなことを覚えている。
あの時、もう2度とおばあちゃんを困らせるようなことはしないと、ちっちゃい私は心に刻んだものだ。ごめんね、食べちゃって。

黄金虫 害虫に括られているけれど、いや、別に好き。

ちょっとご飯中の方がいたら申し訳ないが、その前にも事件があって、おばあちゃんと遊んでる時に、黄金虫を食べてしまったのだ。お庭から入ってきたキラキラと緑色に光るその虫を追っかけて、パクッと。おばあちゃんが慌てて飛んできて、「ペッしなさい!」と。あんなにおっきな声を出したおばあちゃんを見たことがなかったので、驚いて吐き出した。今思うと咀嚼してなくてよかった。黄金虫は何事もなかったように這っていった。
もしも記憶にあやふやな部分があるとしたら、パクついたのは「黄金虫」だったのか「カナブン」だったのかという所。
あの頃、おばあちゃんがいろんな歌を歌ってくれてて、その中に、「黄金虫は金持ちだ♪ 金蔵建てた、蔵建てた♪」みたいな、シュールな歌詞とメロウな曲で出来てる歌があったから、「黄金虫」という言葉が先に来てるのかもしれない。

こっちは カナブン 害虫じゃないらしい。どっちも綺麗で好き。

他にも色々やらかしてはいるのだが、いつもそんなに怒ることもなく、おばあちゃんを思い出す時は、ほとんどくしゃっとした笑顔が多い。

おばあちゃんと離れて暮らすようになって、小学校4年生のある日、こんな夢を見た。
綺麗な白い着物を着て、若干若い娘さんにも見えるような出立で、入院しているはずのおばちゃんが立っている。そうして私にこう言った。
「〇〇ちゃん、世界は〇〇ちゃんが思っているよりも大変で、ずる賢い人もたくさんいて、〇〇ちゃんには生きにくいと思うの。だからおばあちゃんと一緒に行こう?」と。怖くもなんともなかったから、行くか行かないかを必死で考えた。
「だったら、お母さんとかお父さんとかを〇〇が守ってあげなくちゃいけないから、今は、一緒には行けない。おばあちゃん、ごめんね。」と言った。
そうしたら、にっこり笑って、「わかった。じゃあね、バイバイ。元気でね。」と言って、背中を向けて綺麗な白い空間に消えていった。

目が覚めて母親にその夢の話をしたら、「おばあちゃんは、〇〇ちゃんのことが大好きだったから心配してくれたのね。でも、行かないって言ってくれてありがとう。」って。大好きだった。過去形で語られたその言葉。おばあちゃんは前の日、病院で亡くなっていた。

嘘っぽい話をウケようと思って書いているわけではない。記憶の中を適当に色々捏ね回して書いているわけでもない。ただ、単に実際に経験したこと。それが他の人にどう映るかも関係なくて、私にとっては忘れられない鮮明な思い出というだけのこと。

あの頃は違ったけれど、大人になってからは夢を見るとき、私ははっきり夢だと認識して見ている。俯瞰して見ている感じ。(例えばブラピが出てきたら、なんでブラピが出てくるんだよって思いながら見ている感じ。)見ている最中でストーリーを自分のいいように変えたり、結末を変えたりして楽しんでる。でもあんまりそんな事をしていると、実際の思考の方が優ってきて、いいところで目が覚めてしまう。

ある夢では私は建築士で、オーストラリアの開発地区で、橋とその橋を中心とした公園と、いろいろな用途の建物を作っている。そしてその夢は何年もずっと「続き」で見ている。橋はすでに出来上がり、メインビルディングの前の公園を仕上げるところにきていて、どの彫刻を置いたら子供たちが喜ぶかを真剣に考えている。もっというと、夢を見ながら(要は寝ながら)現実の私が、夢の中の私に提案しようとして、真剣に考えている。
その夢を見て目覚めたとき、夢であるとはっきり認識して見ているのに、こちら側に戻ってくるのをちょっと残念に感じる。あまりにもリアルで、高層階の鉄骨の足場に立ち、海の匂いを孕んだ風すら感じているから。脳って不思議。

「虫の知らせ」とか「李下に冠を正さず」とか、昔の人がなんだか語り継いでいる言葉みたいなものって、やっぱりどっかに誰かの経験とかがあって生まれてきたんじゃないかと思う。

ちょっとだけ妙なことを言う子供だったので、お母さんに「そういうことがあったら、一番最初にお母さんに教えてね。」と言われていた。そうして「あんまりお外ではお話ししないでね。お母さんとのナイショにしよう。」とも。こんがらがった思考で、めちゃくちゃなものを見て、理性的でなく、思うより先に口に出る、そんな私を優しく守ってくれていたんだろうな。

「あんまりお外ではお話ししないでね。」と言われてたのに、ここに書いて大丈夫なんだろうか?でも、本当なんだから仕方がないし、なんだか書いてみたくなったし、色々な文章を読んでるみなさんだから「あーね、そういうのね。」って優しく受け流してくださるかもしれないし、もしも、不快な方がいたら、フィクションだと思って下さい。
でも、他にも結構色々あったりするんだよね、そういうどうしようもない話。書きたくなってしまうかも。どうしよう。

ちなみに黄金虫は、鉄を含んだ土の混じった青臭い感じの味でした。
ごめんなさい。

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