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産業医をしていて精神科の知識で役立ったことやアドバイスなど【リクエスト】

※このコンテンツで大事な部分は無料です

リクエストに応えます、などと調子に乗ったことを言ったら早速頂いたので、書いてみました。

今回リクエストで聞かれたのは

産業医をしていて、精神科の知識で役立ったこと
精神科と産業医を目指す若手医師へのアドバイス
精神科から産業医メインへ移行した経緯 

ということで、産業医に移行した経緯はともかく、他の2つは自分なんかが書くのはおこがましいんでは?という気もするんですが、まぁ誰かのお役に立てればということで、書きます。

最初の2つについては皆さんのご参考になればということで無料です。
最後の1つ(移行した経緯)についてはまあちょっと個人情報的でもあるし、与太話みたいなもんなので、そこだけ有料ということで。

■産業医をしていて役立つ精神科の知識

実はこの内容については産業衛生専門医の友常先生が非常によい記事を書かれているので、ぜひこちらをお読みください。

もうホントこれに全てが集約されていると言ってもよいので、まずこちらをお読みいただいた上で、
僭越ながら自分の意見を下記したいと思います。

自分は精神科医が安易に産業保健をやることには反対する立場を取ってきました。

まあ今見るとそこまで言わんでもいいじゃんって気もするんですが、何が言いたいのかというと、「あんたらは現役の精神科医かもしれんけど、会社には産業医として行ってるんだから、産業医の立場で仕事をしてください」ということです。
もっと具体的にいうと、臨床医としての欲求(診断をつけたい、治療してよくしたい)を会社で出さずに、産業医としての職務(社員全体ができるだけ健康に働くためになにができるかを考える)に徹しないと、うまくいくはずのものもうまくいきませんよ、ということ。

詳しいこのあたりの内容は今後の記事などに譲るとして、じゃあ精神科医としての臨床経験は役に立たないのかというと全然そんなことはなく、正直かなり役に立ちます。

「どの知識が役に立つ」じゃなくて、活かし方の問題

話は突然変わりますが、税理士と契約したことありますか?
税理士っていろんなルート経由でなれるんですが、その中でも顧客から人気なのが「国税OB」です。

なぜ国税OBが人気なのでしょうか。
税務署のやり方
税務署がどう考えているか

などについて身をもって熟知しているからです。
そして「税務署とうまくやって、自分の損失を最小にしてくれる」機能を期待して契約するわけで、「色々漏れなく指摘してもらって、自分の納税意識を高揚したい」と思って契約する人なんてまずいないわけです。

精神科出身の産業医も同じようなことが言えると思います。
精神科のやり方
精神科医がどう考えているか

をよく知っていて、
「精神科やメンタル疾患とうまくやって、会社の損失を最小にしてくれる」機能が期待されるべきであり、「色々漏れなく診断・治療してもらいたい」いうニーズではないはずです
(たまにこれを間違えてしまっている会社もあるけど…)

つまり、大事なのはどの知識が役に立つかではなく、精神科医として身につけた知識・経験の活かし方を間違えないことだと思います。

目の前の人を治すため、じゃなくて、できるだけ会社全体が健康に働くにはどうすればいいか、が常に頭の中にあれば、役に立たないことなんて一つもない気がします。

とはいえこれだと抽象的すぎるのでもう少し具体的に挙げます。

精神科疾患の長期的経過についてイメージがつく

もちろんケースバイケースですが、たとえば適応障害なら月単位の休養のあと、回復すれば就業上の措置はそれほど長くなくても大丈夫そう、とか、この病気なら継続して目配りした方が良さそう、とか、そのあたりを肌感覚で知っているので産業保健担当者や人事にも説明しやすいですよね。

「いつまでフォローや配慮すればよいのか」は産業医がきちんと示さないと無限に続いてしまう可能性があるので、そういった見通しについてある程度示せることは強みになると思います。

診断書を翻訳できる・処方の意味がわかる

精神科の中にいると気づきにくいですが、精神科の診断書は難解です。そもそも病名を書く欄に「抑うつ状態」と状態像を書いてしまってることが多いし、さすがに最近は少なくなったけど「自律神経失調症」「神経衰弱」というような反則技に近いものが登場してしまうこともある。

これは精神科は診断がつくのに時間がかかることが多いことと、疾病に対するスティグマ(偏見)が影響していると思います。

もちろん産業保健において病名自体がそこまで重要ではないれども、「主治医がどんな意図をもってこの診断書を書いてるのか」は精神科医以外にとってはなかなかわかりづらい。

精神科医は精神科同士で紹介状のやりとりをすることが結構多く、その際は同業界だからわかるような暗黙の了解を散りばめることもありますけれども、悪いクセでそれを会社等に出す情報提供書や診断書でもやってしまう傾向があります。

これを「人間の言葉」に翻訳するのは、精神科医でないとなかなか厳しい面があります。

また、精神科は薬の使い方が独特で、根本的には薬物療法は対症療法でしかないということもあって診断に関係なく同じような薬が出まくっていることがあります。これも精神科医でないと意図の汲み取りがなかなか難しい。

ということで、精神科医がどんな意図でそれをやっているのか推測しやすく、会社での対応にそれを踏まえて反映することができるというところは役に立ちます。決して自分で診断を下したりすることが目的ではありません。

※ヤバい・怪しいメンタルクリニックをぱっと見てわかるようになるという利点もあります

大抵のことにビビらない・Bad newsを伝え慣れている

精神科を入院外来とまともに何年かやっていると、色々なことが起きます。事実は小説よりも奇なり、としか言いようがないワケのわからない事態にも何度も遭遇しますし、単純に怖い思いもします。

ということで、会社で何があっても大抵のことにはビビらなくなります。重ーいメンタル案件の面談が明日予定されていたとしても、もちろん気が全く重くないわけではありませんがビビることはありません。

また、精神科医はBad newsを伝えることに慣れています。どんな科でもBad newsはありますけども、精神科は病識のない患者さんに関わるので、病状に関することだけではなく「あなたの意には添えない」「従えない」という意味でのBad newsを伝えることに慣れます。

会社は本来働く場である以上、配慮を求める従業員、復職を求める従業員の意にどうしても添えないことは度々出てきます。そういった時に「それはできない」という内容をお話するのは想像以上にエネルギーを使いますが、精神科医は結構慣れているのでそこでもビビりにくいと思います。

※本来「できない」と決定するのは会社なんですが…

ケースワーク的要素に慣れている

精神科では「完治」という概念を適用できる疾患があまりないので、ケースワークが重視されます。

入院でもでも外来でも、本人を含めた関係者(家族、支援者、役所、訪問看護など)と話し合いを重ねて、どのようにすれば患者さん本人ができるだけ長い間地域で暮らしていけるのかについて考え、計画を立てて実行する、という流れの事が多いですが、
これは構造としては「従業員がどうすれば健康に長い間働けるのか」について人事や上司と話し合って、計画をたてる作業に似ているところがあります。

もちろん会社では労務の提供が求められるのでレベル感はかなり異なりますが、普段の臨床業務でケースワークに常々関わっていて慣れている精神科医はわりと応用が利くのではないかと思います。

■産業医を目指す精神科レジへのアドバイス

「精神科と産業医を目指す若手医師へのアドバイス」というリクエストから勝手に内容変わってますけど、産業医と精神科両方同時に目指していくということなのか、どっちかを先にやって…ということなのか、いろいろ順番があると思いますが、自分は精神科から産業医になっていてこの順番しかわかりませんので、それについて書きます。

予防を学んだほうがいい

精神科といえど、臨床では通常「もう病院に来ている人」にしかリーチできないので、意外とメンタルヘルスの「予防」の部分について自然と身に着くわけではありません。臨床医が「予防」だと思ってやっていることは正確には「再燃防止」「再発防止」だったりします。

会社は治療の場ではないので、予防がとにかく大事になります。予防については意識して情報を吸収していかないと臨床をやっているだけではなかなか身につかないので、なるべく意識するようにしましょう(自分もイマイチなんですが)。

いろんな疾患やいろんなケースみたほうがいい

産業医が「働く人」を扱う以上、どんな疾患の人でも出現する可能性はあります。「この病気だと絶対に働けない」というものはないからです。

精神科医も人間なので、この疾患は苦手、この疾患は得意、というものがありますけれども、「苦手だからみない」と逃げていると産業医で出くわしたときに困るかもしれません。病院と違って、会社には産業医は大抵一人しかいないので逃げられません。また、逃げると契約を切られます。

「大抵のことにビビらない」にも共通しますけれど、治療やケースワーク的に困難なケースをみればみるほど経験と自信はつきます。特にケースワークにおいて正解というものはないので、「ある資源を使って現実的にできる対処を考える」というトレーニングにもなり、ひとつのケースを見たときの「こういう場合もある、ああなる場合もある、そういう場合はどうするか」という想像力がつきます。
特にまさに働いている人や休職中のケースで、会社の人がお話にきたときなんていい機会です。外来のクソ忙しいのに会社の人なんか突然きたら時間かかってかなわんわ~とつい思ってしまいがちですけど、将来産業医やるときに役にたつかもしれないと思って真摯に対応しましょう。

こういうケース対応は座学ではなかなか難しく、実際に逃げられない状態になってウンウン悩みながらでないとなかなか身につかない気がしています。

なんかずいぶん真面目なこといってますね。

クリニックの外来やったほうがいい

これ、たとえばすでにクリニックで常勤しているとか、総合病院の外来で患者層に働いている人が多い、とかだったら別に意識しなくてもいいんですけれども、精神科単科病院の常勤だったりすると多少考えたほうがいいです。

産業医でメンタルで休復職ケースなどに関わるとき、会社・産業医側からの視点だけでなく「医療機関・主治医側ではおおむねどうなってるのか」を知っていることはかなりのアドバンテージになると思うんですが、単科病院だとそもそも働いている世代の人があんまり外来を受診することがなかったりします。外来患者さんは働いてないお年寄りや、ちょっと今のところ労働とは縁遠そうな重症の慢性疾患の患者さんがメインだったりする場合、働いている人を外来でみるという貴重な経験がだいぶ減ってしまいます。

これだと、せっかく精神科医をやっているのに、産業医を目指す上ではちょっと損かなと思います。

産業医としての実感では、メンタル関連で従業員がどこかを受診する場合、受診先は圧倒的にメンタルクリニックが多いです。総合病院や単科病院では開院時間や曜日の関係でそもそも働きながら通院できないことも多いからかなと思います。

そしたらやっぱりメンタルクリニックでの外来を経験したほうがいいですよね。外勤日があるなら、できるだけ働いている世代が多いクリニックでやってみるといいかなと思います。

人前でしゃべる機会があったらやったほうがいい

産業医をやっていると衛生委員会とか研修とかで、結構な人数の前でしゃべる機会があります。

人前でしゃべるんだったら学会発表でもカンファレンスでもさんざんやってるから大丈夫、と思うかもしれませんが、それ全部相手は医者や医療関係者で、むしろ自分より詳しい人たちに向けて喋ってますよね。

会社で話す相手は原則として素人です。素人たくさんの前で話すのって、専門家の前で話すよりむしろ大変なんですよ(自分にとっては)。専門家に向けて話すのって前提なる知識が共有されてるので、行ってみれば内輪に向けて話してるのと同じで、実は楽なんです。

土台になってる認識や知識のレベルが全然違う一般人に向けて資料を作り、話す、という経験があると、産業医業務に結構役に立つんじゃないかなと思います。

具体的には、病院で働いていたら患者家族会みたいなものでの講演や、市民講座みたいな話がだいたい年に数回あるので、やらして下さいと言ってみるといいんじゃないでしょうか。外部講演だとお金がもらえるときもあります。いきなり一般向け資料を作るのはハードルが高い、ということなら、毎年やっている講演だと去年度の資料があったりするのでそれをもらって話すというのも手かなと思います。

資格はとったほうがいい

これはいざ産業医をやることになったときすぐに始められるよう、産業医の資格を時間があるときに取っておくというのはもちろんなんですが、
精神保健指定医や精神科専門医もできれば取っておいたほうがいいと思います。

今後指定医・専門医に関するnoteを別に書く予定で、そこでも触れようかと思っているので詳しい理由はそちらで書きますが、特に指定医は取って損はないので、せっかく精神科をやっているなら指定医取得をまず目指す、というのは色々な意味でディフェンシブで良い選択かなと思います。

■自分の経緯

偉そうにいろいろ書いてしまいましたが自分は全く大した人間ではございません。

前のnoteで書いたように、自分は業務独占の資格がある科、ということで精神科と産業医を5年生くらいから考えていたのですが、当時産業医ルートが不透明だったこともあり(今ほど簡単に手に入る情報がなかった)、研修医の時点では精神科医になろうとほぼ決めていました。

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