見出し画像

#4 漫画『Paradise Kiss』が育んだZipper的美意識とは

1990年代から2010年代半ばまで、日本のガールズカルチャーを牽引してきた「青文字系雑誌」を掘り下げる連載
「青文字系雑誌は、夢と好奇心の扉だった」
まずは青文字系雑誌『Zipper』に関連して
前回までは90年代の読者モデルや原宿ファッション、そしてハンドメイドブームについて振り返ってきました。

[ 序 ] 青文字系雑誌は、夢と好奇心の扉だった
#1  90年代の雑誌『Zipper』とパチパチズ
#2 『Zipper』的90年代原宿ファッションとは
#3 『Zipper』のハンドメイドブームとはなんだったのか

今回は、『Zipper』で連載されていた人気漫画『Paradise Kiss』から、青文字系女子の恋愛観を読み解きます。

『パラキス』は登場人物も『Zipper』読者だった

服を生み出す情熱と、服がくれる勇気と自信。
青文字系雑誌『Zipper』がそれを伝えてくれたのは、読者モデルや実在のブランドを通してだけではなかった。
フィクションの〈物語〉までもが、ファッションを愛する読者を巻き込んでいたのだ。

ハンドメイドやインディーズブランドが『Zipper』で女の子たちの心をときめかせていた頃、オリジナルのブランドを作ることに青春を捧げるティーンたちの物語が連載されはじめた。『Zipper』1999年5月号からスタートした、矢沢あいの漫画『Paradise Kiss』だ。

画像2(出典:『Zipperニットブック2』(祥伝社)に掲載された「パラキス展示会」/1999年)

『Paradise Kiss』は、『りぼん』で連載されていた『ご近所物語』からゆるく繋がる続編で、進学校の落ちこぼれだった主人公・紫(ゆかり)と、ジョージ、実和子、嵐、イザベラという個性豊かな「矢澤学園」の服飾学生たちが、恋や友情に心揺らぎながら自分たちのブランド「Paradise Kiss」を作り上げ、夢へと突き進む物語。

そもそも『Zipper』は、『Paradise Kiss』連載以前にも、矢沢あいによる『ご近所物語』とリンクした「幸田実果子のHAPPY BERRY展示会」という特集をたびたび組んでいた。

これは、『ご近所物語』のヒロイン・幸田実果子が、自分のブランド「HAPPY BERRY」のお洋服の作り方を紹介するというもの。
『ご近所物語』(集英社)は『Zipper』(祥伝社)とは版元が違ったにもかかわらず、互いの読者層がかぶっていたことは明らかだったのだろう。
この頃からすでに、『Zipper』の中では『ご近所物語』の登場人物たちが、実在のデザイナーや業界人であるかのように機能していたのだ。

(ブランドJouetieでは2019年、『ご近所物語』とのコラボ服が販売された。
漫画に登場する「HAPPY BERRY」のお洋服をもとにデザインされている。)

そしてその特集「HAPPY BERRY展示会」が伏線となって、その後『Zipper』で連載開始された『Paradise Kiss』の序盤では、実果子の妹である服飾学生の櫻田実和子が、このようにつぶやくシーンがある。

実和子のお姉ちゃん「ハッピーベリー」のデザイナーなの
Zipperにも出てたし
幸田実果子の「ハッピーベリー展示会」

(出典:矢沢あい『Paradise Kiss』(祥伝社)1巻)

胸が踊るカラフルな色使い、お花やオリジナルキャラクターのデコラティブなモチーフ。
厚底シューズにチェックミニスカート、アームウォーマーやレッグウォーマーといった、ロリータでパンキッシュなデザイン。
HAPPY BERRYが提案するのは、90年代原宿ファッションの魅力を詰め込んだようなお洋服だった。
実和子にとって、今をときめくブランドHAPPY BERRYを立ち上げ、10代の勢い(とルックス)のまま勢力的に活動を続ける姉の実果子は手の届かない憧れの存在で、そのステイタスの象徴が『Zipper』なのだった。

また作品の中で登場人物たちが過去を回想するとき、自分たちで『Zipper』の過去の連載を読み返すことで思い出を辿るという独特の描き方がなされる。
(たとえば、ラブシーンがあった次の回では、メンバーのひとり・イザベラが『Zipper』を読みながら「こういう事は/どんなに理不尽だろうと/最終回まで我慢するか/もしくは読者の目にあまり触れない所でしてもらわないと」と発言するなど)

そして、ひょんなきっかけで進学校からファッションの世界に飛び込んだ主人公・紫は、やがて『Zipper』にモデルとして登場することになる。漫画の中で繰り広げられる世界と、読者が雑誌を読んでいる世界とは、こうしてメタ的に重なり合っていくのだ。

こんなふうに、『Paradise Kiss』は
「雑誌に掲載されるファッションの作り手」と「雑誌を読む女の子」
という双方向の視点を組み込んだ漫画だった。
そしてそんな作品が『Zipper』に掲載されることは、読者が物語の一部として取り込まれ、
ファッションを創り出し身に纏うよろこびと葛藤を、追体験できるという意味があったと思う。

モノクロームの景色を
極彩色に染め上げる

ジョージはあたしにとって
そういう存在だった

(出典:矢沢あい『Paradise Kiss』5巻(祥伝社))

ポップでキッチュな「HAPPY BERRY」に比べ、ジョージがこだわりぬいて作る「Paradise Kiss」の服や小物は、繊細で豪華なディテールとラグジュアリー感が特徴だ。
文化祭で開催されるファッションショーのグランプリを狙って、ジョージ率いる「Paradise Kiss」のドレスとアイテムを製作する実和子、嵐、イザベラ、そしてモデルをつとめジョージと恋に落ちる紫。
彼らひとりひとりのファッションへの思いは恋心と複雑に絡みあっているが、ドレスが完成に近づくにつれて、徐々に紐解かれていく。
そんな「Paradise Kiss」の仲間たちの物語は、実際に数々のインディーズブランドが雑誌をきっかけにスターダムを駆け上がっていた時代だからこそ、共感度が高いものであっただろう。

そしてカリスマ的な漫画家・矢沢あいの手によって、服作りに勤しむ10代が鮮やかに描かれることは、物語に飛び込んだ読者が新しいファッションを生み出していくことへの応援と期待を込めた、エンパワメントでもあったにちがいない。

主体的な美意識を貫くティーンの恋

ところで、ラブストーリー要素とファッション要素が絡み合う『Paradise Kiss』を振り返りながら、『Zipper』で掲げられていた恋愛観にも迫っていきたい。

画像1(出典:『Zipperニットブック2』(祥伝社)に掲載された「パラキス展示会」/1999年)


『Zipper』に載っていたようなファッションは、よく「モテを無視」とか言われたけれど、実際に『Zipper』を振り返ってみても、「モテなくてもいい」という主張はどこにもなかった。
それは、恋かファッションかのどちらかを妥協することになるからだ。
むしろファッションアイコンとして取り上げられていたビョークやCharaやYUKIや椎名林檎などのスターは、それぞれがみな自由奔放な恋や愛を語っているし、「マイ・オリジナルを彼に着せたい!」(1997年10月号)といった、女の子の手編みのニットを彼に着せたスナップの特集などもあった。
ファッションが生き方の象徴だとしたら、そこにあるのは「恋のために自分の道は曲げない」という意志(もしくはそうありたいという願望)であり、「恋かファッションか」の二者択一では決して、ない。

『Paradise Kiss』の主人公・紫は、天才的な服飾デザインセンスをもつジョージと恋に落ち、ジョージの服作りのミューズ的存在となる。
紫は、「自分の意志のない女は嫌い」というジョージのスタンスを思い知って葛藤しながら、自分の足で自分の「パラダイス」を目指す道を模索していく。
互いを求め合うと同時に、美意識を押し付けあってもいるということの危険さに、やがて気づいていくジョージと紫。
紫もジョージも互いに翻弄しあいながら、自分の美意識を貫く道を選ぶことになるのだった。

「自分の作った服を着てほしい」という思いの本質とはなんなのか、というのは、『Paradise Kiss』の大きなテーマのひとつだ。
それは自分の美意識を相手に投影することだが、時にその相手にも、勇気や自信をもたらすことがある。
そのことは、紫とジョージの関係性だけにとどまらず、ジョージとイザベラの関係性にもうかがえる。
男性に生まれながら女の子の心を持っていたイザベラは、小学校時代にジョージにドレスを作ってもらったことで生まれ変わり、今も女性の姿でジョージのそばで服作りに関わり続け、紫とジョージの恋愛関係をも超えた、永遠すらほのめかすラストシーンに繋がるのだ。
そうやって双方に勇気を与えあえる関係性は、たとえ刹那的であっても、夢への鍵となってくれる。
そんな「モノクロームの景色を極彩色に染め上げる」ような恋愛が、大人になる前に必要なのだ。

理想の「エロさ」をもつ恋愛観

また、ファッションにおける「エロさ」も『Zipper』にたびたび登場する重要なキーワードで、肌を見せたりセックスアピールすることも悪いことではなく、自然なことととらえる風潮を感じる。
前回少し紹介した、ハンドメイドブランド「あんちょこ」を立ち上げようとしていた『Zipper』の読者モデル・清水エミは、エロというキーワードについて自身の連載の中でこう語っていた。

食べて寝てトイレ行くみたいな生理現象のうちの1つだし、隠すことなんかないと思っている。そんな気分が大爆発して、「あんちょこ」が生まれちゃったのでした。
バッチリ肌かくして、フリフリ付けてどうだ!っていう昔のロリータ(ちなみにあたしもしてた)とか、ちょっぴりブラの紐が見えて「いやーん、はずかしい」って超恥ずかしがる子とか、パトリオットミサイル発射(怒)だよ。

(出典:『Zipper』(祥伝社)/1998年9月号 「あんちょこなWORLD」)


『Paradise Kiss』の中でかわいらしい存在感を放つ櫻田実和子にしても、幼稚園から成長していないような少女性を抱えながら、ロリータ的なファッションの中にフェティッシュな要素をふんだんに取り入れていて(胸の大きさもたびたび強調)、「エッチなこと」にも積極的だ。
自分の「顔も身体も中味も全部」母親の所有物のように扱われていると思っている紫に対し、実和子には「自分の身体は自分のもの」という意識が(時に傷つきながらも)染み付いているように感じられる。
そんな実和子の天真爛漫な生き方に、紫は終始惹かれるのだろう。
連載当時から今に至るまで、『Zipper』読者をはじめ、青文字系女子やパチパチズからの絶大な人気を誇る伝説的なキャラクターとなっている実和子。
それは実和子が、自分の美意識に忠実に生きながら愛し愛されるという奇跡のバランスを保っている、『Zipper』的な恋とファッションの理想像だからかもしれない。
そういう意味では、実和子はもはや漫画の登場人物を超えて、読者モデルだ。
唯一無二のキャラクターと物語性によって読者を惹き付けるスーパーパチパチズ(読者モデル)たちの時代を、実和子は先陣切って呼び込んでいたのかもしれない。

**********

次回は、『Zipper』で一時代のアイコン的存在となった読者モデルについて語ります。

 <関連資料など>

『Paradise Kiss』公式ホームページ。
10年以上更新が止まっているが、漫画に登場するファッションやQ&Aなど、充実した内容。

『ご近所物語』を読破してから『Paradise Kiss』を読むと、さらに物語の奥行きも楽しめる。
そしてファッションの新鮮なかわいさにも注目!

=================================

PROFILE
大石 蘭 / ライター・イラストレーター
1990年 福岡県生まれ。東京大学教養学部卒・東京大学大学院修士過程修了。在学中より雑誌『Spoon.』などでのエッセイ、コラムを書きはじめ注目を集める。その後もファッションやガーリーカルチャーなどをテーマにした執筆、イラストレーションの制作等、ジャンル問わず多岐にわたり活動中。



記事・執筆活動への応援サポートをよろしくお願いします。 今後もより良い執筆に役立てていきたいと思います!