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なぜ「五感のラグジュアリー」なのか

読了2回目のお気に入りのエッセイ本。文筆家:塩谷舞さんのまとう空気感がそのままこの本の空気感になっているのだろうな、と思わさせられる本である。冒頭のはじめににもある通り「異なる視点を持つ友人が一人いる」という感覚で読みすすめると「友人の視点がすごすぎる、、」とつい(良い意味で)溜め息が出る。

身近におこる出来事から世界を取り巻く社会情勢にまで話は及ぶのだけど、その視点が塩谷舞さんの素晴らしさなのだ。様々なことについて調べて、落とし込んで、文章を書かれているのがよくわかる。なのでまた読み返したくなる。

話は飛躍して、最近Netflixで有村架純ちゃん主演の「ちひろさん」という映画を観た。そこに出てくる「同じ星の人」というワードがふと思い出された。「同じ星の人」に出会えたら、言葉をたくさん交わさずとも肌感覚で「この人私と同じ星の人かも」と思えるんだろうなあ。ものすごく細やかな瞬間に。

そして塩谷さんは海外・日本、どの土地にいても「同じ星の人」を探すのが上手なのでは?と思った。もちろん塩谷さんの行動力を持って引き寄せているのだけど、私はそこが純粋に羨ましく、私も「同じ星の人探し」が上手になりたい!と思った。そしてそのヒントが次に書いてあった。

「自分が美しいと思うものを、ちゃんと美しいと感じていいのか……」とても静寂な天変地異だった。嬉しくなり、どんどん美しいと思うものを文章に綴り、写真に残し、世の中に話しかけてみた。するとまた、次なる道しるべが見えてくる。

「美しくあること、とは」より

自分の内側にある感性や嗜好を、五感を使って浮き彫りにする。五感を拡張すること。自分の感性を深掘りして知っていき、なにかに残していくことで「同じ星の人」に出会える確率が高まるのかもしれない。ひとりでも多く「同じ星の人」に出会えたら、その人生は充足感がありそうだなと想像するだけでわくわくしてくる。だから五感が大切なのだ。

特にお気に入りの章
・美しくあること、とは
・ミニマルに働くということ
・五感の拡張こそがラグジュアリー
・大都市から離れて

この本を読了後に味わう確かな感想は「文筆家(エッセイスト)とは、なんて素敵な仕事なのだろう、」ということ。
もちろん、自分自身への問いかけをずっと続けて吐き出すように文章を書き続けることは大変なことだしそんなに甘いお話では無いと分かっている。(職業と呼ばれるもののほとんどはそうだけど。)
だけど「そのとき」の感覚・感触は「そのとき」に書くから鮮明に残せるのであって、また読み手にもその感覚・感触は届けられる。
「そのとき」の自分が考えたこと、嬉しかったのか悔しかったのか、相手と交わした言葉たちや、その場の空気感など。今の私でも自分のnoteを読み返すと、「これほんとに私が書いたのかしら?」という文章もある(笑)それぐらい人間は、忘れやすいのだ。

エッセイ本を一冊書くということはその文筆家の「そのとき」が記録として残るということ。本の出版は丁寧さ・美しさが宿るが、本を出版しなくてもnoteでこうして文章を残していくことは自分自身にとても意味があることだと再認識した。誰が読んでいなくても、間違いなくわたしの「そのとき」が残るから。

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