見出し画像

鑑賞*惜春や焦げ跡著き弥生壺

磯村 光生

弥生時代でも壺を囲んでの家族の幸せな食事のひとときがあった。

その家族も生けるものである以上、必ずや失われる。

それは人類の営みとして致し方ないことで、愛おしくもある。

過ぎ去る春の愛おしさともよく似ている。

(岡田 耕)

(俳句雑誌『風友』令和二年十一月号)

この記事が参加している募集

日本史がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?