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スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第十二話「子連れ女」


前回はこちら



2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて



で、めぐみちゃん…

あの夜ガーシー老人とここで待ち合わせしていた不幸な女とは何者なんだ?

死んだ安木との間に何があった?


そうそう、それそれ。

すっかり忘れてた。


では話してもらおう。


あれは真夏の出来事でした…

今から話すけれど、もらい泣きなどしないでくださいね…


するかボケ! 寝言はいいからさっさと話せ!


うふふ。

それじゃあ、聞いてね…




回想
8月某日 真夏
チーママめぐみ、初ママ代理の日



と、いうわけじゃ。

これにてボブ・ディラン『HIGHWAY 61 REVISITED』の歌詞,
解説終了。


アブラハムの甥ロトは、中東世界で「ルート」と呼ばれている…

そして「ハイウェイ61」は、アメリカで「ルート61」と呼ばれている…

そういうことだったのか…


ガーシーのおじいちゃん、すっご~い!

さすが東大文学部英文学科!


中学では二度留年したがのう。

ふぉーっふぉっふぉっふぉ。


逆に凄いわ。なかなか中学で留年なんてしないもん。

ストレートで東大に入るより、中学で二年留年する方が難しいって。

たぶん早熟なインテリ不良だったのね、ガーシーのおじいちゃんは。

先生のことも小馬鹿にして反抗的な態度とってたんでしょ?


そうやもしれんのう。

まあ、若気の至りじゃて。


学生時代に駆け落ちもしたって言ってましたよね?

どんな人と駆け落ちしたんですか?


相手か? 出戻りの若後家じゃ。

わしの家で家事手伝い、女中みたいなことをしておった。


バ、バツイチの家政婦とですか?


なにそれ~。めっちゃエロい設定(笑)


ふぉーっふぉっふぉっふぉ。

若気の至りじゃ、若気の至り。


それじゃあ今夜ここで待ち合わせしてる「可哀想な女」って人も、そういうワケアリな人なの?


うむ。アレは相当なワケアリじゃ。

わしがこれまで見て来たワケアリ女の中でも、群を抜いてワケアリと言える。


マジで? どんな人なんだろう~!


その人には悪いですけど、なんだかちょっと期待してしまう…


タイプ的には誰? 芸能人で似てる人いる?


そうじゃのう… タイプ的には…

花の中三トリオの…


カランカランカラン…
(ドアの開く音)


あっ、お客さんだ。いらっしゃいませ~


あのう…

ここはヨコスカ… いえ、スナックふかよみ?


ハイそうです! あっ、待ち合わせの方?

(綺麗な人だわ… だけど何だか陰のある感じ…)


ええ… こちらでガーシーさんという方と…


おお、わしならここじゃ。

遅かったな。ずいぶんと待っておったぞ。


すみません…

この子たちの世話もあって、準備に手間取ってしまい…


この子たち?


大きいほうが滝さん… 小さいほうが君ちゃんといいます…

子連れですが入っても大丈夫でしょうか?


大きい方がタキさん? 小さい方がキミちゃん?

見る限り、お子さん、一人しかいませんよね?

背中におぶってるお子さんしか…


え?


ていうか、それ…

に、人形?


しっ! それ以上触れてはならん。

アレは本当に可哀想な女なのじゃ。

話を合わせてやってくれ…


ええ~!? う、うん… わかった…





に、人形をおぶっていただと?

しかも1体の人形なのに、2人の子供を連れてるつもりになってる?


そうなの。変でしょ?


可哀想な女… ガチだな…


フウム…


ガーシーのおじいちゃん、大変な人と待ち合わせしてたのね…

だけど、そもそもなぜ二人は知り合いで、この店で待ち合わせすることになったのかしら…


女の名前は? 年はいくつだ? 他に特徴は? 女はどこから来た?


ホントにゴロー刑事って、せっかちねえ…

あんまり急かさないでくれる?


す、すまん… なかなか話が進まんもんだから、つい…


では、続きを話してもらおう。


はい。それにしても、あれは本当に奇妙な出来事だったわ…





まあ、立ち話もなんだから、こちらへお掛けなさい。


それでは… 失礼します…


あ、あのぅ… お飲み物は…


私、この子に授乳しなきゃいけないので、ジュースを…


じゅ、授乳!?


ええ。それが何か?


い、いえ… 何でもありません…


これとは、かれこれ三年の付き合いでのう…

最初に手紙をもらった時のことは、今でもハッキリと覚えておる…


手紙をもらった? ガーシーのおじいちゃんが?

まさか恋文とか?


うふふ。ある意味、恋文だったのかもしれません。


ある意味?


私、読者投稿したんですよ。ガーシーさん宛てに。


読者投稿? ガーシーのおじいちゃん宛てに?

どういうこと?


え? ご存じないの? アレを…


アレって?


わしの同人誌じゃ。


ど、同人誌?

ガーシーのおじいちゃん、コミケとかやってるの?


コミケなど行くか。わしたちのは文学、文芸同人誌じゃ。


ガーシーのおじいちゃん、小説を書いてたの?

そんなの初耳よ。何ていう同人誌?


どうせ聞いても知らんだろうが…

『バカらし』という同人誌じゃ。


馬鹿らし?

何そのふざけた名前。超ウケるんだけど(笑)


私は、その『バカらし』創刊号に掲載されていたガーシーさんの小説を読み、深く感銘を受けました…

そして、居ても立っても居られなくなり、思いを手紙にしたためて『バカらし』へ送ったのです…

そうしたら次号の読者投稿欄に掲載され、ガーシーさんから返信があって…


それ以来、わしとこれは文通友達になったというわけじゃ。

言っておくが、わしらは清い交際、プラトニックな関係なんで、勘違いせんように。


なるほど…

ガーシーのおじいちゃんの熱烈なファン1号さんってことね…


まあ、そういうことじゃ。

そうそう。まだ紹介しておらんかったな。

こちらは、この店のチーママめぐみじゃ。


はじめまして。チーママのめぐみです。


はじめまして、めぐみさん。


こちらは、やすきさん。


はじめまして、やすきと申します。

と言っても、僕も今日この店に初めて来て、ガーシーさんとも初めて会ったんですけどね。


やすきさん…

うふふ… うふふふふふふふ…


え? どうしました?


だって…

やすきさんと、めぐみさんだなんて…

うふふふふふふふふふふふ…



(そこ笑うとこ? やっぱりこの人、超こわいんですけど…)


そして、これはルリ子。羽賀ルリ子じゃ。


羽賀ルリ子と申します。どうぞよろしく…


ハゲルリ子?


「誰がハゲやねん!ハゲルリコやのうてハガルリコやボケ!」


へ? 誰?


「ワイや!この腐れオ〇コが!いてこますぞワレ!」


えっ!?ええっ!?


ダメですよ滝さん、そんな口の利き方は。

もっと丁寧な言葉づかいで失礼のないように。いいわね?





に、人形が、しゃべっただと?


そうなのよ。めっちゃ関西弁だった。


しかも突然、顔が変わって?


さすがにあれには驚いたわ。あんなことってあるのね。

ベイビーフェイスの可愛い人形が、突然、生意気なガキに変わるなんて。


もう、ホラーじゃん…


そう。まさにホラー以外の何物でもない。

赤ちゃんが一瞬にして、頭というか額がパックリ割れた恐ろしい顔になったのよ。

まるで映画『チャイルド・プレイ』の人形チャッキーのようだったわ…



パックリ割れた額… 鉢割れか…


ハチワレ?


こいつはまた奇妙な話になってきましたね…

米津さん、どう思いますか?


君ちゃん… 滝さん…

そして女は… やすきさんと、めぐみちゃんを笑った…

うーむ… 何かが気になる…

だけどそれが何かわからない…


それにしても、ガーシーのおじいちゃんが同人誌やってたことにも驚いたわ。

そんな話、ここでは全然したことないのに。


「馬鹿らし」とはまた随分とバカバカしい名前の同人誌だよな。

いったいどういうセンスしてんだ?


めぐみちゃん、話の続きをお願いしてもいいかい?

怪しい人形を連れた可哀想な女は、何のためにガーシー老人とこの店で待ち合わせをすることになったんだ?

いったい彼女の身に何があったというのだ?


それは… こういうことなんです…





世の中には不思議なことがあるもんだて。

わしも最初に見た時は驚いた。


不思議とかそういうレベルじゃないでしょ…

マジでありえないから…


そうだ、ルリ子。

せっかくだから一曲歌いなさい。挨拶代わりに。


はい。では、めぐみさん…

リモコンとマイク、貸していただけますか?


あ、はい。どうぞ…


それでは歌わせていただきます…

山口百恵の… プレイバック part2…




つづく




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