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深読み 米津玄師の『BOOTLEG』最終章『灰色と青』④御簾


前回はこちら




米津玄師にも、何か「GET BACK」したいものがあったのでしょうか?

清少納言やポール・マッカートニーのように…


どうだろうな。

あったかもしれんし、なかったかもしれん。


何でも知っているあなたでも、わからないことがあるんですね。


ふふふ。

それでは『灰色と青(+菅田将暉)』の歌詞を見て行こうか。

いったい米津玄師は何を伝えようとしているのか…



その前にまず、ここまでの経緯をまとめておきましょう。

米津玄師はビートルズの傑作アルバム『LET IT BE』をオマージュした作品『BOOTLEG』を作ろうと考え、ポール・マッカートニーと同じ様に Beato Angelico(フラ・アンジェリコ)の絵『受胎告知』を元ネタにした楽曲を作った。


『TWO OF US』も『LET IT BE』も『GET BACK』もこの絵が元ネタになっていた。

『ルカによる福音書』の受胎告知の場面における聖母マリアのセリフ「let it be」が絵の中に書き込まれている、夜明け前の『受胎告知』…


『Annunciation of Cortona』
Fra Angelico


1つの絵の中に楽園追放と受胎告知が描かれるこの絵のテーマは「失楽園と復楽園」でした。

楽園でアダムとイヴが禁を破って知恵の実を食べたことにより人に科せられることになった原罪を、処女マリアが身籠った神の子イエスが自らの死をもって贖い、人間を再び楽園へ帰らせるという旧約と新約の壮大なストーリー…


だから久しぶりにビートルズの4人がそろって演奏するゲットバック・セッションはアップル社のスタジオで行われた。

林檎は楽園の象徴、原点のシンボルだな。



そして米津玄師はアルバム『LET IT BE』の最後を飾る曲『GET BACK』にあたる曲として『灰色と青(+菅田将暉)』を作った。

インタビューでは北野武の映画『キッズ・リターン』をイメージして作ったと語ったが、それは嘘、本当の元ネタを隠すための誘導…

本当は『GET BACK』であり、清少納言の『枕草子』をベースにしたものだった。


清少納言の『枕草子』も「GET BACK」をテーマに制作されたもの。

中宮定子に仕えて宮中で過ごした美しい日々よ、もう一度…

栄華を誇った中関白家の栄光よ、もう一度…


米津玄師がビートルズの『GET BACK』から清少納言の『枕草子』を思いついたキッカケも、おそらく Beato Angelico の絵『受胎告知』でしょう。

あの絵の中の「天使ガブリエルと聖母マリア」は、『枕草子』の中の「清少納言と中宮定子」に重なって見える。

ある有名な場面の「清少納言と中宮定子」に重なって…



この場面のことだな。

多くの清少納言の肖像画は、御簾(みす:カーテン)を持ち上げる姿で描かれている。



『枕草子』第二八〇段 雪のいと高う降りたるを…


雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も「さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。

雪が大変降り積もっているのを、いつになく御格子を下ろしたままで、炭櫃に火を起こして、あれこれ話をしていると、中宮様が「少納言よ。香炉峰の雪はどんなであろう」と仰せになるので、御格子を上げさせて、御簾を高く巻き上げたところ、お笑いあそばす。周りの人々も「白居易(白楽天)のその詩句は知っていて、歌などにまで読み込むのだけれど、中宮様の謎かけとは思いもしなかった。やはり中宮様にお仕えする人は、こうあるべきなのね」と言う。



御簾(カーテン)、炭櫃(暖房器具)…

もう、そうとしか思えない(笑)


ちなみに、清少納言がこのエピソードを「創作」したことには、ある意図が隠されています。

この話は決して「機知に富んだ遊び心を有する中宮定子と清少納言」の自慢話ではありません。


もちろん。そのための白居易(白楽天)だ。


「香炉峰の雪」とは、白居易のこの漢詩のことを指しています。


日高睡足猶慵起
小閣重衾不怕寒
遺愛寺鐘欹枕聽
香爐峰雪撥簾看
匡廬便是逃名地
司馬仍爲送老官
心泰身寧是歸處
故郷何獨在長安


これは白居易が都での権力争いに敗れ、遠国へ左遷された際に詠まれたもの。

当時世界一の大都市だった長安の立派な邸宅からド田舎の貧乏くさい屋敷に住むことになり、その落ちぶれた境遇を自虐的に歌ったものだ。


清少納言が引用した部分は、こんなことが歌われています。


様々な建物が立ち並ぶ都と違ってここには何も遮る建物がないから、寝所で布団に入ったまま枕から頭をずらすだけで近所の寺の鐘がよく聞こえる。この屋敷や部屋も大変に狭いので、わざわざ布団から出なくても、寝所の簾を上げるだけで、寝たまま香炉峰の雪景色を見ることが出来る。


清少納言が『枕草子』を書き始めたのは、女官として使えていた中宮定子の父 関白藤原道隆と息子の道頼が急死し、道隆の嫡男 伊周が叔父の道長との権力争いに敗れて大宰府へ左遷された頃…

中関白家の突然の崩壊にショックを受けた定子は、皇后のまま出家するという前代未聞のトラブルを起こし、後宮を離れて廃屋同然の粗末な屋敷へ移り住んでいた…

そして、邪魔な伊周と定子を退けた道長は、自分の娘 彰子を入裏させ、一条天皇の二人目の后にしてしまう…



だから清少納言は、あえて、この漢詩の一部を引用した。

権力争いに敗れた中宮定子と藤原伊周の状況を暗に示すために。


そして同時に清少納言は、この白居易の詩を引用することによって、定子と伊周の名誉回復・政界復帰の願いを密かに道長へ伝えようとした。

なぜならこの詩を書いた白居易は、左遷の後に名誉が回復され、中央政界へ復帰することが出来たからだ。


「雪のいと高う降りたるを」は、普通の人には中宮定子と清少納言の風流自慢話にしか聞こえませんが、読む人が読めば、中関白家の罪の許しを乞う内容だとわかる…

だから清少納言は『枕草子』の巻末跋文で「個人的な日記で決して誰かに見せるつもりはなかったのに、ちょっとした手違いで世間に流出してしまった」と白々しい作り話をした…


本当に頭の切れる女だったのだろう、清少納言は…

ぜひ一度会ってみたかったな…


米津玄師だって負けてません。

彼は現代の清少納言だと思います。


ふふふ。確かにそうかもしれんな。


では『灰色と青(+菅田将暉)』の歌詞を見ていきましょう。

まず最初はこんなフレーズから始まります。


袖丈が覚束ない夏の終わり
明け方の電車に揺られて思い出した
懐かしいあの風景



現代の清少納言、米津玄師め。

いきなり「明け方の電車に揺られて思い出した懐かしいあの風景」とは笑わせてくれる(笑)


ええ、米津玄師という人は本当におもしろい…

この冒頭の歌詞には、『枕草子』第二八〇段「雪のいと高う降りたるを」のように「漢詩」が引用されています…



つづく




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