日の名残り第22話

「受胎告知と映画版ラストの謎」~カズオ・イシグロ『日の名残り』徹底解剖・第22話


~~~ 二日目・朝 沼津 ~~~


じゃあ僕は管理人さんの小屋に行ってチェックアウトしてくるから、ちょっと車内で待っててくれ。

ぶ~ラジャ~!

しかし朝も早くから大勢の人が集まっている…

こんな辺鄙なキャンプ場に…

みんな本当に音楽が好きなんだな…

見て見て、あの人たち!

管理人小屋の前で、なにか演奏を始めたよ!

BOB DYLAN『The Man in Me』
演奏:Sideshow Stringband

ボーリングしたくなってきたな。

途中でラウンドワン行こか。

お前らはどこまで「DUDE」なんだ。

こいつの妹の命が掛かってるんだぞ…

・・・・・

「デュード」って何?

ヘイ・デュード?

お前らみたいなボンクラを指す言葉だ。


なんで最後は早送りなんや…

せっかくのいいところで…

お前は本当に救いようがないDUDEだな。

マジで一度死んだ方がいいかもしれない。

すっかり忘れてた…

オイラたちもヒットマンに命を狙われてるんだった…

お、おい…

見ろよ、あそこの連中…

霜が降りた朝だというのに、あんな姿で歌ってる…


BOB DYLAN『IF NOT FOR YOU』
Boy de Flor y Roger Elliott

うわ!寒そう!

美しい光景ではないか。

見た目は寒くても、二人のハートは燃えている。

愛の力で…

まさに「if not for you」だ。

せやけど外の気温は2度やで…

あいつら、北極圏から来たDUDEやろ…

おお!

フィンランドの「おバカ」番組、THE DUDESONS!

俺、大好きなんだ!

彼らの命を張った行為の数々は、特殊工作員の良いお手本だよ。

実は俺…

彼らのパフォーマンスをトレーニングにも取り入れてるくらいだ…

イソグロ…

お前、普段こんなことしてるのか?

まったくどいつもこいつも救いようのないボンクラ揃いだな。

お待たせ!

自己紹介とか済んだ?

あ!忘れてた!

はいコレ!

そして『日の名残り』の登場人物!

ーー『日の名残り』主要登場人物ーー
執事長スティーブンス(主人公。かつての同僚ミス・ケントンの住むコーンウォールまで自動車旅行をする)
女中頭ミス・ケントン(遠いコーンウォールの地へ嫁ぎ、現在はベン夫人として暮らしている)
館の主人ダーリントン卿(英国の大物貴族。ナチスドイツの協力者として戦後は激しいバッシングを受け、失意のまま亡くなる)
新しい主人ファラディ氏(アメリカ人の大富豪。下ネタ好き。映画版はルーイス氏に変更)

そして前回はコチラ…

じゃあ、出発するよ。

昼には京都あたりまで行けるかな…



~~~ 二日目・午前中 静岡 ~~~



ねえねえ、おかえもん。

前回、『日の名残り』の映画版では「冒頭とラストがビジュアル的にわかりやすいように変えられた」って言ってたよね?

冒頭シーンは解説したけど、ラストシーンがまだだったよ。

おお!せやったで!

小説では全く描かれんかった「ダーリントン・ホールに戻ってから」のシーンや!

なんでああゆうふうにしたんだろ?

イエスの物語を逆回転で再生することこそが、カズオ・イシグロが『日の名残り』で試みた狙いだったからだよ。

小説でもミス・ケントンとの別れは、『受胎告知』を匂わせる形で終わっていたでしょ?

桟橋のイルミネーションで『イエスの誕生』を描いた話は前に聞いた。

せやけど『受胎告知』なんてあったか?

じゃあ順を追って解説しよう。

と、その前に…

もうすぐ浜松だけど、おやつに「うなぎパイ」でも買っていくかい?

さんせ~い!

あれは「夜のお菓子」や。

昼間に子供が食べたらアカン。

またそうゆうふうに「アッチ方面」へ持って行く…

でもカズオ・イシグロの住むイギリスでも、ウナギは肉体労働者の滋養強壮として愛されていたんだよ。

産業革命の頃、ロンドンなどの大都市には労働者階級がどんどん増え続けた。そんな彼らの胃袋を満たしてくれたのがウナギだったんだよね。安くて栄養価が高いウナギは、庶民、そして男性たちの強い味方だったんだ。

そんな話はどうでもいい。

早く進めろ。

そうでした…すみません…


さて『日の名残り』小説版では、バス停にミス・ケントンを送るシーンで、聖母マリアの『受胎告知』を再現していた。

これは映画版でも、ほぼ忠実に再現されている。

雨は相変わらず降りつづ、私どもは車から降りると、急いで停留所に駆け込みました。この停留所は、タイル葺きの屋根までついた、石造りの頑丈そうな建物です。たしかに、畑以外に何もない平坦な地面の真中に、雨風にうたれながら一つだけぽつんと立っているのです。相当丈夫な造りでなければ、長くはもちますまい。内部は、いたるところでペンキが剥がれ落ちていたものの、十分に清潔に保たれておりました。(中略)道路の向こう側はやはり一面の畑で、電信柱の列が遠くまでつづいておりました。

カズオ・イシグロ; 土屋 政雄『日の名残り』早川書房Kindle版

これが『受胎告知』?

どこが?

このシーンは、この絵のことを言ってるんだ。

Fra Angelico『The Annunciation』

「タイル葺きの屋根までついた、石造りの頑丈そうな建物」

「畑以外に何もない平坦な地面の真中に、一つだけぽつんと立っている」

「道路の向こう側はやはり一面の畑で、電信柱の列が遠くまでつづいている」

全部当てはまるでしょ?

またフラ・アンジェリコ!?

しかし、確かに当てはまっとるで…

「電信柱の列」って、ちっちゃく描かれとる「白い柵」のことか!

またこの絵を基にして話が作られてるの?

『太陽がいっぱい』の時と一緒じゃんか!

カズオ・イシグロは『太陽がいっぱい』の監督ルネ・クレマンのファンなんだと思うよ。特に『禁じられた遊び』はカズオ・イシグロに大きな影響を与えていて…

その話はこのシリーズが終わってからにしろ。

ああ、そうでした…

いつも止めてくれてありがとうございます…

ナカヂさんがツッコミを入れてくれないと、僕の話はどこまでも膨張してしまいますから…

盛り上がって来ると自分で自分が抑えきれなくなるんですよ…

何と言うか、自分の中の「誰か」が暴走し出して…

こんなふうに「ひとつの題材」で大長編解説を書いてしまう…

ほんまそれ。

『The Man in Me』やな。

でも、僕の中のその「誰か」が居なければ、きっとこんなふうに物語の本当の意味も知ることはなかったわけで…

いつも推理の糸口を…

それって『IF NOT FOR YOU』だよね。

そういう「うまいこと」も言わなくていい。

サッサと話を進めろと言ってるんだ。

はい…

さて、『日の名残り』の小説版と映画版で大きく異なるのが「ラストシーン」です。

小説版では…

おっと!

ここからはラストシーン問題になるから、まだ『日の名残り』を未見の人は気を付けてね!

今さら言うのも何やけど、自己責任でよろしゅう。

まず小説版・映画版のラストに関することで、両方で共通してることは、

「ミス・ケントンとミスター・ベンのひとり娘キャサリンが妊娠した」

ということだった。

小説版ではミス・ケントンがスティーブンスに話すだけなんだけど、映画版ではミスター・ベンが家出したミス・ケントンを追ってホテルまで来て、この話を告げるシーンが描かれる。

ミスター・ベン

そういえば、前回紹介した絵の中の「大工ヨセフ」にちょっと似てない?

薄くなった「おでこ」の上とか…

映画では「家を出る前に慌てて髭を剃った」って言ってたけど、剃る前はこんな感じだったんじゃない?

ミス・ケントン(ベン夫人)

かもね…

さて、娘のキャサリンは、この両親と疎遠になっていた。

特に母親であるミス・ケントンは、夫だけでなく娘キャサリンにも愛情を上手く示せなかったらしい。

そして、この『日の名残り』という物語を語る上で、この事実は重要な意味をもつ。

娘キャサリンへの「複雑な感情」と、彼女の「妊娠」は非常に重要なことなんだよ…

なんで?

だってキャサリンの本当の父親は、ダーリントン卿かもしれないんだ…

ハァ!?

そして、わずかながらだけど、スティーブンスの可能性もあるんだよね…

マ、マジですかァ!?

前に言ったじゃないか。

ダーリントン卿、スティーブンス、ミス・ケントンの三人は「三角関係」にあったってことを…

カズオ・イシグロは「休みの取り方」で「生理」を表現していたよね。

ミス・ケントンは「六週間の中で二回」だった。「四週間で一回」だとバレバレになるから、そう表現したに違いない。

スティーブンスは男だから「特に休みは取らない」だったよね。

そしてある時、ミス・ケントンの「休みの周期」がオカシクなる。同時に彼女は情緒不安定になった。ずっとふさぎこんでいたり、急に攻撃的になったり…

これは明らかに「妊娠」を暗示してるよね。

・・・・・

それからミス・ケントンはミスター・ベンと毎週のように会うようになった。

そしてすぐに結婚を決める。

これって、ちょっと怪しいんだ。

なんだか彼女は「結婚」を急いでいるとしか思えなかった。何らかの事情で…

お腹に「誰か」の子がいたからだな。

しかしその「誰か」は「父親」にはなってくれない…

だから急いで「代わりの父親」を探さねばならなかったのだ。

そうなんです…

そうとしか思えません…

ミス・ケントンを「聖母マリア」だとすると、ダーリントン卿が「主ヤハウェ」で、ミスター・ベンは「大工ヨセフ」なんですよね。

小説では、こんな「臭う」描写もありました。

ミス・ケントンがスティーブンスに、帰りに娘のところに寄って行って欲しいとしつこく言うシーンです…

そして、ミス・ケントンは、ドーセット州に住む娘さんの住所を私に教え、帰り道には是非立ち寄っていくようにと言いました。ドーセット州のその辺りは、私の帰り道からだいぶはずれております。私はそのことを説明いたしましたが、ミス・ケントンはあとへ引かず、「キャサリンはあなたのことなら何でも聞いて知っているのですよ、ミスター・スティーブンス。立ち寄ってくだされば、大喜びしますわ」

カズオ・イシグロ; 土屋 政雄『日の名残り』早川書房Kindle版

どこが臭うの?

だって、ミス・ケントンの娘キャサリンがスティーブンスのことを「何でも知っている」ってオカシクない?

娘キャサリンにとって、スティーブンスはただの「母親の元同僚」だよ?

一度も会ったことのない「母親の元同僚」が突然家にやって来て、大喜びする娘っているかな?

確かに変だ…

明らかに娘キャサリンは、自身の「出自の秘密」を知っている。

会うことなく亡くなってしまった本当の父ダーリントン卿の話を、スティーブンスから聞けるから「大喜び」するんだよ。

でもスティーブンスからしたらドキドキだよね。

これまで秘密にされていた、最愛の人ダーリントン卿の「隠し子」という存在…

そしてこれがまた、最愛の女性ミス・ケントンとの間に生まれた娘なわけだから…

それもあってカズオ・イシグロは、キャサリンの住んでいるところを「ドーセット州」にしたんだ。

ドーセット州も関係あるの!?

これを見て…

ドーセット州の紋章だ。

「WHO'S AFEAR'D」?

恐れる者は誰か…?

ドーセット地方の古い方言らしい。

今の英語にすると「To be afraid」となるらしい。

とにかく、スティーブンスの心情にピッタリだよね。

では、ミス・ケントンの子の本当の父親は、ダーリントン卿で間違いないんだな…

99%そうでしょうね。

だから小説では、こんな描写があります。ちょっと長いですけど、非常に重要なので読んでみてください…

私はまた歩きはじめました。が、廊下に面した戸口まであと一歩というとき、ふたたび「ミスター・スティーブンス」と呼ぶ声がして、私は振り返りました。ミス・ケントンは先ほどの位置から少しも動いていません。私に話しかけるのに少し声を張り上げねばならず、暗く人気のない台所の巨大な空間に、その声が奇妙にこだましました。(中略)
「ミス・ケントン。あなたには衷心よりおめでとうを申し上げます。しかし、繰り返しますが、いま、この瞬間、世界的な重要事が二階で繰り広げられつつあるのです。私は急いで持ち場に帰らねばなりません」
「ご存知かしら、ミスター・スティーブンス?知り合いと私にとって、あなたはとても重要な人物だったのですよ?」
「さようですか、ミス・ケントン?」
「そうですわ。あなたのことをあれこれと話し合って時間を過ごしたことも多いのすよ、ミスター・スティーブンス。たとえば、あなたが指で鼻をつまむ格好が私の知り合いのお気に入りでしてね…」(中略)
「それに、あなたが召使に与える”訓示”も気に入ってるようですわ。あなたの演説口調の物真似では、私はもう名人クラスですもの。出だしのところをちょっとやってみせるだけで、二人とも笑い転げてしまいます」

カズオ・イシグロ; 土屋 政雄『日の名残り』早川書房Kindle版

これのどこが重要なの?

このシーンも、この絵の説明なんだ。

またフラ・アンジェリコの『受胎告知』!?

対応する部分を挙げていくよ…

「廊下に面した戸口まであと一歩で振り返る」

「ミス・ケントンは先ほどの位置から少しも動いていません」

「世界的な重要事が二階で繰り広げられつつある」

左上では「アダムとイブの楽園追放」が、右上では「精霊(鳩)の姿になった主の下界への降下」が描かれている。

確かにどちらも「世界的な重要事」だな(笑)

なんで最初に気付かなかったんだろうって自分でも思うくらい「そのまんま」ですよね…

まだまだ続きます…

「ミスター・スティーブンスの、指で鼻をつまむ格好」

「召使に与える”訓示”」

オッサン…

散々『太陽がいっぱい』でこの『受胎告知』を熱く語っとったやんけ…

最初に気付けや、ボケ…

うわ~

ミス・ケントンさんの娘の本当の父親は、ダーリントン卿で間違いないね…

そしてこんな描写もある。

スティーブンスとミス・ケントンが再会したローズガーデンホテルの食堂でのシーンだ。

 雨のせいで部屋は薄暗く、私どもは肘掛椅子を二つ、出窓のすぐ近くまで移動させました。そして、雨に煙る村の広場を前にして、灰色の光の中で、二時間ほどおしゃべりをつづけました。

カズオ・イシグロ; 土屋 政雄『日の名残り』早川書房Kindle版

これも『受胎告知』の絵の説明なんだよね。

こちらはレオナルド・ダ・ヴィンチのバージョンだけど…

「肘掛椅子を二つ、出窓のすぐ近くまで移動」して…

「雨に煙る村の広場を前にして、灰色の光の中で二時間ほどおしゃべり」をする…

確かに中央奥に見える村は「雨に煙ってる」ふうに見えるよね…

ええ加減にせえよ!

どんだけ『受胎告知』マニアやねん、カズオ・イシグロ!

落ち着け、鶴。

こんなこと西洋じゃ日常茶飯事だ。多くの芸術作品に、こういう仕掛けが施されている。

キリスト教文化圏に育った者にとっては、こういうディティール描写がジワるんだよ。

「エクスタシー」という言葉は、本来こういう時の「ジワり」を指す。日本語で言うところの「法悦」ってやつだ。

もう挙げたらキリがありません。

『日の名残り』は、こういう小ネタの連続なんですよ。すべての描写が「何か」のパロディになってるんです…

パロディという言葉が出てきたついでに、ひとつ聞いておくが…

このシリーズに俺やナカヂが出演してるのも何か意味があるのか?

『日の名残り』に関係する「何か」が…?

もちろんですよ。

あなたたちは『日の名残り』とカズオ・イシグロにとって重要な意味があるんです。

それはいずれわかるでしょう…

僕は決してふざけてるわけではないんですよ…

そんなことはいいから、サッサと映画版のラストシーンも解説しろ。

それが今回のメインではないか。

また忘れるところだった…


映画版では「バス停の別れ」のあとに、スティーブンスがダーリントン・ホールへ帰ってからのシーンが描かれます。

館を留守にしていた新主人ルイス氏も帰ってくる。

まず大きな変化は、娯楽室に以前は無かった卓球台が置かれていたこと…

なんでビリヤード台が卓球台に変わったんやろ?

あやしい!

アメリカの脅威が中国になったということか?

「卓球」には2つの意味が込められていると思います。

1つは「中国」

『日の名残り』が発表された1989年は、天安門事件のあった年です。映画化は1993年ですけど、作家として当然なんらかの意思表示は意識したはずです。

もう1つは「中東」

小説でも映画でも「直接的」には描かれませんが、『日の名残り』とは「オイルと聖地」をめぐる物語でもありました…

なんで卓球が中東なんや?

卓球台の「緑」、ラケットの「赤」、ボールの「白」、そして影の「黒」…

この組み合わせって「汎アラブ色」っていうんだ。

西洋列強の支配に対抗するためにアラブ諸国が使った反乱旗の色だね。

うまい!

映画制作陣にも座布団一枚!

映画の日本語に翻訳されたセリフではイマイチ面白さが伝わらないんで、英語のセリフをもとに解説しよう。

まず、ダーリントン・ホールに若い女中たちが3人雇い入れられたことが報告される。

そしてスティーブンスは、新主人ルイス氏に新しい女中頭が決まったことを報告をする。

スティーブンス

「新しい女中頭の名前はミセス・ルース・マスプラットと申します。申し分ない経歴と推薦状で、以前はサセックスの名門男子校で寮母をしておりました」

ルイス

「寮母?」

そしてルイス氏は呆然とし、しばらく「何か」を考える。

そして、こう答える。

「私たちの悪戯癖も直してくれそうだな」

なんかこの「間」が怪しいよね!

なんであんなところで呆然としたんだ?

しかし随分と字幕と訳が違うな…

映画の日本語訳では、大事なところが訳されていないんだ。

元の台詞を解説しよう。

まず最初のスティーブンスのセリフ。

I'm expecting a possible new housekeeper this afternoon. A Mrs. Ruth Muspratt. Excellent references. She was matron at a boys' school in Sussex.

ここで重要なのは女中頭の名前が「Ruth(ルース)」であり、前職が「Sussex(サセックス)」の名門男子校の「matron(寮母)」だということだ。

サ、セックスぅ!?

昭和の中学生かよ、その反応!

いや、ナンボクの反応は正しい。

そのために「サセックス」が使われているんだから。

『日の名残り』という小説が「下ネタ」のオンパレードであることをきちんと踏襲した脚本になっているんだ。

ざまみろ!

ワイの永遠の中二心は正しかった!

マジですか…

「Muspratt(マスプラット)」という苗字には、何か目的はないのか?

たぶん女流写真家ヘレン・マスプラットから取られていると思います。

Helen Muspratt (1905–2001)

彼女は1930年代のイギリス学術界における「共産党シンパ」の写真をたくさん撮ったことで知られています。

その中にはソ連の大物スパイもいたとか…

おお!

ルイス氏もアメリカCIAのスパイやさかい、ぴったんこなネーミングやんけ!

せやから「悪いことできへん」発言なんや!

そんな細かいとこ、よく拾うよね…

毎度おかえもんには感心するよ…

そして「matron」には「女性監督者」という意味がある。

この意味を踏まえて「Ruth」という名前を見ると…

旧約聖書『ルツ記』の主人公、ルツだな。

その通りです。

RUTH(?-?)

おい!なんで服着てんねん!

そいつは偽モンのルツや!

本物はこっちやで!

Francesco Hayez『Ruth』

いいじゃんか、どっちでも…

アカン!

歴史を捏造したらアカンのや!

ワイは許しても、ワイの中二心は許さへん!

お前ら黙ってろ。特に鶴。

「Ruth」という名前と「matron」という前職を聴いて、ルイス氏は「何か」を想像したんですよ…

ルツ記の物語…

ルツとナオミの嫁姑物語を…?

その通り。

姑のナオミは、亡くなった息子の嫁ルツに、生きて行くために「裕福な男」の寝所へ行くことを命じた…

つまり新主人ルイス氏は、前の主人ダーリントン卿同様に、女中に手を付けようと考えていたわけなんです…

でも前職が「名門男子校の寮母」だと聞いて、ちょっと考えた…

そしてジョークで答える…

Sounds like she'll keep us from misbehaving.

「misbehaving」というのは「悪い悪戯」って意味だね。男子校の男の子の好きな悪戯といえば、もう言わなくてもわかるよね。

だから、

「私たちの悪戯癖も直してくれそうだな」

っていうのはスパイ活動のことだけでなく…

「それじゃあ女中とエッチなことできないな」

っていう意味でもあるんだよ。

たぶんするんだろうけど(笑)

まったくどいつもこいつも…

それに対しスティーブンスもジョークで答える。

 I certainly hope so, sir.

「まさにわたくしも、そう願っております」

そしてルイス氏は満足げに言う。

Good. Good, Stevens. Very good.

「それそれ!スティーブンス!わかってるじゃん!」

大人ってこんなもんなの?

大人って、もっと「大人」かと思ってた…

女は知らんが、男はこんなもんだ。

スティーブンスの対応に手応えを感じたルイス氏は、最終試験を行う。

旅行の成果を試すわけだ。自動車旅行は、スティーブンスに与えられた試験だったからね。

ルイス氏による最終試験は、こう始まる…

「あの非公式会議はまさにここで行われた。1935年だよ。覚えてるかい?」

「次々と参加者が立って、いい気な演説をしてたよな…」

「はて?私はあのとき何を喋ったんだっけ?皆を怒らせたことは覚えてるんだが…」

「スティーブンス、私が何を言ったか君は覚えてるか?」


おお!

引掛け問題や!

答えたらアカンやつやで!

どゆこと?

ルイスさんがあの時「あなたたちヨーロッパ人は全員素人だ!」って言ったことでしょ?

空気読め。

ルイス氏は武器商人でアメリカCIAのスパイだ。

あの会議の時もフランス代表と「商談」をしていた。武器弾薬取引のな。

そのことを「覚えているか?」と聞いたんだ。

「覚えているか?」と聞かれた時、一瞬スティーブンスは考え込んだ。

添付した画像でも、鳩が豆鉄砲を食ったような表情してるよね。

だけど、やっぱり彼は一流の執事だ。

瞬時に事態を飲み込み、こう答えた…

「大変申し訳ございません。あの時は忙しかったもので、お客様の演説を聴く余裕もありませんでした…」


やったで!

合格や!

スパイに仕える者のあるべき姿だな。

大人の世界って汚れてる…

するとその時、暖炉の中に鳩が現れる。

煙突から迷い込んで来たんだね。

そして鳩は部屋の中を飛び回る。

スティーブンスが外に追い払おうとしても、なかなかうまくいかない…

だけど最終的にルイス氏が鳩を捕まえて、窓から外に逃がす…


なんちゅう恐ろしい結末や…

小説版の「ギャグ落ち」とは、えらい違いやで…

なんでこれが恐ろしいの?

平和のシンボル鳩が空に放たれて、めでたい終わり方じゃんか。

また『受胎告知』なんだよ…

しかも今度は「失敗」だ…

救世主が追い出されたんだ…

へ?

その通り。

ラストシーンの『受胎告知』は、これなんだ。

「光の帯の中をゆく鳩」バージョン…

せっかく世界を救うために主が鳩になって降りてきたのに、ルイス氏とスティーブンスは協力してそれを外に追い出してしまった。

そしてこの二カ月後に第二次中東戦争が始まる。

そもそもルイス氏はそのためにダーリントン・ホールを購入していました。

ここを拠点に英・仏両政府の動向を探り、イスラエルとの極秘取引に成功したわけです。アメリカ政府の意向通りに。

だから「救世主」なんて邪魔だったというわけですね…

すっごくブラックな終わり方だったんだ…

これが世界や。覚えとけ。

・・・・・

なんだか後味が悪くなっちゃったな…

鶴の言う通りなのだから仕方がない。

受け入れるしかないな…

しかし「いい知らせ」もあるぞ。

なに?

さっきアマゾンを見たら、『日の名残り』が小説・文芸部門で年間売れ筋ランキング6位になっていた。

海外の翻訳小説に限れば、なんと年間1位だぞ。

ええ!ホントですか!?

もしやこのシリーズの影響とか…

それはない。

99.99%、ノーベル賞の影響だろうな。

いや、1%くらいは…

その自信がどこから来るんか知りたいわマジで…

お前は「根拠なき意志団」か。

僕は常に可能性を信じている。

僕には不可能はないんだ!

イエス…

I CAN!

可哀想なんで、もうそのオチで許してやる。


――つづく――



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